魔王城入城
「うっ……くう……」
捻った片足を引き摺りながらエルフィルは森の中を走り始める。だが、速度が遅くなった彼女が大木の魔物達から逃げる事など出来ず、確実に包囲を狭められていく。そして
「オオオォォォ……」
ーブゥゥゥン!ー
大木の魔物が長い枝を振り回して、逃げるエルフィルの足元を大きく払ってきた。
「っ!」
ーダンッ!ー
逃げるのが間に合わないと判断した彼女は片足で飛び上がったが高さが足りず
「しまっ……」
ーバシッ!ー
「あぅっ!」
エルフィルは振り回してきた枝に飛んだ足をすくわれてしまい……
ードサッ!ー
「うあっ!」
地面に転ばされてしまった。エルフィルは逃げる事も出来ず、頼みの弓矢の矢筒も既に空になってしまっていた。
(ここまで……か。こんな事ならあの馬鹿に……)
地面に転ばされたエルフィルが腰の短剣を手にし、自らの人生に未練を感じていたその時
「シャルゲシュベルト!」
ーズバッズパバッ!ー
エルフィルの頭上をいくつかの真空波が掠めていき
ードサッ! ドサッ!ー
「オオオォォォ!」
大木の魔物を枝ごと斬り裂いていった。
「はああぁぁっ!」
ーズババババッ!ー
続けて飛んできた無数の真空波は付近の大木の魔物達をあらかた片付けていった。そして
「悪ぃ、ギリギリになっちまった」
ーガバッ!ー
「わっ!」
地面から持ち上げられたエルフィルは自分を抱え上げている何者かの顔を見ると
「馬鹿勇者、遅いわよ!」
安心した様子で駆け付けたヴィルに悪態をつく。そんなエルフィルの態度にヴィルは
「今は引くぞ、少し我慢してくれよ」
エルフィルをお姫様抱っこで抱えたまま、ヴィルは踵を返し森の中を駆け始めた。
「はぁ……はぁ……」
無事に森を抜けられたヴィルは、森から出た所でヨロヨロと膝を付き
ーズシャ……ー
抱き抱えていたエルフィルを地面に下ろすと
「お前、意外と重……」
ーバギィッー
息を切らせながら率直な感想を述べようとしたヴィルはエルフィルによる顔面グーパンで分からされた。その時
「ヴィルさん! エルフィルさん!」
彼等を見つけたアリーナ達がヴィルとエルフィルの元に駆け寄ってきた。
「お二人共、お怪我はありませんか?」
オロオロと二人を交互に見るアリーナに
「ごめん、私は後で良いわ。この馬鹿からお願い」
エルフィルが勇者の治療を先に申し出た。
「は、はい! 慈愛の女神様……」
エルフィルに言われるままにアリーナは神聖魔法の詠唱を始めていく。そして
「……心と身体を清廉に還し給え……ヒール!」
ーパアアァァー
神聖魔法を掛けられたヴィルの顔面の負傷は無かった事になったが……
「いててて……」
顔面グーパンの記憶が無かった事にはならず上体を起こしたヴィルに
「次、変な事言ったら潰すから♪」
にこやかにエルフィルが警告で迎えるのだった。そして
「アリーナ、今度は私ね? 足捻っちゃってさ……」
「は、はい! 慈愛の……」
エルフィルは今度は自身の治療をアリーナに依頼しアリーナはすぐに神聖魔法を唱え始め
ーパアアァァー
「エルフィルさん、ごめんなさい。私のせいでこんな事に……」
魔法でエルフィルを治療しながらアリーナが謝罪の言葉を口にする。
その目には申し訳なさと自身への不甲斐なさからか涙が滲んでいる。そんなアリーナに治療が終わったエルフィルが
「次からは一人で行動しちゃ駄目よ?」
しゃがんだまま涙ぐんで俯いていたアリーナを優しく抱きしめるのだった。
こうして三日に渡る旅路を抜けた先のヴィル達勇者パーティーの目の前に、城塞の様な魔王城がその禍々しい異様を現した。
魔王城は深い森の奥にあり、その旅路は決して平坦なものでは無かった。
「さぁ、行くぞ皆! 覚悟は良いか!」
パーティーの先頭に立つヴィルは後ろに控える仲間達に、正面に聳え立つ魔王城を見据えながら、激を入れる。
彼の背後にはアリーナとミリジアを中心に左右をミノさんとエルフィルで固め、最後尾にトマスが追随する陣形を取っている。
ちなみに最初の森でのトラブルもあってかトマスにはアリーナへの接近禁止令が出されていた。
この三日間、休憩中等はヴィルとエルフィルの二人で目を光らせており、初日の様なトラブルが蒸し返される様なコトは無かった。
(くそっ、ヴィルのやつ偉そうに……)
だが、その対応はリーダーであるヴィルへの憎悪と嫉妬心をトマスの中で増幅させるには十分だった。
そんなトマスの内情を感じ取っているのか
「クゥ〜ン……」
「キィ……」
「クェ〜……」
彼に付き従うクロ達三匹の様子もトマスのスキルによる義務感から嫌々付き従っている感が有り有りだった。
魔王城周辺には魔物の姿は見えず、城の入り口には門番の姿すら見当たらない。
あまりに無防備な魔王城の姿に
「これ、罠かもしれない。注意して進むぞ」
先頭のヴィルが皆に声を掛けながら先へと進む。こうして、ヴィル達六人+三匹は魔王ケイオスブラッドの待つ魔王城へと足を踏み入れていくのであった。




