新勇者の凱旋
ルナフィオラによって王都グランフェルムに転移してきたトマス率いる勇者パーティーは、王城に向かう前に街の仕立て屋に立ち寄っていた。
「こちらなどよくお似合いですよ」
店主に黒尽くめの衣装を褒められているトマスは明らかに上機嫌だった。
彼はこれまでの荷物持ち然としたモブ衣装から、彼が考える主役の衣装へと着替えに来ていたのだった。
「よし、これを貰っていくぞ」
トマスはさも当然とばかりに衣装を着たまま店の外へ出ようとする。
「あ、お客さん! お代は……」
トマスが着用している黒衣装も安いものでは無い。当然店主からは代金の支払いを求められたが
(絶対隷属!)
ーキイィィン!ー
「あ、あ〜お代は結構です。好きなだけお持ち下さい〜」
トマスのスキルによって隷属下に置かれた店主は生気を抜かれた人形の様になってしまった。そこへ
「ちょっと! 馬鹿旦那! それいくらすんと思ってんの! うちの一張羅は」
(やれやれ……絶対隷属!)
ーキイィィン!ー
トマスは連続でスキルを発動させて仕立て屋夫婦を支配下においてしまった。
「助かったよ、ありがとな」
その場には誰もトマスに異を唱える事が出来る者は無く、彼は悠然と黒コートをたなびかせて店を後にしたのだった。
「勇者様御一行、御到着致しました!」
グランフェルム王国の国王の元に息を切らせてやってきた衛兵の口から吉報が届けられた。
「お父様! 勇者様がお戻りになられたのですね!」
たまたま、国王の自室を訪れていたフィオレット王女も安堵の表情で父親の顔を見る。
「して、魔王は……? 見事討ち取られたのか?」
「はい。ミリジア様からの見分では魔王は勇者様によって打倒され灰になって消滅したと……」
詳細を尋ねる国王には、勇者パーティーの魔術師ミリジアからの報告がそのまま伝えられた。
「そうか! 良かった、これで我が王国の民も安心して暮らせよう」
「それで……勇者様は今、どちらに……?」
「はっ、只今謁見の間にてお待ち頂いております」
衛兵からの報告を受けた国王とその娘、フィオレット王女は逸る気持ちを抑えながら謁見の間へと足早に急ぐのであった。
「勇者ヴィルよ。よくぞ参られた。貴公の働き、報告を聞いた。よくぞ魔王を……」
謁見の間に着いた国王はこれまでの魔王軍との戦いにおけるヴィルの功績を口にしながら袖から謁見の間に入ってきたのだが……
「ど、どういう事か。勇者ヴィルヴェルヴィントはどうされたのだ?」
国王の前で謁見の間にて跪いていたのは、黒衣のトマスを先頭にその後ろにエルフィル、ミリジア、ミノさんの三人が並ぶ陣容だった。
「国王陛下、恐れながらヴィルは魔王との戦いで力尽き死にました。彼の遺言により俺が後任を任されました」
トマスが淡々とある事無い事を並べ立てる。その様子に国王は彼の後ろにて膝を付いているミリジアに目配せするが……
「……彼の言葉にちがいはありません」
ミリジアの返答に国王は明らかに落胆していた。さらに
「そんな……! それは何かの間違いでは無いのですか? 彼は帰還を約束しておられたのに……!」
今にも取り乱しそうになっているフィオレット王女から笑顔は消えてしまい、トマス達に詳細を尋ねようとするが……
「魔王による一太刀を浴びたのです。彼は立派に戦いました」
今度はエルフィルからの報告に、フィオレット王女は
「そ、そんな……! 申し訳ありません、席を外させて頂きます……!」
顔面蒼白なフィオレット王女はよろめきながら謁見の間から退出してしまったのだった。そんな彼女の後ろ姿を憎々しげに見る男が居た。
(俺が新しい勇者だと言ったはずだぞ……! そんなにヴィルの奴が良いのかよ!)
黒衣のトマスだった。どう見ても主人公としての出で立ちなのに、目の前の国王も王女も明らかに彼に落胆するという失礼な態度を取っていた。
(くそっ、こっちが下手に出ていれば良い気になりやがって……!)
異世界の住人に対する敬意など欠片も持ち合わせていない転生者である今のトマスは
(絶対隷属!)
ーキイィィン!ー
国王に向けて強く念じた。しかし……
【スキル対象人数オーバーです。空きを増やして下さい】
(人数オーバー……だと……?)
頭の中に鳴り響く警告音と共に無機質な女性の音声が流れてきた。
どうやら、スキルが通じる種族の種類に制限は無い様だが対象個体数には制限があるらしかった。
(くそっ、それなら無意味な魔物共を外すだけだ!)
(魔物共の絶対隷属解除!)
【スキル対象が曖昧です。対象の近くで再度実行してください】
トマスの頭の中には無情な音声が淡々と流れる。
(はぁ〜、つっかえねぇなあ!)
どうも、絶対隷属を解除するには相手の近くに行かなければならない必要がある様だった。こんな事ならばオーガ達を無意味に隷属させなければ良かったと、今更嘆いても後の祭りでしか無かった。
「あ〜、コホン。それで新しい勇者を名乗る君はなんという?」
トマスが頭の中でスキルと格闘している間にも国王の会話は続いていた様だ。
「俺の名は悠馬・桐崎。ユーマで大丈夫だ」
ここでトマスは改めて現世での名前を名乗る事にした。
(トマスなんてモブ丸出しの名前、いつまでも使ってられっかよ〜)
改めて自身を名乗ったユーマはこれから始める新たな勇者しての人生に思いを馳せるのだった。




