森の魔物
「わ……私はトマスさんの気持ちには応えられません。ごめんなさい……」
アリーナは一生懸命に絞り出す様な声で自身の気持ちをトマスに告げる。
「な、なんでだよ……。アリーナは僕の事が好きじゃなかったのか? そうじゃなかったらどうしてこいつらの面倒見てくれたんだよ!」
トマスはアリーナの答えに納得がいかない様だ。玉砕したにも関わらず食い下がる。そんな彼からの圧に
「ご、ごめんなさい……」
一方のアリーナは申し訳なさそうに俯き謝罪の言葉を口にする。そんな彼女にトマスは
「そうか、他に好きなヤツが居るんだろ! ……そうか、君はそいつに騙されているんだ!」
今にも詰め寄らんばかりにトマスの勢いは昂り続けている。
「君の気持ちに応えられるのは僕だけだ。アリーナだってわかってるんだろ?」
ーガシッ!ー
トマスはアリーナの眼前まで迫ると彼女の腕を掴む。口づけ出来る位の距離まで迫ってきたトマスからの圧力に
「や、止めて下さい!」
ーバシッー
アリーナはトマスの腕を振り払うと
ードンッ!ー
トマスを突き飛ばしつつ彼から距離を取るために後ずさった。
「…………っ!」
一連の自身の行動に気が付いた彼女は
ハッとした表情を見せいたたまれなくなったのか
「ご、ごめんなさい!」
謝罪の言葉を口にすると、アリーナは俯きながら森の奥へと駆け出して行ってしまった。
「アリーナ! 待て!」
単独行動は危険と我に返ったヴィルが彼女を追おうとしたが
「アンタらは先に行きなさい。あの子は私が連れて行くから」
一歩踏み出したエルフィルが制止する。
「お前、大丈夫なのか?」
一人で追いかけようとする彼女に幾分不安を覚えたヴィルがエルフィルに尋ねるが
「私にとったらこんな魔物の森なんか他所んちの庭みたいなモンよ! チョロいチョロい!」
そう言いながらアリーナの後を追って颯爽と森の中へと消えていく。
(他所んちの庭じゃ、駄目じゃねぇか……)
やや呆れながら彼女達を見送るしか無かったヴィルだが
「とりあえず、さっさと森を抜けるぞ! そこで警戒待機しつつエルフィル達を待つ!」
残ったメンバーに行動の指示を出すと、ヴィル達は森の出口に向かって歩み始めるのだった。
「はぁ……はぁ……」
咄嗟の反応だったとは言えトマスに対しどうすれば良いのか分からなくなったアリーナは、その場から逃げる選択しか思い浮かばなかった。
そんな彼女が周りの景色の変化に気が付いた時には、既にかなり森の奥深くまで来てしまっていた。
ーザッザッザッ……ー
(私、どうすれば良かったんでしょう……?)
無我夢中で駆けてきてしまったアリーナがトマスに告白されて迫られた事と自身の気持ちについて考えながら歩いていると
ーザワザワ……ー
相変わらず、周りからは木々が擦れる音が聞こえてきている。
歩みを止めたアリーナが周りを見回していると
ーザザザザザ……ー
森の奥から何かがこちらに向かってきているのが見えた様な気がした……が、森の中は見通しが悪く薄暗いせいかよく分からない。
アリーナが錫杖を両手で握りながら、ゆっくりと後退ると
ードンッ!ー
「あうっ!」
突然背中に何かが当たる感触に驚いて声を上げる。さっき駆けてきて後ろに下がっただけなのに、後ろに何かあるはずが無い……と後ろを振り向くとそこには
「オオオォォォ……」
人の目と口の様に洞が三つ空いている大木の姿があった。
「ひっ……!」
反射的に大木から離れるアリーナの周囲から
ーザワザワ……ー
周り中から木々の擦れる音が近付いてきている音が聞こえてきていた。
「いけないっ……逃げないと……!」
辺りを見回すアリーナだがどっちに進むべきか分からない。何かが近付いてくる音の発生源は回り中にあった。
ードスッー
「慈愛の女神様……無垢なる天の殻を我が身に……」
もう逃げられないと判断したアリーナは杖を眼前に立て、懸命に平静を保ちながら魔法の詠唱を始める。
「……我が身に加護と安寧をお与え下さい……ホーリーシェル!」
ーパアアァァ!ー
眩い光と共に紡錘型の白い防壁がアリーナ一人をすっぽりと護る様に展開された。
大木の魔物は動きが遅いらしく、魔法の詠唱が終わる前にアリーナを攻撃する事が出来なかったのは幸いだった。
「オオオォォォ……」
アリーナの周囲に現れた大木の魔物達はそれぞれの木の枝を使って
ーバシッバシッバシッ!ー
アリーナの防壁を叩いたり突いたり物理的な攻撃を仕掛けてきた。
(女神様……どうか、力無き者に救いと加護を……)
一方のアリーナは神への祈りを絶やさない様に懸命に祈り続けている。
彼女の展開した防壁は個人を守るための防御魔法であり、アリーナ自身の信仰心が高い事もあってか自分一人を守るだけなら鉄壁の防御を誇っていた。
「オオオォォォ……」
ーガツッガツッバシッ!ー
その場から動けなくなるのが欠点だが、敵の攻撃さえ凌いでいればきっと誰かが助けに来てくれる。
ーバシッバシッガッ!ー
(このまま持たせれば……ヴィルさんがきっと助けに……)
光の殻が大木の魔物からの攻撃を完全に防いでいる事にアリーナが安堵し、持続時間延長の為に祈りを捧げようと目を閉じたその時だった。
ーボゴゴッ!ー
「えっ……?」
突然足元の地面が音を立てて盛り上がり防壁内に土煙が巻き上げられた。
突然の物音にアリーナが閉じていた目を開けて自身の足元を見ると
ーシュルル……ギュッ!ー
「きゃっ!」
地中から伸びてきた木の根の様な何かが見えた時には既に遅く、根がアリーナの両足首に巻き付いてきた。
「な、何これ……? 離して……離して下さい!」
アリーナは根を振り解こうと必死に足を払うが、木の根は足首にしっかりと巻き付いて離れない。
ーグイッ!ー
「きゃあっ!」
木の根に足首を引っ張られたアリーナは成す術無く地面に倒されてしまった。
ードシャッ!ー
「うぐっ!」
自身を守っていたホーリーシェルも祈りが途切れてしまったからかいつの間にか霧散していた。
「い、祈りを捧げないと……!」
仰向けに倒されたアリーナが周りを見ると
「オオオォォォ……」
ーザザザ……ー
「や……離して! 誰かぁっ!」
周りから大木の魔物達が包囲を狭める様に集まってくるのが見えた。
必死に立ち上がろうと藻掻くアリーナだが足首に巻きついた木の根は振り解けない。ゆっくりと攻撃態勢を取る大木の魔物達の姿に
「いやあっ! 助けてっ! ヴィルさぁん! 助けてぇーっ!」
絶望したアリーナの悲鳴が森に響き渡った。しかし、何度も都合よくヴィルが間に合うはずも無い。
「オオオォォォ……」
周囲を取り囲んだ大木の魔物達がアリーナ目掛けて枝を叩き付けようとしてきたその時




