死神
背の高い何者かの顔は肉も皮膚も無い。白骨の頭蓋骨そのものでしか無かった。唯一、目の奥に赤く光る輝きがその視線を表現していた。
「そいつ、四魔将よ。名前は……忘れたけど」
背中の弓をいつでも抜ける様に手を添えながらエルフィルはヴィルに説明する。
「……こんなトコで一体何をしてるんだ?」
襲いかかってくるなら既にそうしているはずの四魔将にヴィルは事情を尋ねる。
「私にも本業がありましてね。そっちを疎かにする訳にもいかないんですよ」
四魔将の一人と目される背の高い何者かは自身の目的を語り始める。
彼は四魔将として勇者パーティーをこの街に足止めする為にやってきたのだと。
そして、せっかく街に来たのだからと彼の本業であるらしい死神業務に性を出そうと様子を窺いながら始めたところであるらしい。
そして肝心の死神業務とは悪人の魂を刈り取るという事らしいのだが……
「俺にはあんまり関係無いんだが……」
ヴィルはここまで話を聞いて、彼が話す死神云々の話題をすっかり受け入れていた。
転生者である彼は女神達もあの世の存在も目の当たりにしている為か死神の存在にも疑問は抱かなかった。
「そこに倒れてる二人、一応知り合いなんだ。今回は見逃してやってくれないか?」
ヴィルの頼みはギルベット達を見逃して欲しいというものだった。
印象最悪な冒険者仲間とは言え、知り合いが死神に連れて行かれるのを見殺しにするのは流石に寝覚めが悪い。
「まぁ、今回は良いでしょう。。しかし、悪事を重ねればその時は死神であり四魔将でもあるこのトーデスエンゲルが迎えに来ると」
ーシュウウゥゥンー
トーデスエンゲルと名乗る背の高い死神は黒い渦を生成すると、その中に消えていくのだった。
「なんなんだ、アイツは……?」
ヴィルはそんな事を口にしながら四魔将を知っている唯一の仲間、エルフィルに視線を移すが
「あたし知らないって。敵の目的とか性格なんて!」
顔の前で手をブンブン横に振って分かりませんアピールをしている。
魔王軍の幹部と言えば四天王が居た。今のヴィルが目覚める以前の話だが、彼等は大軍団を率いてこのグランフェルム王国のみならず、北のルミナスフォール自治州、西のベルンシュバイツ帝国に至るまで四天王それぞれが侵攻していた。
今はそれら軍団ごと四天王を打倒し、信頼出来る仲間達が集ったパーティーにて、魔王軍本拠地である魔王城に向かおうというのが現状であった。
そんな時にフッと脈絡無く現れたのが四魔将を名乗るルナフィオラと他三人であり、ヴィル視点で見ればどう見てもやっつけ仕事甚だしい存在だった。
その四魔将のやってる事と言えば、街の近くにゴブリン拠点の建設。もう一人に至っては小悪党の魂狩でしかない。
後一人はリリスとか言う女幹部だったらしいが……この調子では予算が少なさそうなショボい事しかしてこなさそうな気がする。
そんな事を考えながらヴィルか新人冒険者達を連れて冒険者ギルドまでやってきたところ……
「あの、すみませーん! 冒険者登録したいんですけどー!」
受付時間外にも関わらずギルドの入り口で中には入れず困り果てている女の子の声が聞こえてきた。
「今日はもう登録の受付も帰っちまっただろうから明日来たらどうだ?」
ギルドに入りがてらヴィルは少女に声を掛けていく。冒険者ギルドでは夜間、不審者対策の為の防壁が張られており、冒険者証を兼ねているブレスレットが無いと入れない仕組みになっているのだ。
しかし、そこまで厳密な仕組みでは無い為、ブレスレットを持った者に密着していれば通過できてしまったりはするのだが……。
「私、ここに泊まるつもりできたから冒険者ギルドに入れなかったら野宿になっちゃうんです! どうか助けて頂けませんでしょうか!」
少女はヴィルに懇願する様に話しかけて来ている。その切羽詰まった様子は確かに放置するには忍びない。
「エルフィル、通してやってくれないか?」
自分でやるのは流石に気が引けたヴィルは近くに居たエルフィルに話を振るが……
「その子、ダークエルフじゃない! 私は嫌よ!」
エルフィルの言う通り、ギルドの入り口で締め出されていたのは銀髪ツインテールの褐色長耳少女であった。
エルフとダークエルフの確執についてはヴィルも噂程度にしか聞いた事が無かった。そもそもダークエルフ自体にお目にかかった機会も無い。
「じゃあ、アリーナ……」
困った時は聖女様とばかりにヴィルがアリーナに話を振ると
「私の両肩に手を置いて、離れない様に着いてきて下さい」
彼女はすぐにダークエルフの少女に段取りを始めてくれていた。
「あの、お名前……何とおっしゃるんですか?」
アリーナが何気なく聞いた言葉だったが
「え? え、あの……え〜……」
ダークエルフの少女は慌てて考え込む様子を見せた後で
「シルヴェリス……そう、シルヴェリスです!」
何故かドヤ顔で自分の名前を名乗り出した。
「は、はぁ……。それではシルヴェリスさん、私から離れない様にして下さいね」
アリーナのすぐ後ろに着いたシルヴェリスは緊張した面持ちでどうにか冒険者ギルドへ入る事が出来たのだった。
「それじゃ、私はあっちで休みますので……」
シルヴェリスはそう言うとギルド一階ホールの誰も座っていない隅のテーブル席に行こうとする。しかし
「いや、あの……別行動されると俺等不法侵入の幇助になっちまうからさ、一応パーティー参加者希望って体で朝までいてくれよ」
ヴィルは勇者として世間体がおかしくならない様に辻褄合わせを図る予定なので、シルヴェリスに他人面されても困るのだ。
「明日、冒険者登録が終わったら好きにすりゃ良いからさ。今日のところは付き合ってくれよ」
自分達も着いたテーブルに着くようヴィルはシルヴェリスに促す。
「は、はぁ……失礼します」
一方のシルヴェリスも恐縮した様子でアリーナの隣に座るのだった。
こうしてヴィル達勇者パーティーに新人冒険者パーティー四人、それとシルヴェリスによる冒険者ギルドの長い夜が始まるのだった。




