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世界を救う勇者なんですが役立たずを追放したら破滅するから全力で回避します。  作者: 大鳳
第一部 魔王討伐編

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聖母

 どれ程の時が流れただろうか。アリーナを抱き締めていた女性が自身の腕の中で泣きじゃくる愛娘を見下ろしながら

「アリーナ、あなたはもう行かなければならないの」


ーパアアァァー


 女性の言葉と共に彼女の視線の先に今、正に魔王に対し捨て身の突撃を行おうとする勇者ヴィルの覚悟を感じさせる姿……。

 また、それぞれが互いの実力を極限まで出し尽くす戦いを続けているパーティー皆の姿が映し出された。

「皆さん……! わ、私も戻らないと……!」

 そう思って一步を踏み出そうとしたアリーナだが、彼女は後ろ髪を引かれる思いで女性の方に向き直る。

「ママ……」

 ここで別れてしまえば二度と会えなくなってしまう。確証こそ無いが、せっかく会えた母親と別れる決心をするには彼女はまだまだ幼かった。

「私、離れたくない……」

「大丈夫、私はこれからもあなたと一緒……それにあなたにはあなたを待つ人が居ます。だから……行ってらっしゃい」

 女性はアリーナの頭を優しく撫でると

「あなたと同じ時は歩めなかったけど……大きくなったあなたに会えて良かった……」

 その姿は徐々に透け始めていた。

「ママ……!」

 消え行く母を引き留めようとアリーナが手を伸ばす。


ーぎゅっ……ー


 母親は彼女の手を両手で優しく包むと

「魔王を倒すにはあなたの力が必要なの。この力で彼を助けてあげなさい……」


ーパアアァァー


 母親の手の光が辺り一帯に広がり一面が真っ白になっていく。

「ママ……! 行かないで……! 待って!」

 最早何も見えない白い光景に向かってアリーナは母親の手の温もりを感じながら呼びかけ続けるのだった。



「……はっ!」

 アリーナが目を覚ましたのは、魔王の部屋の冷たい床の上。側にはヴィルでは無く小瓶から何かを口に含ませているトマスの姿があった。彼は不慣れな様子で床に横たわっていた自分の顔に顔を近づけて来ている。

「や、止めて下さい!」


ードンッ!ー


「うわっ!」

 アリーナからの思わぬ抵抗にトマスはヨロヨロと尻餅を付いた。一方のアリーナはトマスを反射的に突き飛ばすと、立ち上がって直ぐに今の状況を確認し始める。

 そして、今にも魔王に突撃しようと力を溜めているヴィルの後ろ姿を見つけると

「慈愛の女神様……」

 迷うこと無く神聖魔法の詠唱を始めていた。その時、力を溜め終えたヴィルは

「うおおおおーっ!」


ードォン!ー


 風魔法の力を力を上乗せした瞬発力で魔王に向かって突進を始めた。

「フンッ! 弾いてくれるわ!」

一方、その姿に魔王は動じる事は無く落ち着いて左腕を前に翳し、ヴィルが繰り出してくるであろう突きに神経を集中させる。


ービュオオオオッ!ー


 風を身に纏って速度を上げたヴィルの突きだが、魔王ケイオスブラッドには勝機があった。

「ぬううぅん!」


ーゴオオオオッ!ー


 魔王は構えのまま全身から闇の波動を一気に放出する。闇の防壁と化した彼の波動は近づく者の威力を軒並み半減させる。

 それは勇者ヴィルの突撃であろうと例外では無かった。

「はあああぁーっ!」


ービュン!ー


 ヴィルが魔王を貫こうと長剣を突き出したその時

「勇敢なる者に清き力と加護を与え給え……ディバインリンク!」


ーパアアァァー


 唱えていた魔法を発動させたアリーナの手から放たれた光がヴィルの全身を覆っていく。

 光り輝く塊となったヴィルは速度を落とす事無く魔王に向かっていく。

「なにっ!」

 突然のヴィルの変化に魔王に動揺が走る。彼が左腕での受け流しを止めて大剣で受け止めようと体勢を変えた判斷が彼の運命を変えた。


ーズドオォォッ!ー


「ぐほあっ!」

 大剣を正面に構えて防御に徹しようとした魔王の胸部にヴィルの放った突きが深々とねじ込まれていた。そして


ードガアァァァッ!ー


「があああっ!」

 ヴィルの突進の勢いそのままに背後の壁に押し付けられた魔王はヴィルの長剣によって磔の様に打ち付けられた。

 勇者と魔王の戦いはヴィルのこの一撃で幕を閉じた。聖属性を付与されたヴィルの突きは魔王の胸部に回復不能な大打撃を与えていたのだった。

「ぐぅ……ゆ、勇者よ。見事……」

 壁に磔にされた格好の魔王は長剣を突き刺した体勢のまま間近にあるヴィルに語り掛ける。

「すまないな……。別に個人的な恨みがある訳じゃないんだが……」

 転生者であるヴィルにとっては魔王との因縁などは全く無く、単に勇者としての責務を果たしただけだった。

「勇者ヴィルヴェルヴィント……貴様に一つ頼みがある……。魔族の……生き残りには……」

「分かってる。悪さしなければ放っておくさ」

 魔王の言わんとする事はヴィルにも分かっていた。もう勝負は付いた、戦争は終わるのだから無意味な殺戮はする必要が無い。

 実際、魔王軍は彼等のテリトリーまで追い込まれていた状況だった。


ーズズズズズ……ー


「今回は……お前達の勝ちだ……」

 ヴィルの言葉に安心したのか魔王の身体は崩壊し始め塵芥となって消え始めた。


ースチャ……ー


(そういや……)

 目の前の魔王が消え、長剣を背中の鞘に収めたヴィルは改めて周囲の静けさに気が付いた。

 さっきまで後方では戦いが続いていたが、魔王が討ち取られたから戦意を失って逃走したのだろうか?

「ヴィルさん! だ、大丈夫ですか?」

 後ろからアリーナが自身を心配して駆け寄ってくる音が聞こえてきた。俺は大丈夫……とヴィルが笑いかけながら彼女の方に振り返ろうとしたその時だった。


ードズッ!ー


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