魔王討伐への道
「ずっと気になってたんだけどさ……アンタ誰?」
ふいにミリジアが一緒のテーブルでトマスと向かい合って座っているダークエルフのシルヴェリスに話を振った。
「あ、ああ。その人は新人冒険者のシルヴェリスさんだ。トマスの奴の訓練をお願いしてたんだ」
すかさずヴィルがフォローに回る。見た目に反して控えめなシルヴェリスにズバズバと憶せずモノを言うミリジアでは相性が最悪に見えたからだ。
「新人なのにサラマンダーが随分言う事聞いてるわよね。サラマンダーって気性が荒くて有名なのにさ〜」
ミリジアはそう言うと自身の席から立ち上がりシルヴェリスの隣まで歩いていく。一方のシルヴェリスもミリジアから発せられる雰囲気に心なしか小さくなっている。
「は、はい……。まぁ、長いお付き合いですので……」
「あぎゃ!」
笑って誤魔化す素振りのシルヴェリスに相槌を打つサラマンダー。そんな彼女達にミリジアは
「で? 役立たずのトマスに何をしてくれたのかしら?」
本題とばかりにトマスの訓練結果について問い質してきた。
「え〜と、重りを入れた道具箱を背負ってランニングを毎日してましたから……体力と足腰は鍛えられたと思うんですが……」
シルヴェリスは語尾に従って声が小さくなっていく。実力者であるミリジアの圧は新人である彼女には刺激が強過ぎる様だ。
「そんなの荷物持ちなら出来てあ・た・り・ま・え! 他には?」
「いえ、それだけです。でも、毎日筋肉痛になる位には走り込んでましたから……今は大分変わってるハズです」
確かに筋肉痛から回復すれば筋肉は強化される……が、野菜由来の宇宙人では無いトマスが一週間走り込みを重ねたところで結果はたかが知れている。
「そんなんで魔王の城に付いてこれると思ってるのぉ? トマス、アンタステータス見せてみなさいよ!」
「わ、わかったよ」
ーカチッー
トマスがミリジアに言われるがまま冒険者証のブレスレットのスイッチを入れると
【トマス】
レベル 2
職業 テイマー
技能 動物に好かれる
経験値 65534
そこには代わり映えのしないいつものトマスのステータスが映し出されている。
「ほら、見なさい! こんなんで魔王城に一緒に行こうだなんてちゃんちゃらおかしいのよ!」
ほれ見たことかと、ミリジアは語気を強める。一方のヴィルはホッとした表情を覗かせている。
ヴィル自身トマスのステータスを見るのは暫く振りだったがトマスのステータスに変化が起きていない事は安心材料だった。
異世界の住人には知る由も無い話だろうがトマスの経験値65534は16ビットで表現出来る最大数とされている。
確定では無いもののトマスの最大の経験値数が65535であった場合、彼はめでたくレベルアップを果たしてしまう可能性が高い。そして得られる新たなスキルが
【全種族絶対隷属】
というチートスキルなのだ。彼がこれを手にするとヴィルは破滅が確定してしまうため、なんとかそうならない様に歴史改変を試みているヴィルなのだ。しかし……
(ん……?)
切羽詰まっているヴィルは当然だが、何故か全く関係の無いシルヴェリスまでもがホッとした顔をしているのにヴィルは気付くのだった。その視線に気付いたシルヴェリスは
(あ、どうも……)
と言った感じでヴィルに会釈をしてきた。そんなシルヴェリスにヴィルも思わず会釈を返してしまう。
そんな二人に挟まれていたアリーナはキョトンとした顔で二人を見比べて首を傾げている。
「ちょっと! バカ勇者! 聞いてんの! こんな足手まとい連れて魔王と戦うなんて私は嫌だからね!」
ミリジアはやはりトマス追放一択である様だ。しかし、魔王との戦い以上に自身の行く末が掛かっているヴィルは首を縦に振るわけにいかない。
「ま、まぁ気持ちはわかるが魔王城に行く道中でトマスの様子を見ても良いだろ? 何にせよ荷物持ちは居ないより居た方が良いからな」
ヴィルはミリジアを宥めに掛かる。ここから魔王城までは歩いて大体三〜四日掛かる。
それまでの間にトマスに成長の跡が見えなければ……街に帰らせるというのがヴィルの提案である。
とは言うものの、トマスを追放したくないヴィルは彼が自発的にパーティーを抜けようとしても、それは許さないつもりだ。
トマスの恨みの矛先が自分から逸らされたと確信出来るまでは……とても安心できたものではない。
「とりあえず、明日は準備を整えて魔王討伐に出発するぞ。皆、準備は入念にな」
ヴィルは明日の予定をパーティーの皆に確認する。そして
「まぁ、そういう訳で訓練は今日までだ。後は頑張れよ」
明日から稽古をつけられなくなった事をハーマン達新人冒険者パーティーに告げる。
「そ、そんな事……短い間でしたがありがとうございました!」
「私達も立派な冒険者になってみせます!」
「今日までお世話になりました」
「アリーナさん、ありがとうございました」
ハーマン達新人冒険者パーティーの面々は皆、お礼の言葉を述べる。そんな盛り上がった空気の中
「んじゃ、景気よく打ち上げパーティーといきましょうか〜!」
いつの間にか果実酒とジョッキを手にしていたエルフィルが音頭を取り始める。
「皆さん、こちらをどうぞ〜!」
器用に両手にジョッキを多数持ったシルヴェリスがテーブルに到着していた。彼女はジョッキを置くと料理の受け渡しカウンターにとんぼ返りしていく。
こうしてヴィル達の壮行会と打ち上げを兼ねた飲み会は夜遅くまで続けられるのだった。
しかし、陽気な飲み会があんな事になろうとは誰も想像には出来なかったのである。




