97 唸り馬、怒り犀3
フェイに言わせれば、アーロンは非常に拍子抜けと言うか、もっとはっきり言えば見かけ倒しの男だった。
如何にも怪しげな格好でこれが今時の魔法師なるものかと感心していたが、しかしその実態は大したことがない。魔法師の家系に習っただとか元宮廷魔法師だとか御大層なことを言っていたがおそらく嘘だろう。
基礎中の基礎である空間への魔法陣の書き込みすらできないなんて、独学だったりあくまで補助のおまけ程度に身に付けていた今までの魔法師もどきと同じではないか。
怒り犀はちょっとと渋られ、もう一群れの唸り馬を探したのは別にいい。しかしその唸り馬への魔法攻撃がお粗末だ。
フェイだって別にベテランでもないし、魔法も攻撃すること自体を訓練してきた訳ではない。しかしそれでも半年以上冒険者をしてきて、それなりに群れへの対処も慣れてきていた。そんなフェイが仕留められた唸り馬5頭に対して、アーロンは3頭。
もちろん馬の配置にもよるし、単純に数だけで判断できるものでもない。アーロンは単純に、手際も悪かった。
火属性が得意だと言うことで火魔法を使うのはいいのだが、数打てばあたると言わないばかりに火の玉を打ち出す火魔法を連発。しかも中には目標に当たる前に消えてしまうものもあった。
フェイにとって魔法とは意図的に魔力を抑えないといつまでも消えないので、数を打つ分魔力を抑えているのだろうが、それでも弱すぎる。魔法があたった馬も一撃で死なず、唸り声をあげたまま突進してくるくらいだ。せめて怯むくらいには魔力をこめるべきだろう。直線にしか打たないからほぼ当たっていないし。
むろんフェイは知るべくもないのだが、完全なる勘違いである。アーロンはこの威力の魔法しか撃てない。
威力を抑えてもいないし、直線にしか撃てない。現在この国で一般的とされているアーロンの知る魔法は、魔法具に刻んだ魔法陣に魔力を流して発動させるものだ。なのでその都度応用したり重ねがけしたりできないし、大きさやこめる魔力量を変えられないので威力も同じものしかだせない。重ねがけは魔法具の工夫によりできるものもあるが、特殊な仕掛けがされているもので、重ねがけできる魔法もあらかじめ決められたものだけだ。
フェイの方がこの国の常識からして規格外の魔法を使っているのだが、自分とお爺様と言う基準しか知らないフェイからすれば、あまりに拙いし無駄のある魔法運用だ。魔力量があって何度も魔法が使えると言うだけで、今まで見てきた魔法が使える冒険者とかわらない。これで宮廷魔法師とか盛りすきだろうと疑ってしまうのも仕方ないことだ。
たくさん魔法をつかって時間もかけて3頭では、頼りないと言わざるを得ない。しかもそれで疲れていて汗をかいて、随分魔力消費をしたように見える。確かに魔法を連発してはいたが、それだって一発一発があの強さではそれほど魔力消費も多くなさそうでこれでは、アーロン自体の魔力量も大したことがなさそうに見える。
フェイ基準としては、アーロンの魔法使いとしての能力は低いと判断せざるを得ない。
さすがに口に出して言うことはないが、あからさまに目が期待はずれだと言っていた。
「さて、わしらは怒り犀を探そうと思うのじゃが、お主らはどうする? アーロンの様子からして、無理はせんほうがよいのではないか?」
「あ、ああ。そうだね。一緒に受け付けたのは唸り馬だけだし、そうさせてもらおうか」
「まだ時間早いけど、まぁこれで1人1、5頭ならこんなもんか。アーロン1人で帰すわけにもいかねぇからな。行くわ」
ガブリエルとアーロンが仕留めた3頭分を持って、二人は帰っていった。
それを見送ってからフェイはため息をついた。
「うーむ、アーロンとやら、おかしなやつじゃったのぅ。魔法師とは言っておるが、独学のアントワネットと変わらんかったの。魔力量の差だけじゃの」
「そうなの? 私としてはすごい連発してたし、アンと違って真面目に訓練してきた人なんだなーって思ったけど。まぁ、フェイに比べたら確かに下手だったけど」
「うむ。別に下手なのはいいんじゃが、宮廷魔法師などと見栄をはって嘘をつくのは感心せん」
「え、嘘なの?」
「そりゃあ、よく知らんが宮廷魔法師ってちょーすごいんじゃろ? ならばあの程度で宮廷魔法師と言うことはないじゃろ。魔法使いの数が少ないから騙せると思っておったのじゃろう。いい加減なものじゃな」
「ふーん。と言うか深く考えたことないけど、宮廷魔法師ってフェイみたいな魔法使いがいっぱいいるのよね。それって、なんか凄いわよね」
宮廷魔法師は国に所属する魔法師の総称で、主に軍属だ。首都の平和を守り、戦争の時には大きな戦力となる。それぞれの国にフェイがたくさんいて全力で戦争をするのだと思うと、いったいどんなことがおこるのか考えるだけで恐ろしい。
しかし自覚のないフェイは首をかしげるだけだった。
「そうかの?」
「まあ、宮廷魔法師とか、私たちには関係ない話よね」
宮仕えも戦争も、ただの冒険者である二人には遠い話だ。どうせここにいるのも偽宮廷魔法師で、今後出会うこともないだろう。
「そうじゃな」
「怒り犀を探しにいきましょうか」
「うむ!」
○
「いたぞ」
小一時間ほどで目当ての怒り犀を見つけた。かなりの大型で、小さな犀と2匹だけだ。元々あまり群れないらしい。
濃い紺色の体をしていて、全体的に薄汚れているのだが鼻の上から前方に向かって突き出ている角だけは日光を反射して光っている。その巨体は5メートルほどはある。
「うわ、おっきいわね」
「うむ。大きいほど固いんじゃったか」
「んー、群れだとフェイが頑張ってくれてるし、私ちょっと行ってみようかしら」
「ん? 別にリナ解体してくれとるし。むしろ、私のが楽しすぎじゃないかと最近思ってきておるんじゃが。そこんとこどうじゃ?」
リナの発言に犀から視線をリナに向けてから、さらに一度フェイは視線をそらして顎を引きながらうかがうように聞いてきた。
リナは犀から目をそらさないまま、視界の端のフェイの様子に苦笑する。
「いや、それはないわよ。この間のガブリエルの気にしてるの? フェイが効率よく仕留めてくれて、解体までしたら逆に私がお荷物じゃない。普通でも解体中の見張りが必要なんだから、フェイはじっとしててくれなきゃ」
「魔物除けしとるし」
「それもフェイの実力でしょ。いつも自分で言ってるじゃない。フェイは高火力高範囲担当で、私が細々したこと担当でしょ?」
「……うん。でもじゃあ、なおさら今回も私がやればいいのではないか?」
「そこはまぁまぁ。いいじゃない。私だって冒険者として、たまには魔物と戦ってる実感が欲しいわ」
「そう言うものなのか。まあ、では、どうぞ?」
「ん。行ってくるわ。いざって時はお願いね」
しゃがんで草むらに身を隠していたが、普通にリナは立ち上がる。散々話をして普通に立ち上がって物音を立てたにも関わらず、犀は二人を見もしない。耳だけぴくりと反応したが、それだけだ。
怒り犀はこの辺りのボスではない。しかしその強さはボスの毛長獅子も認めるところだ。空腹時は種族構わず襲いかかる毛長獅子も怒り犀だけは襲わない。
怒り犀はその牙が完全には通らず、また巨体とその重さにより一撃で首をへし折ることもできない。一撃で倒せなければ、激怒した怒り犀はその角を生かした強烈な突撃で対象を串刺しにするか死ぬまで止まらない。
怒り犀は草食で攻撃をしかけられない限り他の生き物を襲わない。また襲われることも少なく、襲われても殆どダメージがなく返り討ちにできるため、人間の一匹二匹が近づこうがわめこうが基本的に気にしないのだ。
「さて、と」
いつ真横を通ってもスルーしてくれる上、怒り犀の近くでは他の魔物も比較的おとなしくなるため、通常非常に安全な魔物だとされているが、それはもちろん狩りの対象でない時限定だ。
剣を構えるとさすがにちらっとこちらを見てきた。
どの程度の固さなのかが問題だ。身体強化のおかげで剣の切れ味を百パーセント生かして、それまでなら力負けしていたような魔物も斬り倒せるようになった。自惚れるならフェイとなら剣士としてやっていけるのではないかと思うくらいだ。
それでもどんな魔物もイチコロだなんて、それほど自惚れてはいない。どんなに強くなったって、絶対はない。油断すれば死ぬ危険はいつだってある。
とりあえずまずはその皮膚の固さの確認だ。その程度さえわかれば対処法もおのずとわかる。問題は一撃いれた時点でロックオンされてしまうことだが、フェイのところまで戻れれば飛んで逃げられる。
一撃いれてすぐ逃げる、ヒットアンドアウェイ的な感じで行こうと決めたリナは、さりげなさを装って90度進む方向を右へ転換する。
怒り犀は特徴として自分を攻撃をされるととんでもなく怒るが、そうでなければ殆ど怒らない。例外として幼い子供を攻撃された親は怒るが、同じ群れの仲間でも親でも、自分以外を攻撃されようと無関心だ。なので今回狙うのは親1択だ。親がやられれば逃げ出す可能性はあるが、立ち向かってくることはないので、無視をして問題ない。
ナイフを力一杯握るのではなく、指先だけで揺らすように、全くやる気なんてないですよと言うようにして、怒り犀からあえて視線も外してまっすぐ、犀のおしり側へ向かって歩く。
ウオーン
鳴き声がして、ちらっとだけ怒り犀を見ると目があった。それに息をのむリナだが、犀はつまらなさそうに鼻息を吹き出してふいと前を向いた。鼻先にいる子犀の角を舐めた。角への愛撫は最上級の愛情表現で、最もリラックスしている状態だとガブリエルからも聞いておいた。つまりタイミングは今だ。
リナは左足の踵だけに体重をのせてくるりとまわり、右足で思い切り地面を蹴った。




