ゴブリンの洞窟
クロがトマスの匂いを辿って辿り着いたのは平原に現れた岩場にパックリと口を開けて現れた洞窟の入り口だった。
クロを従えて先に到着していたエルフィルにやや遅れたヴィルか到着すると
「今のところ、洞窟の入り口付近に待ち伏せは無しね。見ての通り、外にも仕掛けは無いわ」
エルフィルが一通りの安全確認は済ませてしまっていた。
後続のアリーナはペン太とモン吉を連れている為か、少し遅れそうではある。
「奥からは……何も聞こえないな」
アリーナが着くまで若干時間があるヴィルは洞窟の入り口から中を窺うが中から目立った音は聞こえてこない。
「お、お待たせしました」
アリーナとモン吉、ペン太が到着しパーティーメンバーが揃った三人は、それぞれ松明を手にエルフィル、ヴィル、アリーナの順で洞窟へと入っていくのであった。
勇者パーティーであるヴィル達にとっては洞窟でのゴブリン退治などは取るに足らない初心者向けの仕事でしか無い。
しかし、それはパーティー全体としての話であり、今のメンバーが欠けた状態ではやはり油断出来ない仕事となる。
「近くにゴブリンは居ないみたい。居るとしたらまだまだ奥ね。意外と広そうよ、ここ」
先頭を歩くエルフィルからそんな声が二人に掛けられる。
「何か音は聞こえないのか? 戦いのだったりトマスの声だったり」
羊飼い老人の話ではトマス含む何人かの冒険者達がゴブリンを追い掛けてきていらしい。
そうなればゴブリン達と戦っていたり魔法を使ったりしていても良さそうなモノだが……。
「止まって!」
その時、エルフィルが皆に停止を指示してきた。彼女は岩陰に何かを見つけたらしく珍重に近付いていく。すると
「アリーナ! 急いでこっち来て! 生存者!」
エルフィルが声と手振りでアリーナを呼び付ける。そこは何の変哲も無い洞窟の一本道だが、ヴィルはショートソードを手に三匹達と共に周囲を警戒する。
エルフィルが見つけた冒険者はアリーナと同じ様な白い法衣を着た神官の少女の様だった。
意識の無いその少女は周囲から隠すように岩陰に隠されていた。件の冒険者達の中の負傷者かもしれない。
エルフィルは横たわる彼女の肩に刺さった矢を抜くと、その先端の矢尻を松明で照らして丹念に調べている。
「待ってて下さい。今、治癒魔法を……」
アリーナはエルフィルが見つけた生存者を前に深い祈りを捧げ始める。そんな彼女にエルフィルが
「アリーナ、これ毒の匂いがする! 解毒もお願い!」
冒険者が倒れた原因に毒がある事を伝える。それを聞いたアリーナは詠唱の文言を変更し
「神聖なる輝きよ、今ここに降り、心と身体を清廉に還し給え……ヒール!」
ーパアアァァー
聖女の祈りによる治癒魔法が発動する。すると土気色だった冒険者の血色が健康的なモノへと変化していく。そして
「う、うぅ……」
横たわっていた神官冒険者は徐々に意識を取り戻し始めた。
聖女の祈りだけあって外傷をたちどころに治し解毒まで済ませてしまうアリーナのヒールは流石であった。
「ヒューッ!、やるじゃないの〜」
そんな聖女の御業にエルフィルが感嘆の声を上げながら冒険者の少女を抱き起こす。すると
「あれ……私は……?」
癖のある金髪の少女は不思議そうに辺りを見回している。
「無事で良かった。貴女はここで倒れてたの。何か思い出せる?」
神官の少女に尋ねるエルフィルは彼女を気遣いながらショックを起こさない様に優しく語り掛けている。
トマスに当たりが厳しく気位が高そうに見えるエルフィルだが、ベテラン冒険者だけあってか新人冒険者には優しい様だ。
トマスに当たっているのと自分には軽口を叩く様なそんな彼女の印象しか無かった為、今のエルフィルは珍しく見えた。
(映画版ってヤツか……)
ミサでの酷い音痴っぷりを思い出したヴィルは彼女を某ガキ大将と結び付けていた。
「おい、ボンクラ勇者! なに締まりの無い顔でニタついてんのよ!」
短い時間だったがぼーっと考え事をしていたヴィルの様子にエルフィルからツッコミが入れられる。
「うるせぇ! その子が大丈夫ならさっさと奥に向かうぞ!」
我に返ったヴィルはエルフィルに言い返す。
「あ、あの……助けて頂きありがとうございます。私、ベルナデッタと言います」
言い争いに発展しかけていた二人を…止める様に、神官の少女がお礼の言葉を口にした。そんなベルナデッタに
「何処かお身体に異常はありませんか? ここで何があったのか教えて下さいませんか?」
アリーナが彼女の体調を覗いながら、事の経緯も尋ねる。
「私達はゴブリンを追い掛けてこの洞窟にやってきました。私は確か……突然肩に強い熱さを感じたかと思ったら意識を失ってしまって……」
ベルナデッタが言うには、冒険者パーティー四人とトマスでゴブリン達を追い掛けてこの洞窟にやってきたらしい。
そして、洞窟に入ってすぐにベルナデッタは肩に熱い何かを感じたと思った時には意識が混濁してしまい今に至るという訳だ。
「なんでそいつらは引き揚げなかったんだ? ヒーラーがやられたならまず撤退を考えるはずだろ」
ヴィルが冒険者としての一般論を口にする。しかし、その問いに答えられる者はこの場には居なかった。
ベルナデッタは意識を失っており、彼女の仲間が追跡を優先した理由など知る由も無い。
また、ヴィルもエルフィルもアリーナもこの状況でゴブリンの追跡を優先する説得力のある理由が見当たらなかった。




