82 薬草摘み3
「おーい、エイダ」
森へ向かうと、入口すぐそこの木のてっぺんにさっき見たばかりの少女がしがみついていて、フェイはほっとして声をかけた。
「えっ……ええっ!?」
振り向いた瞬間、眼がこぼれそうなほど目を開き、エイダはバランスを崩した。フェイは慌ててエイダの腕を掴み、浮かび上がる。飛行魔法をかけているので、触れさえすれば安全だ。
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがと……てか、さっきの冒険者だよね?」
「うむ、お主を助けに来た。わしが採取に行くから安心して帰るがよい」
「待って待って、ここで置いてかれたら死ぬよ」
「もちろん、森の前まで運ぶぞ」
言いながらフェイはふわふわと移動を開始する。エイダはぎゅっーっとフェイに抱きついて叫んだ。
「止まって! 止まって!」
「な、なんじゃ!?」
その態度に思わずフェイは動きを止める。あと本の2メートル進めば森から出て地面に降りれる。ここから飛び降りると言うことだろうか。
「お願い! あたしも連れてって!」
「ダメじゃ。危ないじゃろ」
「空飛ぶなら大丈夫だって! あたし、この森に詳しいし、リム草の生息地まで案内できるし、リム草の採取もできるよ!」
「む」
そう言われてフェイは呻いた。慌てて飛び出してきたので、フェイはリム草の場所どこらか、特徴すらろくに聞いていない。
「今聞こう」
「言わないもん!」
「では、戻ってバリーに聞こう」
「ダメダメ! 時間がないの! お願い! お母さんが死んじゃう!」
「むぅ」
そう言われては、弱ってしまう。確かにフェイ一人では見知らぬ草を見知らぬ場所にとりにいって、できないとは言わないが、やはり多少は時間がかかるだろう。
うるうると瞳をうるませて抱きついたまま懇願してくるエイダに、フェイはため息をつく。
「仕方ないの。わしの指示には従うのじゃぞ」
「もちろん! さあ! そうと決まれば早く向こうへ行って!」
「うむ」
エイダは素早く抱きつくのをやめ、フェイの手をひいて早く早くと、空中で足をばたばたさせた。初めての飛行なのに戸惑う様子は全くない。
エイダに言われるまま森の上をすすむ。エイダは時折考えつつ、何とか森の奥へとフェイを誘導する。
しばらく進んで、エイダはきょろきょろしながら移動を止めて、フェイに向き直る。
「多分ここ、だと思う」
「曖昧じゃのう」
「だって上から見たことないんだもん! いいから中に入ってよ。そしたら現在位置わかるから、違ってもまた道教えるから」
「まぁ待て、わしは万蔓草を知らん。どんな攻撃じゃ?」
「基本、蔓で攻撃してくるよ。数がものすごい多くて、わけわかんないことになってるから、危なかったらすぐ上に逃げてね」
「ふむ、わかった」
そっと木々に埋もれるように、少しだけ中に入る。枝葉に隠れて見えなかった地面が見える。うじゃうじゃと地面を転がり回る塊が見えて、気色悪いとフェイは眉をしかめた。
(さすがに、これだけの数となると厄介じゃな)
ざっとみて10や20ではない。それがそれぞれ数多の蔓を出して攻撃してくるとなれば、手数は相当だ。しかもこの狭い森の中で避けるとなると難しい。
となるとフェイの頭の中の答えは一つ。避けなければいい。食らっても問題ない程度の結界を回りに張ろう。これで解決だ。
フェイは自分とエイダを囲むように球体の結界をつくる。自分を中心として固定して、移動と共に動くようにする。
「うわうわ」
ゆっくり降りると気づかれて一斉に万蔓草に向かれて、びびったエイダがフェイの体に乗り上がって、勝手に肩車に乗った。
「む、そこで大人しくせよ」
「ら、らじゃ」
触れていればよいので、手を掴むのはやめる。自由になったエイダは足をしめて腕を曲げて、フェイを絞め殺さんとばかりにしがみついた。平気なので無視する。
「ひいいっ」
さらに下降すると射程距離に入るや否や、万蔓草が手当たり次第と言うほどに四方八方からフェイたちに襲いかかる。エイダはそれにさらに縮こまるが、フェイは無視してさらに下がる。
ばたばたばたばた
強い雨が屋根を叩いたような、連続しすぎて重なりあった殴打音がして、目の前が蔓だらけになる。さらにばたばたと音がしているが、もやは結界を覆い尽くすように、降る雨のように蔓がきていて、訳がわからないくらいだ。
「……どうするかの」
痛くはないし、このまま動けるが、どっちがどっちだかわからない。とりあえず動いて、追い払ってみるべきか。とりあえずエイダに聞いてみた。
「うーん、さっき一瞬見えた感じだと、もうちょっとあわっ!?」
「うむっ!?」
ぐらり、と足元がゆれた。実際には宙に浮いているのでそんなはずないのだが、そう感じられた。それもそのはず。あまりに多くの万蔓草が結界を覆い、それが動いているものだがら、耐えきれずに結界が動いたのだ。結界は中心点をフェイに設定されているので、結界の重さは実質二人の体重分だけで、結界が動かされると同時に、その中心とされているフェイまで動かされたのだ。
「と、とりあえず一旦あがるぞ!」
「うん!」
たまらず、フェイは空へ上がった。それにさえ万蔓草はついてこようとするので、木にわざとぶつかってふるい落としながら木の上まであがった。
「ふーっ、びっくりしたー」
「ほんとだよー」
「二人共、何してるのよ」
「む? おおっ! リナ!」
二人してほっと息をついて、額の冷や汗を拭っていると背後から声をかけられた。振り向くと、リナがびゅんと別の木の上から、すぐ近くに跳び移ってきた。
「さすがリナ! 来てくれたのか!」
「……」
当然のように大喜びするフェイに、リナはどう反応するべきかわからず眉をしかめた。
○
リナはバリーの家を出て、近い方の宿屋に部屋をとって荷物を置いて、ベッドに腰を落ち着けるころには冷静になっていた。
(いくらなんでも、大人げなかったわよね……)
丁寧に説明してもわかってもらえないことは腹立たしいが、きちんと話を聞いた上での話だ。話も聞かずに決めつけたのではなく、フェイはフェイとして理解しようと話を聞いてくれた。なのにリナから話し合いを放り出してしまうなんて、どちらが年上なんだかわからない。
そう、フェイは年下なのだ。まして世界に名をとどろかせようと言う大きな夢を持つ。そんなフェイが正義の味方のようなことをするのに、躊躇うわけがない。
(……いや、でもだからって、じゃあ受けちゃうってのも、おかしいわよね)
やはりそれはリナの信条に反する。危険だと最初からわかっているものを、善意だけで受けることはできない。今までの人生でやってきたことの否定は、例え一部でも今のリナを捨てると言うことでもある。
善意だけでも受けるのがフェイの信条だと言うなら、真逆も良いところだ。どう折り合いをつけるべきか。
フェイは絶対に折れない。だからリナにできる選択肢はそんなに多くない。
1、リナが折れて、全てを捨てる。
2、善意の依頼だけはリナは受けずフェイだけがする。
3、リナへの支払いをフェイが負担する。
リナの意見を通しつつ、フェイに付き合うとなれば3だが、それはフェイが決めることだ。確認せずには決められない。その上で、1と2がありか、考えてみよう。
2は、どうだろう。こうしてお金がでない時だけやらずに、フェイ一人行かせる。今すでに、フェイが大丈夫かと心配だ。今回は薬草採取だし、どうにもならなくても逃げることは簡単だろうし、フェイの無謀の元とも言える鉄壁の結界があれば、怪我もしないだろう。そう思うが、心配だ。
では1か。うーむ。どうにも、すんなりとは受け入れがたい。頭では、フェイとのお陰で稼げた分があるから別にお金は必要ないし、フェイの魔法があれば最悪の場合も死ぬことはないと言えるし、だからそこまで強固に否定することもないとわかっているのだ。
フェイと出会うまでと、出会った今では環境が、仲間が違う。
ただ、気持ちの整理がつかない。踏ん切りがつかないと表現してもいい。
フェイとずっと一緒にいようと思う。それはつまり、今までの自分ではなく、フェイのために人生を捧げると言ってもよい。少なくともフェイの指針に合わせて旅をするだけでも、人生を大きく変えていると言える。
だからそれと同じで、今までの自分もフェイのためになら捨てたってよいはずだ。だけどどうにもリナの中で、急激な変化が受け入れられずに今までの感覚で考えてしまって、さっきはついフェイの確固とした真逆の意見に反発してしまった。
これではいけない。最終的にどうなるにせよ、もう一度話をしよう。
リナはうん、と一人頷いた。
そうと決まれば、とりあえず、探しにいこう。じっと待っていてもいいが、心配で落ち着かない。考え事もまとまった以上、じっとなんてしていられない。
リナは装備を整えて宿を出た。
出た、はいいものの、さてどうしよう。探して見つからなければいいが、見つかってしまえばどんな顔をすればいい。一方的に飛び出してきたのに。
フェイは気にしていないかも知れないが、それならそうでリナが大人げなさすぎて、気まずい。
やっぱり宿で待とうか。しかし、気になるのも事実だ。
「あっ、いた! え、エメリナ、だったね!?」
「へっ?」
躊躇いつつも入口へ向かおうとすると大声で声をかけられた。そちらを見ると、先ほど会っていたバリーだ。
「実は私の娘が逃げ出してしまって、フェイが追いかけたんだが、なかなか戻ってこないし、心配で。何と言うか、失礼なんだが、言いくるめられて娘を連れたまま森へ行きそうと言うか」
「あー」
バリーの人をみる目は実に正しい。リナは半笑いになって同意して、バリーに答えた。
「わかりました。私も行きます」
こうして結局、リナも森へ向かった。その前にもちろん、バリーから森へ入るための注意点を聞いた。
万蔓草は切ってもすぐに回復するし、火で燃やしても効果はない。弱点は花だ。花を切り落とせば沈黙する。しかしとにかく数が多い。触手の範囲外であれば攻撃は仕掛けてこない。
ついでにリム草の特徴も聞いた。花弁は紫で、おしべは黄色く、夜間に淡く光る。花粉が薬になるのだが、摘む時に花弁で包むようにひねりあげて、紐で縛らなければならない。加工する前に直射日光に触れるとその効果がなくなるのだ。
森の奥の薄暗い部分でのみ生息しており、花弁をカーテンとしている。加工するその瞬間まで花弁からださないよう花弁ごと薬にしなければならない。
と言う情報を手短に聞いて村を出て、森の前まで 来たがここまでフェイもエイダも姿はない。中へ入った可能性は高い。
「とは言え……」
リナは手近に落ちている石を拾い、中へ投げ入れる。途端に競うように石へ触手が襲いかかり、まるで小石を取り合ってるかのようで面白いが、自分が小石になる気はさらさらない。
(無策で中に入るのはなし、よね。となると、上かしら)
フェイの結界はないので入るのはあぶない。しかし、身体強化はそのままなので、普通なら考えられないが木の上を歩くくらいは訳がない。とりあえずフェイとエイダを探すだけなのでそれでいいだろう。
「よっ、と」
リナは掛け声だけ大仰にかけつつも、気負いなく軽く膝を曲げて跳ねた。その予備動作に反してぎゅんと高く飛び上がり、軽く木を飛び越しそうなほどあがって、余裕をもって手前の木に着地した。
「お」
するとすぐにフェイは見つかった。フェイはエイダと手を繋いで、森の奥の方、遠くのあたりにいるのが見えた。エイダはともかくフェイを見間違うことはない。
近づくべきか、と逡巡する間にフェイとエイダはゆっくり森に沈むように入っていく。
それを見て、そっと、と言う言葉が似合わないアクロバティックなほどの動きで木から木へ跳び移り、先ほどの場所へ近寄る。
しかしそこへたどり着く少し手前で、勢いよく何故かエイダを肩車したフェイが飛び出してきた。
「ふーっ、びっくりしたー」
フェイが息をつく。何をやってるんだか。
「二人共、何してるのよ」
呆れて思わず声をかけていた。ぱっと振り向いたフェイはにこっと笑う。
「さすがリナ! 来てくれたのか!」
その可愛らしい笑顔に、リナはやっぱり気まずいなと思った。
○




