ラスボス戦の後
「ワオォォォーン!」
ーギャルルルルッ!ー
オーガを見ていたヴィルの視界の端から縦回転してオーガの首に向かって空中を飛んでいくクロの姿が横切り
ーズバアッ!ー
オーガの首をあっさりと飛ばしてしまった。さらに
「キュキャキャン、キャキャキャーッ!」
今度はモン吉が前身の体毛を金色に逆立てながらオーガの頭に飛び掛かりアリーナを拘束から解放していた。
「アリーナ! 今は逃げるぞ!」
ヴィルはオーガから解放されたアリーナを抱え上げると、棒立ちのまま特に動く気配の無いルナフィオラの配下の魔物達の間を出口に向かって抜けていく。
魔王の間から出て、階段の踊り場に降りたヴィルが階段を見上げると
「ワンワンッ!」
「キャキャッ!」
「クエ〜ッ!」
クロとモン吉、そしてしぱらく姿の見えなかったペン太が追ってきているのが見えた。
そして全員が踊り場に着いた時、突如床の上に魔法陣が輝き始め
ーキュイィィィ!ー
「なんだ……!」
ヴィル達は眩い光で包まれていき、光が収まった時にはそこには誰の姿も無かった。
床の上で伸びていたトマスが目を覚ましたのはヴィル達が何処かに転移していったその時だった。
「き、くそ……ヴィルの奴め……いちち……ミリジア、エリクサー寄越せよ」
トマスは頭を擦りながらたまたま道具箱の近くに居たミリジアに声を掛けた。
しかし、その場にはルナフィオラ達も合わせて十人以上も居るのに誰も何も話していない。
トマスを気遣い声を掛ける者すら居ない。ただ、全員がその場に佇んでいるだけだった。
「なんだよ、何か言えよ! あいつらはドコ行った!」
トマスがエリクサーを飲みながら周囲に悪態を付くと
「ヴィルとアリーナなら階段下って行ったわよ」
「そこから先は見えなかったから分からないわね」
「後ろのオーガ達が邪魔 見えなかった」
エルフィル、ミリジア、ミノさんからの報告はいずれも他人事でしか無かった。
「何してんだよ! 無能共! 一から十まで説明しないと何も出来ないのかよ!」
この時、トマスは自らが取得したスキル全種族絶対隷属の内容を完全に理解してはいなかった。
件のスキルは使用者に絶対服従させるもので、何かをさせるにはきちんと指示を出さなければ勝手に動く事は無い。
少なくとも大雑把に行動指針を決めておかなければ、今の状態ではトマスに付き従うだけのただの人形でしかないのだ。
そのあまりの惨状を自覚したトマスは
(普段通りのまま、俺に絶対服従しろ!)
ーキイィィン!ー
その場の全員に向けてスキルを発動した。すると……
「で、これからどうすんの?」
「魔王倒したんだし、後は残敵掃討じゃない?」
「二人とも 下がれ。俺、前衛やる」
エルフィル、ミリジア、ミノさんの三人がルナフィオラ達に向かって戦闘態勢に入っていく。
「おのれ、勇者一味の残党共め! 魔王様の仇はこの四魔将ルナフィオラが獲る!」
一方のルナフィオラ達も勇者パーティーを迎え撃つ構えだ。
(戦闘を止めろ!)
ーキイィィン!ー
(くそっ、こいつらつっかえ……!)
自由行動にしたらしたで勝手を始める手駒達に、トマスは自らのスキルが思う様に使えない事に苛立ちを覚え始めていた。
「大体ヴィル達は何処に行ったんだよ! どいつもこいつもボサッと見逃しやがって!」
恨みを晴らしたい相手を逃してしまったトマスの苛立ちは更に高まっていく。それはアリーナを自分のモノにする目前で逃げられてしまった屈辱感も作用していた。
散々周りに悪態をつき、どうにもならない事を悟ったトマスは
「はぁ……はぁ……、とにかく、魔王は倒せたんだ。俺達は王都グランフェルムに凱旋するぞ!」
ここで初めてトマスは今後の方針を口にした。絶大な力を手に入れた彼には明確な目的などは無かった。
そこで彼は手っ取り早く自己承認欲求を満たす事にするのだった。
それに、国王を隷属化に置けばヴィルやアリーナを探すのも容易になるだろう。それまではエルフィルやミリジア、フィオレット王女でお茶を濁せばいい。
自分にはスキルがあるのだから……そうと決まれば、すべき事の選択肢はそう多くは無い。
「ミリジア、ここから王都に一気に帰れる魔法は無いのかよ?」
魔王城から王都までは歩いて帰ると有に半月は掛かる。
そんな手間はかったるいと、結果のみを求める若者らしい思考でトマスはミリジアに尋ねる。
「申し訳ありません、トマス様。転移魔法は習得しておりませんので……」
ミリジアは顔を背けながら申し訳無さそうに申告した。以前までの彼等の関係性から考えたらありえない絵面である。
「はぁ〜、つっかえねぇなぁ! なんか方法ないのかよ!」
一気に不機嫌となったトマスに
「王都でしたら、私が転移させてご覧に入れましょう」
意外にもルナフィオラだった。彼女は魔法を唱えると
ーシュウゥゥゥ……ー
あっという間にトマス達の足元に転移様の移送魔法陣を生成してみせた。
「……行き先は王都の南門入り口でよろしいですか?」
ルナフィオラの問いにトマスが頷くと
ーブウウウゥゥン!ー
闇に包まれたトマス達もまた、魔王城から転移して去っていったのであった。
「ルナフィオラ様ぁ、これで大丈夫なんですかぁ?」
彼女の側に配下の兵士である魔族の青年が勇者パーティーの扱いについて尋ねてきた。
「魔王様亡き後、我等がすべき事は日陰に潜み力を蓄える事。魔王様が復活なされるその日まで……な」
どこか達観している様子のルナフィオラの言葉に若い兵士はどこかピンと来ていない表情を見せる。
「子を産み育てろという事だ! あくまで富国強兵の一環だ! 貴様は良い相手はおらんのか?」
察しがよろしくない魔族の兵士にルナフィオラは顔を青くしながら説明する。
「魔族の女の子がどれだけ競争率高いか知ってますよね? 俺なんかじゃ……」
魔族は魔族で彼等なりの複雑な事情があるらしく、魔族の兵士はボヤキ気味だ。
「だからと言って人間に走ってはいかんぞ! 純粋な魔族の血を一人でも多く後世に残すため粉骨砕身の覚悟で臨むのだ!」
ルナフィオラも先を見据えて、戦前から白旗を揚げている魔族の兵士に発破を掛けたつもりだったのだが
「ルナフィオラ様! お、俺と付き合って下さい!」
「は、はぁ? いきなり何を言い出す! 血迷ったか! 馬鹿者が!」
ルナフィオラは自覚ないまま思わぬ自爆行為を招いたと共に、勇者達との戦いが終わり次に備える魔族達の日常が始まっていくのだった。




