洞窟でのビバーク
「ヴィルさん……トマスさんに何があったんでしょう?」
ペン太の頭を撫でながらアリーナが疑問に感じていたであろう事を尋ねてきた。
具体的に何が起きたのかが理解できている転生者のヴィルとは違い、異世界の住人である彼女には理解が追いつかない出来事だったに違いない。
この世界にもスキルと言う概念こそあれど、それは現世と何も変わらない努力と継続によって齎される技能でしかない。
よくあるファンタジーゲームの様な覚えた→直ぐに何かが出来る!というものでは無く、何かの技能を習得したから得られる称号の様なモノなのだ。
(……そのまま話すか?)
ヴィルの剣聖やアリーナの聖女などもスキル有りきの称号では無く、能力があるからこそ与えられた尊称なのだ。
「トマスの奴は……神様から力を授かっちまった。それで……力に溺れているんだ」
ヴィルの言葉に間違いは無い。女神から詳細を聞いた訳では無いが、スキルに目覚めた彼の言動からもそれは明らかだ。
しかし、トマスが転生者だとはヴィル自身彼が覚醒するまでその事実に気が付かなかった。
(…………)
しかし、彼に関する話はスキルに目覚めてヴィルをざまぁする相手としか聞いておらず、彼が転生者であるとは女神は一言も触れていなかった。
「ヴィルさん……? どうかされましたか?」
少し考えに耽ってしまったヴィルにアリーナが不思議そうに問い掛けてきた。
「あ、いや……これからどうするか考えててな」
転生者絡みの話などアリーナにはとても話せないヴィルは、トマスをどうするのか、どうにかすべきなのかを考えていた。
当初の予定はトマスのスキル覚醒阻止だったが、それが失敗してしまい取り返しがつかない現実となったのは受け入れざるを得なかった。
トマスは真っ先に自分を支配下にするものと考えてていたのだが……どういう訳か、他のパーティーメンバーを隷属させていた。
「とりあえず……適当な街に着いてからだが……トマスを何とかするしか無いだろう。エルフィル達をこのままにしておく訳にはいかないからな」
そう話すヴィルの脳裏にはトマスの支配下に置かれたパーティーメンバー達の姿が浮かんだ。
自分程じゃないにしろ、トマスは他のメンバー達にも不満を抱いていたはず。
そんな彼が絶大な力を得てしまえば……あまり考えたくは無いが何をしようとするかは見当が付いてしまう。
ーフッ……ー
その時、アリーナが灯していたホーリーライトの光が消えてしまった。
「す、すみません。錫杖が無いと持続時間に制限が……」
アリーナはそう言うと再び聖なる光の魔法を発動させた。
「そう言えば……アリーナ、装備品魔王城に置いてきちまったよな? それも取りに戻らなきゃな」
ヴィルの言葉にアリーナの表情が沈む。それは彼女が大切にしていたペンダントに関する話でもある。
トマスに奪われ、無造作に投げ捨てられたペンダント……それがどれだけ大事なものかは、あの時の彼女の態度からそれは明確だった。
「クエッ!」
その時、アリーナが抱えているペン太が力強く鳴いて見せた。
「どうされました? ペン太さん、寒いんで……」
途中まで言い掛けたアリーナの言葉が止まり、彼女の視線がある一点に向けられた。
「そ、それ拾っておいて下さったんですか? ありがとう……ありがとうございます!」
ーギュッ!ー
アリーナは抱えていたペン太をギュッと抱きしめている。
「クェ〜……」
誇らしげに小さく鳴くペン太のくちばしにはアリーナのペンダントが咥えられていた。
「良かったな、アリーナ。……すまなかった。そこまで気を回せなくて」
「そんな……そんな事ありません! ヴィルさんは助けて下さったんです! 本当にありがとうございました」
魔王戦から続いたトマスとの一件で余裕が無くなっていた自身の不甲斐なさを詫びるヴィルに、アリーナは彼女らしくない力強い声で遮る様に感謝の言葉を口にした。だが
「謝らなければいけないのは……私なんです」
さっきの力強さから一転、アリーナは小さな声で思いを語り始めた。
「私が……トマスさんを拒絶してしまったから……。トマスさんは私に助けを求めていたのに……私のせいでこんな事に……」
アリーナは涙を零しながら消え入りそうな声で思いを語っている。
それは女神の教えを体現する事を求められている聖女としての責任感から生まれる自責の感情なのだろう。
そんな彼女をヴィルは元気付ける様にアリーナの肩に手を回して自身に引き寄せながら
「アリーナ、お前のせいなんかじゃない。どんなに善意で手を差し伸べても受け取り方を間違える奴はいるんだ。お前が気に病む話じゃない」
ヴィルなりに彼女に励ましの言葉を掛ける。そんな彼の言葉に続き
「ク〜ン……」
「キィ……」
ヴィル達に寄り添って休んでいたクロとモン吉がアリーナを気遣う様に声を掛ける。
「あ、ありがとうございます……」
アリーナは涙を拭いながら皆にお礼を述べた。
「それに、トマスの件は俺の責任だ。中途半端に放任しなければ……」
トマスの恨みがアリーナに向かう事は無かったんじゃないかと……今更ながらに思う。
結果的に我が身可愛さの為にアリーナに辛い思いをさせてしまったばかりか、彼女までトマスから恨まれる結果になってしまった。
「アリーナ、今はあまり考えずに休んでくれ。今は……生き延びる事を考えよう」
ヴィルは今考えても結論が出ない話は考えない様にアリーナに語る。
「は、はい……」
そんなヴィルの言葉にアリーナは静かに頷き、彼に身体を預ける様にしていくのだった。




