窮地
ーバシイィィィン!ー
「うぐぅっ!」
アリーナの胸元から発せられた光が魔王の黒き刃を無数の小さい刃にまで抑えたのだった。
だが魔王の刃を完全に無効化させるには至らず
ースパパパパッ!ー
「きゃあああっ!」
黒き刃に斬り裂かれたアリーナの肢体は後方に飛ばされ
ーガシッ!ー
起き上がろうとしていたヴィルになんとか受け止められたのだった。
「アリーナ、大丈夫か!」
ヴィルが抱えたアリーナを揺すりながら声を掛けるが
「うぅ……」
ひと目で判る程に重傷を負っているアリーナは意識を失っていた。そして
ーバリイィィィン!ー
後方のオーク達を抑えていた光の壁がバリバリに打ち壊されてしまった。完全な挟み撃ちの窮地に
「ミノさん、敵を抑えて!」
ミリジアが後方に備えていたミノさんに遅滞戦闘の指示を出しつつ自身は魔法の詠唱に入る。
「馬鹿勇者! アリーナを早く起こして! 長くは保たないわよ!」
エルフィルは後方のオーガ達に矢を射掛けながらヴィルに指示を飛ばす。
「アリーナ! 目を覚ませ! お前が居ないと駄目なんだ!」
後方から迫るオーガ達、前方にはクロ達を軽くあしらう魔王ケイオスブラッド……。ほんの一瞬の出来事がスローモーションの様に感じられた。
(そうだ、エリクサーなら……)
ヴィルは自身の腰に身に着けている革鞄から自身用のエリクサーを取り出すと口で瓶の蓋を外し
「アリーナ、こいつを飲め!」
エリクサーの飲み口を彼女の口から飲ませようとするが飲み込む力が弱いのか、一向に傷が回復する兆しすら無い。
「グオオッ!」
ードガァッ!ー
後ろからは迫り来るオーガ達の雄叫びと一人奮戦し敵の前進を阻むのに懸命なミノさんの戦う音や
「万象の魔力よ、敵を討て……マジックミサイル!」
ーシュババババッ!ー
比較的詠唱の短い魔力の誘導弾によってミノさんを支援する魔法を駆使するミリジアの叫ぶ声。
「風の精霊よ、我が矢に宿りて我等に立ちはだかる敵を幻惑せよ!」
ーピュンピュピュン!ー
エルフィルは魔王を足止めすべく精霊魔法によって、矢の軌道を変幻自在に操作して魔王をその場に釘付けにしていた。
「ヴィル! 早く何とかしなさいよ!」
エルフィルからも悲鳴の様な叫びが発せられる。前も後ろもまるで手数が足りていなかった。
(こうなったら……!)
魔王と刺し違える覚悟でヴィルが再度突撃しようと立ち上がろうとしたが
ーギュッー
「パパ……行かないで……駄目……」
抱き抱えているアリーナがヴィルを引き留めるかの様にヴィルの腕を握ってきた。彼女の手からは体温が奪われつつあるのが伝わってくる。
(…………)
ほんの一瞬の逡巡を見せたヴィルだが覚悟を決めると
(すまない、これしか思いつかなかった……)
ヴィルは使いかけのエリクサーを口に含むと
ーちゅ……ー
「んんっ……」
アリーナに唇を重ねたヴィルは口移しで彼女にエリクサーを流し込んでいく。なるべく優しく慎重に……
「なんとか効いてきたか……」
さっきまでの辛そうな息遣いは無くなり、もう口移しはしなくても大丈夫な印象だ。
「アリーナ、聞こえるか? 頼む、起きてくれ」
ヴィルの声にアリーナが僅かな反応を見せる。だが
「うおおおおーっ!」
ーバシイィィィン!ー
「ギャインッ!」
「ウキャアッ!」
魔王を足止めしていたクロ達が吹き飛ばされる音が聞こえてきた。もう、誰かが魔王を抑えなければ戦線が保たない。
「アリーナ、頑張って目を覚ましてくれよ」
ヴィルは抱き抱えていたアリーナを石床の上に横たわらせると、三度長剣を構えて魔王の前に立ちはだかった。
「魔王、今度こそケリをつけさせてもらうぜ」
長剣を水平にし切っ先を魔王に向けたヴィルの構えは小細工無しの突きの構えだ。
ーシュウウゥゥ……ー
ヴィルの周りが風の魔力で満たされていく。その力の溜め具合から二撃目を考慮していない必殺の一撃を放つつもりなのは魔王も直ぐに見て取った。
「面白い! ここで飛び道具で仕留めては無粋というもの! 貴様の一撃、見事受け切って完膚無きまでに打倒してくれよう!」
魔を宿した大剣を横に構えた魔王はヴィルの突きをいなして横薙ぎの一撃で勝負を決める腹づもりである様だ。
後方でミリジアとエルフィルの矢が入り乱れミノさんが必死に斧を振るう中、ヴィルと魔王の間にはある種の静寂が訪れていた。
「ここは……?」
目を覚ましたアリーナが見たのは何も無い白い空間。その床の上に寝かされていた彼女は上体を起こし辺りを見回す。
「私は魔王の一撃を受けて……それから……」
自身が何をしていたか、思い出そうとした彼女の耳に
「アリーナ……」
呼び掛けてくる優しげな女性の声が聞こえてきた。その声の方を振り向いた彼女の目の前に、自分と同じ髪色をした長い髪の女性が静かに佇んでいた。
「ママ……? ママ……!」
アリーナは立ち上がると、迷いなくその女性の胸に飛び込んでいった。
赤ん坊の頃に教会のシスターに拾われて行きてきた彼女に母親の記憶は無い。
しかし、初対面であるはずの女性が自分の母親である事は確信を持って分かっていた。
「ママ……会いたかった……」
アリーナを抱き締めた青く髪の長い女性は彼女の気が済むまでアリーナをしっかりと抱き留めるのだった。




