北の平原から
「こ、ここは……?」
転移が終わり移送魔法陣の光が収まったヴィルが見たのは目の前に広がる真っ白な雪景色だった。
「うおっ、寒っ!」
視覚情報も合わさると、嫌でも寒く感じてきた。空は暗く完全に日は落ちており、周りに遮蔽物は無く吹きっ晒しのド真ん中だ。
「あ……!」
その時ヴィルは初めて自分で抱えているアリーナの事に気が向いた。
「あの……もう大丈夫ですので、下ろして貰えますか?」
ヴィルを上目遣いで見るアリーナは自分がお姫様抱っこされているのが恥ずかしいらしく、顔を赤くしている。
「いや……そのカッコじゃここは寒いだろ。俺のマント全部後ろに流しちまってるから前に引っ張ってくれないか?」
ヴィルの提案にアリーナは素直に従い、彼のマントで全周覆うように自分達をスッポリと包みこませた。
「ふぅ……」
マントで何とか寒さをどうにかしたヴィルは改めて、これからの方針を考える。
今のアリーナはトマスに襲われた際、コートを破り捨てられブラウスも開けさせられてしまっていた。
流石にこの状況で彼女に雪原の夜を歩かせるわけにいかない。なるべく早く人が住む場所を見つけなければ遭難してしまうだろう。しかし……
「これどっちに行けば良いんだ?」
足元は白一色の雪原でまわりに目印になりそうな木は無い。雪原の白色の上は夜の暗闇しか見えず、遠景の山なりなんなりすら何も見つからない。
この状況で迂闊に歩き回っては遭難確定コースだ。だが、ビバークして夜をやり過ごそうにも必要な道具は全てトマスに持たせていた道具箱の中だ。
今の手持ちは魔王戦に臨む時に必要最低限に持っていた腰の道具袋に入れてある物だけしかない。ヴィルが若干呆然としていると
「ワンワンッ!」
ヘルハウンドのクロが明らかに先導する様子で吠えてきた。
「キャキャッ!」
ヤミキザルのモン吉もやはりクロと同じ方向に行こうとしている。
「クェ〜」
サンドペンギンのペン太は寒そうにヴィルの足元に縋り付いてきた。ペンギンなら寒さに強そうだが彼は砂漠を得意とする種族である。
「仕方ないな……アリーナ、コイツを抱えてやってくれないか?」
ヴィルはお姫様抱っこしているアリーナにペン太を抱っこしてもらう事にした。これなら雪も防げるだろうし逸れる危険も無い。
ヴィルはしゃがんでアリーナにペン太を抱っこさせると何とか立ち上がり
ーザッザッザッザッ……ー
クロ達の後に続いて白い雪原を当て所無く歩き出したのだった。
何時間歩いただろうか。力尽きたら死ぬ事が分かっているからか立ち止まる訳にもいかない。
辺りを見ると、そこは平原から岩場へと変わっていた。もしかしたら一夜を越せそうな洞窟とかあるかもしれない。
「なぁ、洞窟とかありそうだったら教えてくれよ?」
「ワンッ!」
「キキッ!」
ヴィルが前を行く二匹に声を掛けるとクロは尻尾を振って、モン吉は手を振って応えてくれた。
冬はとにかく風が辛い。無風と比べて体感温度が格段に下がって感じられる。それでもヴィルが歩き続けていられるのは
「ヴィルさん……すみません。お加減、大丈夫ですか?」
お姫様抱っこしているアリーナがヒールを掛けてくれているからだった。
「ああ、助かるよ。早く休めそうなトコが見つかれば良いんだが……」
ヴィルはアリーナに笑いかけるがその顔には余裕があまり無い。当然、ここは異世界だけあり、敵は天候気候だけではないからだ。
よく見るゴブリンなんかは洞窟に籠もっているだろうが、雪原には雪原に住まう魔物が当然存在する。
両手が塞がっている今は特にだが、そんな連中とエンカウントするのは御免被りたいものである。
ーザッザッザッザッ……ー
ヴィルがクロ達の後に続いて岩場に入り込んで行ったその時
「ワン! ワンッ!」
「キャキャッ!」
クロとモン吉の二匹が勢い良く脇道に逸れて行ってしまった。見失わない様にと足早に彼等を追ったヴィルの前に
「今日はここで一休みだな」
岩場にポッカリと空いたごく普通の洞窟が姿を現した。
とにかく一刻も早く風雪から逃れたいヴィルは安全確認もそこそこに洞窟の中へと足を踏み入れるのだった。
アリーナのホーリーライトの光で照らされた洞窟内は奥に進む程広くなっていた。
とりあえず風の吹き込まない奥まで入ってきたヴィルは手頃な岩を見つけるとそこに腰を下ろす事に決める。
しかし、ちゃんと座るには背中の長剣や装備一式を外す必要があり、それにはまずアリーナを下ろさなければならない。
「アリーナ、すまない。立てるか?」
「は、はい。ありがとうございました」
ヴィルは彼女を洞窟に下ろすと、まず自身の装備品を外し始める。
ーガチャガチャ……ー
プレートアーマーに、シルバーグローブ。腰に巻いているファーストラインとも言うべきベルトも外してしまう。
そして身軽になったヴィルは岩の上に腰を下ろすと
「アリーナ。座り心地は悪いが使ってくれ」
着の身着のまま、ビバークする事になってしまったヴィルには、他に方法が思い浮かばなかった。そんな彼の意図を理解したアリーナは
「あ、あの……悪いです! 私はこちらで休みますから……」
顔を真っ赤にしながら遠慮している。だが、洞窟内も岩場であり、スカートが短めでコートも着ていない彼女には酷な環境である。
そんな恥ずかしがっている彼女にヴィルは
「今、アリーナに体調崩される訳にはいかないんだ。手持ちのポーションとかも何も無いからな」
ヴィルの言う通り、今のパーティーは二人だけであり、何かあった時に耐えられるだけの準備がある訳では無い。
「わ、分かりました……。すみません、お邪魔します……」
現状を理解したアリーナはペン太を抱えたまま、岩の上に胡座なヴィルの上に遠慮がちに腰を下ろすのだった。
「あとはマントを閉めて……これなら大丈夫そうか?」
自身のマントでアリーナごと包んだヴィルが尋ねる。すると
「……暖かいです」
「焚き火は無理そうだからな。窮屈だが我慢してくれ」
風雪から完全に身を隠す事が出来た二人にようやく他愛ない会話を交わす余裕が生まれたのだった。




