二人旅
洞窟で一夜を明かしたヴィルとアリーナの二人は何とか翌日まで身体を休める事が出来ていた。
岩の洞窟に座っていたヴィルの身体はバッキバキになっていたがアリーナには余裕の大人の態度で切り抜けていた。
「今日中にはなんとか人の住んでいる場所に行かないとな」
装備品を身に着けて旅の準備を始めているヴィルに
「あ、あの……今日は晴れていますから……その、私ちゃんと歩いていきますね?」
アリーナは少し恥ずかしそうにしながら提案してきた。昨日のお姫様抱っこが恥ずかしかったらしい。
「そうか。じゃあ……」
ーバサッ!ー
ヴィルは自身のマントをブラウス姿のアリーナに被せると、自身は長剣を背中に担ぎ
「これなら、敵が現れても応戦出来るからな。でも、天候が変わったりとかしたらその時は我慢してくれよ」
ヴィルはそう言うとクロ達が先導してくれる中、アリーナを連れて雪の積もる岩場に足を踏み出していくのだった。
ーザッザッザッザッ……ー
岩場を歩くヴィル達の前に露天掘りの形状をした、すり鉢状の鉱山地形が現れた。雪の降る季節なせいか鉱山で働いている者の姿は無い。だが……
「ここ、もしかしたら北にあるノルデンデ鉱山かも……!」
北のルミナスフォール出身のアリーナは思い当たる何かに気が付いた様で
「ここから南へ行けばルミナスフォールの街に行けるはずです!」
何処を歩き何処に向かっているのか分からなかったヴィル達にとって、大凡の現在地と目的地が明確になった事は喜ばしい事実だった。
「とりあえず、雪で滑落しない様に気を付けて行こう。お前らもな」
ヴィルはアリーナに声を掛けつつ前を行く二匹にも注意を促す。
露天掘りの鉱山はかなり深くまで掘られており、一度落ちたら戻ってくるのも難儀しそうだった。
「大丈夫か? やっぱり俺が持とう」
ヴィルは後ろを歩くアリーナに振り返ると彼女が抱えているペン太を自分が持つと申し出た。
実のところ、昨日アリーナが彼を抱え始めた訳だが、それが彼はすっかり気に入ってしまったらしく猫が好きな人に抱っこされてるみたいになっていたのだ。
しかし、力の無いアリーナがいつまでも抱っこしているのも、大変だろうと交代したところで今度はヴィルが猫に抱っこを拒否される人みたいになるしかなかった訳だが。
「あの、私は大丈夫ですから……お気になさらないで下さい」
アリーナはそう言うとペン太をギュッと抱きしめてみせる。
「クエェ〜」
当のペン太はコートに覆われた特等席でご満悦にしている。
「まぁ、疲れたら言ってくれ」
ヴィルは前に向き直ると、再びクロ達の後を追いかけるのだった。
岩場の鉱山地帯を抜けたヴィル達の前には相変わらずの雪原が広がっていた。
日はまだまだ高いが果たして今日中に人気のある場所まで辿り着けるのか……やや不安になってきていた。
寒冷地はカロリーを消費しやすいと聞くが……絶食して二日目なヴィル達には疲労もそうだが、空腹感も感じる様になってきていた。
「俺達はともかく……クロ達は何とかしてやりたいがな」
クロ達三匹は魔物である。いくらトマスが手懐けていて今はアリーナに懐いているとは言え、いつ魔物としての本性が蘇るかは分からない。
「とにかく……先を急ぐしか無いよな」
ヴィルは先行きに少し気が遠くなりながらも、先に広がる広大な雪原に足を踏み出すのだった。
結局、一日歩いてもヴィル達は人の住む場所に辿り着く事が出来ずに二日目のビバークを迎えていた。
どうにか雪の無い木陰を見つけ、ヴィルがそのまま座りアリーナをお姫様抱っこに近い形で座って貰って一夜を明かす事になった。
流石に野宿では鎧を脱ぐ訳にもいかず、昨日みたいに身を寄せ合って暖を取る事も出来なかった。後は風が吹かない事をただ祈る事しかヴィルに出来る事は無かった。
「あの……ヴィルさんはこれからは……どうされるんですか?」
不意にアリーナからこんな質問が投げ掛けられた。これからというのは今日明日の事では無く、これからどう生きていくのかという話なのだろうが……
「よく考えて無かった。勇者ってのは魔王倒したらどうするんだろうな? どっかの田舎で隠居でもすりゃ良いのか?」
少し考えても漠然とした考えしか出てこなかったヴィルは冗談交じりに答える事しか出来なかった。
魔王を倒した勇者ともなれば個体戦力としてなら世界に肩を並べる者は数える程も居ないかもしれない。
だからと言って即、王国や帝国の脅威と取られるとも限らない。勇者の強さは個人武勇としての強さであって、国を脅かす脅威とはベクトルが異なるからだ。
恐らく、隠居を宣言すれば割とアッサリスローライフは認められるのではないかと思う。だが……
「別れたトマスや、あいつに従えさせられているエルフィルやミリジア達をこのままにしてはおけないだろうな……」
具体的にどうすれば良いのかは分からないが、ヴィルには自分がやらなければならない事は見えてきた気がしていた。
「それなら、私にもお手伝いさせて下さい! 私も……皆さんを放ってはおけませんから!」
ヴィルの言葉にアリーナが若干食い気味に身を乗り出してきた。彼女の中にも今のトマスを放置しては危ないという意識があるのだろう。




