95 唸り馬、怒り犀
皮鎧の店に入り、物珍しげにフェイはきょろきょろしながら鎧を見る。鎧とは言うが、皮鎧は金属鎧のフルアーマーのようなものはなく、基本的に部分部分で別れているので、サポーターのようにも見える。
やっぱりさっきの店の方が鎧っぽくて格好よかったなと思いつつ見ていると、黒くてピカピカした格好いいものが目に飛び込んできた。
「おお!?」
フェイは負けないほどに目をピカピカさせて、人形模型に着せられている皮鎧に近づいた。
黒く見るからに丈夫そうな皮がデザイン性をもって重ねられ、要所要所で金属ビスで固定されていて、ビスの鈍色が対比的で目を引き、金属鎧に負けず劣らず格好いいとフェイは思った。
「リナ、これはどうじゃ?」
「え、そんなガッツリ着込むの?」
兜こそないが、肩から腰まで腕も手もお尻も太ももも足首までのフル装備だ。重さを気にしなくていい分、より重厚なものを選ぶのが正解なのだろうが、しかし正直に言えばリナの感性で言えばダサかった。
リナにとってはそもそも鎧で全身着込むのがない。蒸れそうだし、機動性がさがるし、害虫退治じゃあるまいし何を好き好んで全身着込むのか理解に苦しむ。 元々遠距離から安全策を重ねて、危険な時はすぐ逃げるを信条としていたリナには、安全のための防具で回避性や逃げ足を殺すなんて愚の骨頂としか思えない。
もちろん頭では強化している今、多少の重さは問題にならないとはわかっているが、それであればなおさら、全身鎧の必要性を感じられない。何よりださい。皮鎧はその特性上、ある程度体に密着する。腕や太もももふくらはぎにぴったりくっついていて、シルエットが丸分かりだ。それはそれがよいと言う意見もある。しかしあえて言いたい。だっさ。
「フェイ、フェイにはこのサポーターがいいんじゃないかしら。あんまりたくさん身に付けるとほら、お爺様のケープが着れなくなっちゃうし」
「む、むぅ。そう言われてみれば、あまり鎧とケープの組み合わせはよくないの」
鎧の上から無理にきられないこともないだろうが、見た目にもよくないし、鎧の上に服を着ると言うのはどことなくおかしなことに思われて、フェイは頷いて黒い皮鎧を撫でていた指先をおろした。
そのフェイの姿に微笑みを崩さず平静を保ちつつ、内心ガッツポーズしたリナはさりげなく、自身のものとお揃いになるような似たような皮鎧を隣の棚から手にとってフェイの胸に押し当てた。
「この胸当てはほら、下に着たら見えないし、私と同じようにサポーターつける程度で十分でしょう」
「ふーむ……そうじゃのう。このケープは外せんからの。ふむ。わかった。ではリナの言うものを買うとしよう。選んでくれ」
「わかったわ」
あっさりと全選択権を任され、リナは責任重大だなと眉をきりりとたたせて真剣に皮鎧を見繕った。
○
翌日、朝食を済ましてさっそく教会へ向かう。とりあえずお金には困っていなくて、普通に依頼をこなせば1日分の宿泊費と食費にお釣りが来る程度には稼げるので、特別選り好みする必要もない。
本日から鎧デビューのフェイはいつもより足取りも軽かった。
とは言え見た目としては膝当て以外はケープに隠れて見えないのだが、それは些細な問題だった。現在は胸当てと肘当てと膝当てをつけている。手袋やその他はなしで、軽装なのには変わらないが、本人の気分としてはフル装備のつもりだ。
「この装備を生かせるような依頼はないかのぅ」
「いやー、ちょっと難しいわね」
わざと攻撃を受けるつもりなのか。それにしても盾ならともかく範囲が狭いので意図的に当てるのは難しいし、皮鎧なのだから牙なんかを防げても衝撃をゼロにできるわけでもない。そもそも鎧を生かす依頼ってなんだ。
教会にて依頼書を眺めながらされたフェイの提案を軽く流しながら、リナは自分でも探してみる。と言ってもやはりすべての魔物に詳しいわけでもないし、ある程度はいい加減にならざるを得ない。
慎重を期すならその依頼書をもって他の冒険者に聞き取りを行い、何ならパーティーに混ぜてもらうのが安全策だが、それを行わなければならないほど実力がないわけではない。
ランク分相応の危険度ならば、リナ一人の本来の実力でも、わざわざ聞き取りを行うこともなく今までやってきた。依頼を受けるときに教会の人間に聞く程度だ。
「うーむ」
「お、いたいた。おーい、フェイ、エメリナ」
「ん?」
二人で依頼をながめていると名前を呼ばれた。二人して振り向くと、一昨日顔を会わせたガブリエルがいた。
ガブリエルはこの間とは違い見覚えのない中年男性を連れていた。分厚いローブを身にまとい、男性だが髪が長く腰近くまであり、何となく怪しい雰囲気の人物だった。
「ガブリエルか。どうしたんじゃ?」
「おお、お前らに紹介しようかと思ってな。この街で唯一冒険者で魔法師のアーロン・チカロフだ」
「初めまして。冒険者で魔法師は珍しいからね、話を聞いて挨拶でもと思ってね」
魔法を使える魔力をもって生まれるだけなら、とても珍しいと言うほどではない。大きな街ならそれなりにいるだろうが、それを学ぶこと自体が少ない。そして魔法師として戦闘に使えるだけの魔法を使えるような人間であれば、大抵は王都の王宮魔法師になろうとする。
冒険者の中にもあくまで補助程度の魔法を使えるものはいるが、魔法メインとなればその数は殆どいないと言ってもいい。
アーロンはかつて王宮魔法師であったが、怪我を機に引退を余儀なくされ、ベルカ街でほそぼそと冒険者をやっている稀有な例だった。もちろんフェイのような例のほうがよほど珍しいことは言うまでもなく、アーロンは若くして魔法師でありながら王宮魔法師を目指さないフェイに興味を持ったのだ。
「僕のことは気軽にアーロンと呼んでくれ」
「アーロンか。わしはフェイ・アトキンソンじゃ。こっちはエメリナ」
「一度話でもと思うけど、やっぱり僕らは冒険者だからね。どうだい? 今日は一緒にしないか? もちろん内容は君たちに合わせるよ」
「俺もいれて4人だな」
依頼書の前で声をかけてきただけあって、まあ誘われるだろうなと予想はついていた。フェイはリナをちらりと見上げる。
「リナ、構わんな?」
「私に許可なんてとらなくてもいいわよ。このくらいのことはフェイが決めていいのよ」
「そうか」
依頼内容なんかも一緒に見てはいるが、余程の無理難題でもない限り基本的に依頼を受ける一点に関してはリーダーであるフェイの一存で決めたって構わないのだ。
そんなリナの意図のすべてを察したわけではないが、フェイは軽く頷いて二人に向き直る。
「では今日はよろしく頼むとしよう」
「ああ、よろしく頼むよ」
こうして涼しくなってきたからまだいいがそれでもかなり暑苦しい男、アーロンと共に依頼をこなすことになった。
「では、何をするかのぅ」
「出来ればフェイ君の実力を見せてほしいな」
「む。そうか」
鎧を生かすと考えていたフェイだが、そんなちょうどいい心当たりもないし、ならばアーロンの希望を聞いてもいいだろう。
とは言えそれも、さてどうするか。実力なんて言っても全くピンとこない。とにかく高威力なド派手な魔法が見たいと言うことなのか。または得意な魔法なのか、どこまで高ランクな依頼がこなせるかと言うことなのか。
「うーむ、リナ、わしの実力ってどう見せるんじゃ?」
「んー、ようはフェイの凄いところが見たいってことだから、魔法ならではのいいとこを見せればいいのよ。と言うわけで、普通少人数では難しい群れの狩りとかどう?」
「ほう。なるほどのぅ」
確かにどうしても一人では普通一匹ずつになるが、フェイの風刃では複数同時に攻撃できるし、一番よく使う風刃を使うことで実力を見せることになるだろう。
「では、これにしようかの」
リナのアドバイスを元にフェイは依頼書を眺め、一つ手に取った。
依頼には唸り馬と書かれている。唸り馬は平均して10頭ほどの群をつくり、草原を移動している。その毛は弦楽器や弓の弦に使われ、毛皮も鞄などによく使われている。馬肉として殆どの部位も食べられるので、なかなか捨てるところのない依頼で、基本的にいつもある依頼の一つだ。
「唸り馬か。足が速いし、あんま数は期待できねぇけど、割がいいしな。いいんじゃねぇか」
「そうだね」
「うむ。ではこれと、あと何か……うむ、これにしよう」
言いながらフェイはさらにもう一枚依頼書を手に取る。次は怒り犀だ。角に限らず全身の皮膚が硬く、その殆どが薬となる。犀はその皮膚の固さに比例するように中身の肉もかたく食用には適さないが、脳味噌は珍味として扱われていて高値で取引されている。
毛長獅子の牙すら容易に通らないその硬い皮膚に、自分からはあまり襲いかかってこないが、一度攻撃されれば必ず殺すまで追撃をやめないことから危険度は高く、報酬もそれなりに高い。
「おい、2つも受けるのは無理があるだろ。しかも怒り犀を四人とか」
「安心せい。無理をするつもりはない」
「あー、ったく、依頼不履行になっても知らねぇぞ」
一部反対を受けつつも、とにかく本日の依頼は決まった。
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