ハスヴィル村での一夜
教会の裏に着いたヴィル達は男性陣で手分けしてテントの設営を行った。建てたテントは男女別の二棟、時と場合によっては一棟になるのだが村の中であれば安全もある程度は保証されている。
一方の女性陣は焚き火と料理の準備を進めている。枯れ木を集めたり食材を切り分けたりと中々手が掛かる作業ではある。
ほとんどキャンプなノリで宿泊の準備を進めていると
「あ〜、勇者様がテント建てら〜!」
「や〜い、勇者の家ボロテント〜!」
「勇者ん家、天井低くね?」
村の子供達が興味本位でヴィル達のところにやってきた。子供達は口々にヴィル達の年季が入ったテントを揶揄し囃し立て始めた。
「くぉらぁ〜! ジャリ共〜! 大人を馬鹿にすんじゃないわよ!」
子供達にも大人気無いエルフィルが大声で怒鳴り付ける。
そんな彼女にテント組み立て中のヴィルが
「おい、エルフィル。子供脅かして俺らの評判下げないでくれるか?」
「黙らっしゃい! 世間と大人の厳しさを教えるのも大人の約目でしょ! こらガキ共ぉ〜!」
そう言うとエルフィルは子供達に向かって腕を振り上げて突撃。
「うわぁ〜! 暴力エルフが怒ったぞ〜!」
「逃げろ〜!」
「食われるぞ〜!」
「わあ〜!」
一方の子供達は文字通り蜘蛛の子を散らす様に囃し立てながら逃げ出していく。
「まったく、どっちが子供なのかしら……」
夕食の準備の為に鍋を火に掛けながらミリジアが呆れた様に呟く。そこに
「ミリジアさん、洗ってきました」
クロ達三匹を連れたアリーナが籠に乗せた鶏の骨を手にキャンプ地に戻ってきた。
彼女は昼食で食べた後の鶏の骨を、村の井戸を借りて洗ってきた様だ。
「それじゃ、それ鍋に入れちゃって。これならいい出汁が取れるわよ〜」
今日の夕食はあり合わせの野菜と干し肉を入れたポトフにするつもりであるらしい。
流石に魔王城付近で自炊は出来ないだろうから、これが最後の温かい食事になってしまうだろう。
「じゃあ、野菜切っていくか。トマス、お前も手伝え」
ヴィルは短剣とキャベツを手にトマスに声を掛ける。
一方のミノさんは水洗いが必要な野菜を見繕うと籠に入れて村の井戸へと向かう。
「ほら、トマス。お前もキャベツ切れ」
簡素な板の上でヴィルがキャベツをざく切りにしながらトマスにも促す。
「これ、洗わないのか?」
キャベツを渡されたトマスが尋ねるとヴィルがキャベツを刻みながら答える。
「玉のまま洗っても周りしか洗えないだろ。中はギチギチなんだから刻んでから水洗いだ。葉虫には気を付けろよ」
元、転生者であり社会人だった今のヴィルには一応の生活スキルがある。一方のトマスは
ーギシギシ……ザクッ!ー
「うわあああっ!」
慣れない手付きで力を込めた為指まで切ってしまった。
「うぐうっ! 指がぁ、指があぁぁっ!」
トマスの怪我は指先を切る様な生易しいモノでは無く、骨こそ繋がっているものの日常生活ではありえない位の重傷だった。
「アリーナ! 怪我人だ、トマスを見てくれ!」
「は、はい!」
ヴィルが鍋の灰汁取りをしていたアリーナに声を掛けると彼女は急いで駆け寄ってきた。
「偉大なる女神様。無垢なる天の息吹を……」
トマスの前で膝を付いた彼女は神への祈りを急ぐ。そして
「」心と身体を清廉に還し給え……ヒール!」
ーパアアァァー
アリーナの両手が輝き出すと共に、比較的バックリ逝っていたトマスの指の怪我が瞬く間に修復されていく。
ヴィルが二人の様子を見ながらトマスが起こした負傷の影響で散らばったキャベツ等の食材を片付けていると
「これからは気を付けて下さいね。やり方が分からなかったら周りの人に聞いて下さい」
トマスの怪我を完璧に治したアリーナは、トマスに念押しする様に強めに釘を差す。
「トマス、キャベツは良いからミノさん、手伝ってこい」
ヴィルが怪我が治ったトマスに別の作業を割り振るが
「アリーナ、やっぱり僕を心配してくれるんだ」
トマスは彼女の献身に心を奪われているらしく、ヴィルの言葉もうわの空だった。
そんな夕方、食事の準備を進めていたヴィル達の下に
「あのぉ〜、勇者様方……? 聖女様から祝福と加護を賜りたいのですが……」
村人達が連れ立って聖女であるアリーナに祝福の祈りを求めてきた。
「は、はい。え〜と……」
アリーナが反射的にヴィルの方を向いて彼に許可を求めると
「こっちほ大丈夫だ。村の人達の期待に応えてきてくれ」
ヴィルはアリーナの気持ちを汲んで答える。
「ありがとうございます。それじゃ、行ってきます」
アリーナは錫杖を手に村人達と一緒に教会の入り口へと消えていく。
「ワンッワンッ!」
「ギャギャッ!」
「クェ〜!」
クロ達も何故か尻尾を振ってアリーナに後を追ってついて行ってしまった。いつの間にやらトマス以上に懐かれてしまっていた様だ。
「トマス、ミノさん手伝いに行くぞ」
ヴィルがざく切りにしたキャベツを入れた籠を手にトマスに声を掛けるが
「アリーナ……やっぱり君は僕の事を……」
トマスは自分で切断しかけた指を擦りながらアリーナの後ろ姿を見送っていた。その姿は明らかに彼女に心を奪われている男子のそれであった。




