ポトフ
「はぁっはあっ……ぜえっぜえっ……」
ヴィル達が鍋を囲んで調理を進めている頃、散々村の子供達を追い散らしてきたエルフィルが息を切らせて戻ってきた。
「お疲れ〜、もうしばらく掛かるから手でも洗ってこいよ」
鶏出汁がしっかり取れた鍋に野菜を投入しながら、ヴィルがエルフィルにお母さんみたいな対応で流す。
相当に息が切れていたエルフィルはしばらく息を整えた後
「いい匂いじゃない。夜ご飯にお鍋なんて粋ね〜」
菜食主義なイメージの森の民エルフらしからぬ発言だが
「明日から
ハードタック生活。今日が最後……」
鍋をお玉でかき混ぜるミノさんが非常な現実もエルフィルに告げる。
これから魔王城に乗り込もうというヴィル達にとっては今日が最後の晩餐となる。
敵地での食事ともなれば落ち着く事もままならず、固いハードタック……所謂カンバンだがそれをかじるのが精一杯となるだろう。
ポトフが出来上がり始めた頃、ヴィル達のテントが背にしている教会から、アリーナが歌う聖歌の綺麗な歌声が聞こえてきた。
「あら、あの子ったら歌上手いんじゃない」
ポトフの味見をしながら調整しているミリジアがそんな感想を口にすると
「ああ、そうだな。聞いてるとこっちまで祝福されてるみたいだ」
ヴィルが固パンをナイフで切り分けながら彼女に相槌を打つ。
「アリーナ、歌 じょうず」
串に刺したチーズを焚き火で炙りながらミノさんも聞き入っている様だ。
「そうだな、彼女は何でも出来るんだなぁ」
特に何もせずに焚き火に当たっているトマスは何故か誇らしげだ。そんなパーティーメンバーの様子に
「なによ、あれくらい。私の方が何倍も上手いんだから! 何なら手本ってのを見せてやるわよ!」
勝機は我に有りと思い立ったエルフィルが教会へと一步を符を出そうとした瞬間
「ちょ……馬鹿!」
ーガシイッ!ー
「なっ!」
顔面冷や汗まみれのヴィルが青ざめた顔色でエルフィルの腰にしがみついていた。
「お前、これから食事なんだから別の機会にしろ!」
エルフィルを教会に行かせまいとするヴィルは必死の形相で彼女を制止する。
エルフィルのキングオブザリガニボイスな歌声を知っているのは彼だけであり、彼女の好きにさせては勇者パーティーの世間体に関わる。
アリーナがせっかく村人達を魅了しているのだから、そこにわざわざ水を差しに行かせる意味は全く無い。
「な、何すんのよ! この馬鹿勇者! 離しなさいよ!」
後ろから腰に抱きつかれたエルフィルは若干顔を赤らめながらヴィルを引き剥がそうとするが
「おい、お前等も手伝え! これは俺達の将来に関わる大問題だぞ!」
首が明後日の方向に向かされながらもヴィルは必死に食い下がる。
「別にいーんじゃない? エルフィルの好きな様にさせれば」
ポトフの味見をしながら答えるミリジアは全く興味なしと言った態度だ。
「ヴィル、セクハラ 良くない」
ミノさんもミリジア同様にエルフィルの歌声を知らないだけに、全く取り合おうとしない。
「お前等、ピンと来いよ! コイツが全力で歌ったりなんかしたら……」
ーボスッ! バキイッ!ー
「ふげえっ!」
振り向きからのボディブロー、流れる様な正拳突きを受けたヴィルはその場に大の字に倒されてしまった。
「ったく、いつまでしがみついてんのよ! このセクハラ勇者!」
腰に手を当てて仁王立ちで勇者を見下すエルフィルは顔を真っ赤にしている。
そうこうしている内に教会では聖歌斉唱が終わりアリーナに対する拍手喝采が起こっていた。
「ワンッワンッ!」
「キャキャキャ!」
「クェェ〜」
時折拍手に交じってクロ達三匹が喜んでいる様な声も聞こえてくる。
「ハスヴィル村の皆さん! 偉大なる豊穣神レア様はいつも私達を見守っておられます!」
アリーナの呼び掛けに村人達はどよめいたり感嘆したり、彼女には意外とカリスマ性があるのかもしれない。
(…………)
地面に大の字になって天を仰ぎ見ているヴィルはそんな取り留めのない事を考えていた。
「女神様は仰られます、神は自ら助くる者を助くる……と! 皆さんで力を合わせればきっと平和な未来は訪れます! フェクンディタス・エテルナ!」
女神を讃える言葉で締めるアリーナの声に続いて、村人達の祈りの声が聞こえてくる。
そして、程なくしてクロ達三匹を連れたアリーナがヴィル達のテントへと帰ってきた。
「皆さん、席を外させて頂いて申し訳ありませんでした」
料理の途中で席を外した事に頭を下げるアリーナに
「良いから良いから。それより疲れたんじゃない? ご飯出来てるわよ」
ミリジアはポトフのお椀をアリーナに差し出す。
「あ、ありがとうございます」
手渡されたお椀を持ちながら辺りを見回した彼女は
「あ、あの……ヴィルさんは一体……?」
地面に転がっているヴィルに気付いた様だった。そんな彼女に声をかけたのは
「あ〜、その馬鹿は放っときなさいな。そんなセクハラ勇者心配する事無いって」
焚き火のそばでポトフに舌鼓を打っているエルフィルだ。彼女はアリーナに隣りに座る様に手招きしている。
「え〜と……、ヴィルさんそのままで大丈夫なんでしょうか?」
見るからに大ダメージを負っているヴィルを放っておけない彼女はエルフィルとヴィルを交互に見ながら戸惑っていたが
「そいつはいいの、そのまんまで! ほらほらこっち来て座んなさい!」
エルフィルの不可視の圧力に屈する形でアリーナはエルフィルの隣に着き、ヴィルは捨て置かれる結果に落ち着いたのだった。




