技能
「トマスさん、貴方は少し勘違いをされています。ヴィルさんもアリーナさんも他の皆さんもスキルがあるから特殊な事が出来る様になった訳では無いのですよ?」
シルヴェリスはトマスに諭す様に語り掛けている。それはこの世界におけるスキルと呼ばれる個々人の技能の在り方についてだった。
「他の皆さんはたゆまぬ努力を日頃から怠らずに続けているから……剣聖や聖女と呼ばれる高みに登る事が出来たのですよ?」
「そんなの……僕だって努力くらい……!」
シルヴェリスの言葉にトマスは食って掛かる。まるで何もせずに遊んでいるかの様に決めつけられたと感じたのだろう。だが
「では貴方は一日にどのくらいの努力をしていたのでしょう?」
「そんなの……この一年間、毎日夕方から寝る前までやってたさ!」
トマスは自身の努力をシルヴェリスにアピールするが
「一日三時間、毎日素振りを続けてきてそれですか?」
彼の剣には毎日続けてきたにしては鋭さがまるで足りていなかった。
体躯による力強さに欠けているのはトマスの体格として仕方が無いのだが、それでも彼の剣筋からは努力の跡が感じられない。
「毎日、剣の稽古をしていたとの事ですが、それこそ雨の日も風の日も仕事の時も……ですか?」
「それは……疲れた時とかはしなかったけど……」
シルヴェリスの問いにトマスは口籠る。彼の目は泳いでおり自身の発言に自信が無い事の現れだ。
「何も長時間訓練するのが良いとは言っていません。ですが、ヴィルさんや他の皆さんは貴方以上に並々ならない努力を経てきているハズです」
年齢的にも幼いトマスは勇者パーティー内ではどうしても人生そのものの時間が少ない以上、他のメンバーと比べて実力が劣ってしまうのは仕方が無い話なのだ。
どうすれば彼はその辺りを納得してくれるのか……?彼の中にある自身の理想が肥大化し過ぎているのか……?
「貴方が勇者パーティーの一員として注力すべきは、まず荷物持ちとしてその責務を全うする事。まずは足腰の鍛錬と体力作りからでしょう。では始めますよ」
シルヴェリスはサラマンダーを呼び寄せると三匹の魔物達と共に走り込みから始めるつもりだ。
彼女はトマスを立ち上がらせると、訓練場を外周に沿ってジョギングを始めた。
「今日は一日中走り込みですよ! とりあえずは昼食まで頑張って下さいね!」
まるで小中学生の持久走なノリで訓練所を使い始めたシルヴェリスに、ヴィルは彼女からダークエルフらしからぬモノを感じていた。
(なんかシルヴェリスって体育会系なノリだよな……)
言葉にするのは難しいが、昭和のノリと言うか……体力は全てを解決するみたいな脳筋な何かを感じていた。
だが、体力作りを進める事に異論がある訳でもなくむしろ歓迎すべき事だ。荷物持ちでありながら、すぐに音を上げてしまうトマスはこれまでも度々ブレーキになっていた。
「良いですか? 前衛の人達が戦っている時に私達が注意すべきなのは……」
ヴィルがトマス達の練習風景を眺めていると、横からアリーナの後輩達に指導する声が聞こえてきた。
戦闘中視野狭窄に陥りがちな前衛職をサポートする方法を、彼女なりに実戦経験を踏まえた立ち回り方で説明していた。
「パーティーの進行方向を前……十二時として見立てるのが分かりやすいと思います。また、乱戦になりそうな時など戦場に目印の目星を付けておくのも良いですね」
アリーナは後衛として、出来るだけパーティーを俯瞰で見る心掛けを説明している。皆が目の前の戦闘に前のめりになる事無く、全体を俯瞰する事がいかに大事か。
そしてそれが出来るのは自分達でしかないのだと、先日のゴブリン洞窟の実践も踏まえ、あの時に何をしてどこに気を配るべきだったか説明している。
「何事も事前の打ち合わせと報告連絡相談です。リーダーはハーマンさんですから、彼が健在ならば指示を出すのは彼の約目です」
説明を続けるアリーナだが、全体を見る後衛職だからこそ陥ってしまいがちな指示厨となる危険性も説いている。
この辺りは、地味にパーティー不和の原因ともなりそうな注意事項である。
冒険者に役割分担があるとは言っても、命が常に危険に晒される前衛職からすれば、安全な位置にいる後衛職への不平感は出てくるものだ。
そこに指示厨が合わさってしまえば……その後がどうなるかは火を見るより明らかである。
「後は……地味にですが、大きな声は直ぐに上げられる様に練習した方が良いですね」
危機を知らせたり助けを呼んだり大声は便利だが、大声は慣れていなければ中々出せないものだ。
「それでは少し練習してみましょう。無理なく声を出すには歌を歌うのが一番です」
発声練習に聖歌が丁度良いと聖歌を歌い始めたアリーナ達だったが、そんな彼等に目を付けたのが一人で暇していたエルフィルだった。
「どれどれ、高貴なエルフ様の美声を披露してあげようかしらね〜」
ーガシッ!ー
ドヤ顔でアリーナ達の練習に乱入しようとしていたエルフィルを止めたのは当然ヴィルだ。
「あ〜、エルフィル? お前にも俺達の訓練手伝って欲しいんだが」
肩を無理やりに組んでエルフィルをアリーナ達の所に行かせまいとするヴィルだったが
「あによ〜? 今こそ私の美声をここに響き渡らせる時でしょーが」
当のエルフィルは自分の美声を微塵も疑っていない。自称高貴なエルフである彼女が自身の音痴に気付こうものなら……ヴィルにとって新たな胃痛の原因にもなりかねない。




