勇者の使命
一夜明けた王都の仕立て屋に二日連続でやってきた新勇者であるユーマ一行は
(絶対隷属解除!)
ーキイィィン!ー
自らのスキルの使用枠を空けるべく、店主と奥さんの絶対隷属を解除する羽目に陥っていた。
どうせなら費用対効果が全く見込めないルナフィオラとオーガ達の方を解除したいのだが、王都から魔王城まで歩いていくと一ヶ月仕事になる。
ルナフィオラに転移で運んでもらうにしても近くに居なければ隷属とはならず、基本的な当人の行動規範に従う設定な為か、遠く離れた相手には指示が通らないという八方塞がりな事態に至っていた。
そこでユーマは仕方なしに手っ取り早く空きが作れる仕立て屋に来たのだが……
「あ〜! お前は昨日の泥棒!」
「しめて金貨二枚だよ! 今日こそ払ってもらうからね!」
スキルの影響下から離れた仕立て屋夫妻からは料金を催促される結果となった。
(チッ、結局金かよ……)
今やパーティーの財布を握っているも同然な彼には金貨二枚など端金なのだが、それでも彼はすんなり払う気には中々なれないでいた。
「親父! 新しい勇者様からお金取ろうってのか? これからこの王国を救う旅に出なくちゃならねぇってのによぉ。少しは融通利かせてくれても良いんじゃねーかぁ?」
勇者と言うよりはチンピラな物言いに仕立て屋夫婦はトーンダウンする。
「で、でもうちにも生活が……」
「だったら仕事が終わったら倍にして返してやるよ。どうだ?」
半ば食い気味で提案されたユーマの提案に仕立て屋夫妻は
「まぁ、そういう事なら……」
待てば倍というユーマからの口約束に夫妻はまんまと騙されてしまうのだった。
「ったく、ケチ臭い店だったぜ。これから帝国くんだりまで行かなきゃならねぇってのに気分悪いぜ」
パーティーメンバーを引き連れて歩いているユーマは絶えず悪態をついていた。
元々、彼は王都に着いたらフィオレット王女含めたパーティーの女性陣で、田舎でのんびりハーレムスローライフを画策していたのだ。
しかし、絶対隷属スキルの空きが無かった事が彼の計画を少しずつ狂わせていた。
国王を隷属させられなかった為、フィオレット王女を連れ出す事も出来なくなり、ユーマは国王に言われるがまま東の帝国に、フィオレット王女との婚姻を諦めてもらう交渉をしにいく羽目になってしまったのだ。帝都までは馬車なら二週間程度で辿り着く。それに今すぐのハーレムは無理でも
(仕方ない。どっちかでお茶を濁すか)
ユーマは近くに居る二人のうちのどちらかで欲望を発散しようと考え、自らの思考に舌舐めずりをしながら帝都への馬車旅に赴くのだった。
「ようやく街が見えてきたな。あれだろ?」
数日ぶりとも言える人の活気を感じ取っていたヴィルは後ろを歩くアリーナに確認する。
雪景色の平原に現れた城壁に守られた出で立ちの大きな街並みは数日間の空腹に耐え抜いたヴィルにはそれだけで全てから解放されたかの様な根拠の無い万能感を与えていた。
街は石壁で囲まれているとは言っても、入り口に王国の様な衛兵はおらず、冒険者ギルドに雇われた駆け出しの新人冒険者が立っている程度である。
アリーナの故郷でもある、ここルミナスフォール自治区はどの王国にも帝国にも属さない自治を許された土地である。
ここは鉱山くらいしか産業が無いというのもあるが、ドワーフの土地でもあり編入する旨味があまりな無い土地柄というのもある。
エルフと仲の悪いドワーフ族と農地としては適さない場所を自国領にするよりは、緩衝地帯にしておいた方が手間が掛からないという大国同士の打算によって成り立っている自治区なのであった。
「ここからは私が案内しますね? こっちです、行きましょうヴィルさん!」
久しぶりの故郷にアリーナの様子は明るい。彼女は活き活きとして街中を先導していくのだった。そして
「ここが私が育ったノルデンルミナス教会です」
ヴィルがここに来るのは二回目だが一度目はヴィルヴェルヴィントの時で、魔王軍に攻められた時の話なので正直、覚えていない。
あの時はクロ達もまだ仲間になっていなかったのでメンバーの大半がまるっきりの初訪問である。
ーコンコンコンー
「シスター・ステラ、アリーナです。只今戻りました〜」
アリーナが教会の勝手口にあるドアノッカーを使って帰宅した旨を相手に伝えている。恐らく、いつもの行動をなぞっているのだろうが……何度か声を掛けてみたが反応が無い。
「これ、正面入り口からじゃ駄目なのか?」
ヴィルが目立ちそうな正面突破を提案してみたが
「お祈りの最中だったりしたら、私達のせいで中断してしまいますから……それはダメなんです」
すんなりとダメ出しを食らってしまった。正直、今は空腹的な理由で切羽詰まっているのだから、多少の事は大目に見てもらいたいが……余所者のヴィルとクロ達三匹は大人しく待つより仕方がなかった。
それから程無くして
「はいは〜い。今開けますからね〜!」
ーカッカッカッカッカッー
扉の向こうから女性の声と急いで駆けてくる足音が聞こえてきた。
ーガチャ!ー
「は〜い! 牛乳屋さん? 今日は間に合ってるから……」
勢い良く勝手口を開けて出てきたのは年齢の割に元気そうな老齢の黒い修道服を身に纏ったシスターだった。彼女はアリーナを観るなり
「おやおや〜! おかえりアリーナ! 元気だったかい?」
ーギュッ!ー
迷いなくアリーナをハグしてきた。その勢いはなんというか……慈愛に満ちた抱擁というよりは獲物を捕らえる捕食者のソレという雰囲気があった。
アリーナはそんなシスターの肉食獣の一面は知る由もない様子だが……。彼女は純粋にシスターを慕っている様に見える。
だが、傍目から見ているヴィルには口では表現できない危険な何かをステラという名のシスターからひしひし感じていた。




