一夜明けて
エルフィルとミリジアによる枕投げから始まった騒動はダークエルフのシルヴェリスが四魔将リリスであったという結末で幕を閉じた。
翌朝の冒険者ギルドではその話題から始まっていた。
「まさか、あの娘が四魔将だったなんて……不覚だったわ」
そう話すのは枕投げの張本人、エルフィルだ。彼女は四魔将リリスとは唯一面識がある人物なのだが、何故か彼女はシルヴェリス姿のリリスに疑いを向ける事は無かった。
「お前、なんで気付かねーんだよ。羽根と角と尻尾以外まんまシルヴェリスだったじゃねーかよ」
「うるさいわね! 羽根とか角とか尻尾とか、簡単に隠せるはず無いでしょ! 大体、敵の幹部が平然と人間の街に溶け込みに来るなんて思わないっての!」
朝食のモーニングセットを食べる手を止めたエルフィルがヴィルに食ってかかる。また、
「まぁ、私達に被害があった訳でも無いんだし。次来たら返り討ちにしてやろうかしら」
同じくモーニングセットをつついているミリジアがエルフィルとヴィルの会話に割り込んできた。
流石に勇者パーティーの一員だけあって、誰もリリスをそれほどの脅威とは見ていない。一方
「なんだよ、一週間も偉そうに教官ヅラされた僕の気持ちも考えてくれよ!」
リリスの指導で走り込みばかりさせられていたトマスは憤っていた。だが
(流石に体力は付いたろうから、移動中にすぐに音を上げる事はなくなったろうな……)
訓練所でトマスの走り込みを見ていたヴィルは、彼等の訓練風景を思い出していた。
彼等はみっちり走り込んだ後でシルヴェリスが治癒魔法みたいなモノを掛けそれを毎日続けていた。
その時は何とも思わなかったが、シルヴェリスの正体が四魔将リリスである以前に女神であるフィーナだと分かった今では彼女の意図がなんとなく分かった気がする。
(今までのトマスのままじゃ、何かしら不都合があったんだろうな)
とりあえず、トマスも荷物持ちとして最低限の仕事さえしてくれればパーティーの不和を引き起こす事は無い様に思える。
後はこのまま魔王城へ出発して首尾よく魔王を討伐してくればひとまず終了となるはずだ。
(……その後はどうなるんだ?)
ヴィル自身、魔王を倒した後の話などまるで考えていなかった。
一般的な勇者と魔王の物語など、魔王を倒すのがゴールであってその先などエンディングの一幕でしかない。
「ヴィルさん、どうかされましたか?」
物思いに耽っていたヴィルにアリーナが尋ねてきた。
昨晩の女神フィーナの話によればアリーナだけじゃなく、パーティーメンバーをきちんと生き残らせて魔王討伐を果たさなければ世界に悪影響を及ぼすらしい。
「なんでもないさ。今日からは長旅になるから大変だろうと思ってな」
心配そうに自分を診てくるアリーナになんでもないと取り繕うヴィルだったが
(そういや、アリーナを襲った賊も分からずじまいだったな。注意していかないと……)
帝国の手の者に狙われている事を思い出していた。彼女の出身は北のルミナスフォール自治領であって、東にあるベルンシュバイツ帝国とは無関係なハズだ。
残念な事にヴィルが意識に目覚める前のヴィルヴェルヴィントは、悪い意味で来る者は拒まず、去る者は追わずであったらしい。
パーティーメンバーに対する関心が薄く、各々に対するロクな記憶が残っていなかった。
「アリーナ、アンタ気をつけなさいよ! バカ勇者が虎視眈々と狙ってんだからね!」
そう警告してくるエルフィルについてはヴェルにとっては口煩い森のエルフという認識でしか無く
「これだから発情期のバカ勇者は……」
呆れた顔でヴェルを冷めた目で一瞥するミリジアは、ヴィルにとって可愛げの無いインテリ眼鏡魔術師の認識でしか無かった。
「ヴェル、最終決戦。気持ちを入れ替えろ」
片言のミノさんは口数こそ少ないものの、頼れる前衛役という事でかなり信頼しているフシがある。そして最後の
「なぁ、アリーナぁ? この前の返事はどうなんだよ?」
トマスは先日彼女に告げた想いの返事が無い事にやきもきしているらしい。ヴィルの目から見ても脈無しは明白なのだが……
「トマス。俺達はこれから魔王城へ出発するんだ。今はそれだけに集中しろ」
流石にストレートに脈は無いから諦めろと言う訳にはいかない。
何がキッカケでトマスが覚醒するか分からない以上、腫れ物に触る物言いとなるのは仕方が無いのである。
「そーよ! それに相手の優しさに付け込んでOKして貰おうなんて卑怯よ! 厚意と好意は違うんだからね! 見なさいよ、アリーナ困ってんじゃない!」
追い打ちをかける様にエルフィルが話に食い込んできた。彼女が指差す先には困った顔で微笑んでいるアリーナの姿があった。
そんな明らかに困っている様子のアリーナに
「なぁ、頼むよ! 答えてくれ! 僕が好きだから優しくしてくれてたんだろ?」
トマスは必死に食い下がる。そんな彼に対し
「あ、あの……トマスさんも皆さんも同じ様に目的が一緒のパーティーですから……その……」
言葉を選びながらやんわりとお断りの言葉を探している様だった。
「朝飯終わったなら行くぞ。俺達は暇でも無いんだ」
ヴィルはここで会話を中断させる事にした。どうせトマスに恨まれるなら自分の方が良いと判断した結果だった。




