74 黒鰐
「く、黒鰐ってぇ、すっごい強いやつでしょー!? すごーい!」
マイラの自慢げな言葉に一番に反応したのはアンだ。その率直な賛辞にマイラはふふーんと鼻を高くして胸を張った。
「そーよ! 君、えっと、アントワネットちゃんね? アントワネットちゃんも冒険者なら、黒鰐の凄さわかるわよね。もう、すごーく強かったんだから」
「ああ、確かに強かったな。フェイは」
「ちょっと! ネタバレ禁止!」
マイラの脚色されたストーリーと、レイモンドの的確な修正により、リナとアンは本日の出来事の全容を把握することができた。
フェイにとっては一文で説明完了するので、無駄に長いマイラの説明には途中から飽きてきたが、マイラの無駄にうまい情景描写に引き込まれたリナとアンがふんふんと聞いているので、仕方なくあくび混じりに聞いていた。
さきほどのことをフェイ流にするならこうだ。
依頼で出掛けた先の森で黒鰐に出会ってやっつけて、それによりランクアップした二人が大喜びしていた。
何故この説明に15分もかかるのか、フェイには謎だ。話を途中から聞いてなかったのでなおさらだ。
「そうだったんですか」
「ふぇー、フェイ君てぇ、ほんとに凄いのねぇ」
黒鰐3匹に襲われたとなれば、普通ならよほど大きな固定パーティーでも、全員無事に逃げられるかどうかと言うところだ。
黒鰐は森の奥の方、川の上流側に棲んでおり非常に丈夫な皮とするどい牙が特徴で、空腹時には人でも魔物でも目についた生物に見境なく襲いかかってくる。誤って大木に噛みついても、根本から噛み砕いて倒木させたという話もある。
そんな狂暴でかつ剛力な黒鰐を相手するのは非常に危険だ。普通なら一匹一匹誘い込んで倒すもので、囲まれれば絶体絶命。黒鰐はこの街での依頼において、近隣の魔物の中で最上級の魔物に扱われている。低ランクでなくても準備せずに出会ってしまったら、即逃げ出すことが推奨されている。
もちろんその危険度に見合ってポイントは高ポイントだ。その丈夫な皮も牙も高額で取引される。その黒鰐を3匹分でつまり一人で一匹分のポイントが手に入り、予定より数ヶ月早くのランクアップだ。喜びのあまりテンションがあがるのも仕方ない。
それが解るのでアンはぽかんとしながら、感嘆の声をあげた。リナはまぁフェイならそうできるだろうと知っているので頷くだけだ。
「さて、説明も終わったし、もういいじゃろ? わし、宿に帰って一っ風呂浴びたいんじゃが」
黒鰐を倒す際にフェイは川の水を浴び、さらに黒鰐のよだれも浴びたので非常に気持ち悪い。もちろん魔法で綺麗な水を出して洗い流して乾燥させて、魔法で清潔にしているが、感覚的にはまだ残っている気がして気持ち悪い。
「あー、いいわね」
「私もー、疲れたねー」
フェイのその台詞にリナも思い出して相槌をうつ。リナも今日は川の水を浴びたので、入浴できるものならしたい。一人濡れなかったアンも純粋に疲れたので、早く帰りたくなってきた。
「あー、そういやそうだ。私らのとこタライが早い者勝ちで1日貸し出し制だから早いとこ借りないといけないんだった。早く行かなきゃ」
「ああ、そうだな。俺は剣も少し欠けたから、店に行ってから帰るから、その間に身を清めておいてくれ」
最初は興奮していたが、話終わって落ち着いた二人も一度濡れていた体を思い出した。
と言うことで最後はなんとも盛り上がらず解散となった。
「じゃあフェイ君、またねぇ。リナもー」
「なんで私がおまけなのよ」
また明日とそれぞれに手を振って、フェイとリナは宿へと戻った。
一般的に身を清める方法はこの辺りでは、体を拭くか、水浴びかで、つかるとなればせいぜいタライだ。肩までお湯につかる入浴方法があることは知識として知られていても、そんなことをしている庶民はほぼいない。地域によっては水さえも有料なのだ。さらにそれを加熱してとなればお金がかかりすぎる。
しかし今やリナにとっても入浴となれば肩までお湯につかることをさすようになった。フェイの魔法があれば無料だからだ。さすがに毎日ではないが、依頼をこなしている頃は2、3日に一度と頻繁に入浴していた。
宿に戻り、室内の洗い場にてフェイの魔法で作られた物理結界による湯船にこれまた魔法でお湯をはり、入浴する。女同士だと知れてからフェイの負担を考慮して入浴は共にしている。
「フェイ、流すから目をつぶってねー」
「うむ」
ぎゅっと目を瞑ったのを確認してから、借りている普通の小さな桶で、湯船からお湯をすくってフェイの頭からかける。
ちなみに二人で入るにあたり、フェイが見ていないと維持できない結界ではやはり落ち着かないので、魔力補給を切ってもしばらく持続できるように魔法を作り直している。
おかけで目を閉じてのんびり入れるようになった。魔力消費量はあがっているのだが、フェイにとってはほんのわずかなことだ。
「ふー、綺麗になったかの?」
「もちろん。ぴっかぴかよ」
「うむ。よかろう。では次はわ、私が、リナを洗ってやろう」
「よろしく」
一度ふざけて頭を洗いあってから、お互いの頭と背中を洗い会うのがなんとなく習慣となっていた。
「ふー」
「はふー」
お互い体をピカピカにして、湯船につかると自然と声がもれる。間抜けな方がフェイだ。
「……」
少し熱めのお湯はじわじわと体に馴染み、それと反比例するように体から疲労を追い出していく。その染み行くような感覚が、なんとも言えず気持ちいい。
自然に瞼が重くなり、とろんとフェイの目は半分閉じたようになる。
その姿を見て、可愛いなぁとリナは思う。
こうして改めて見ていると、やっぱりフェイは可愛い。可愛い可愛い妹分だ。だからそんな妹分が、他の人と仲良くしていれば、子供っぽくも嫉妬するのは仕方ないだろう。仕方ない、話だ。特別な話ではない。
そう自分の中で、今日のもやもやした気持ちを整理させて、ふやける手前まで体を温めてからフェイに声をかける。
「フェイ、そろそろあがりましょ。寝ないでよー」
「う、うーむ、うむ。ふわぁ、うむ。わかっておるよ」
目を擦りながらフェイは立ち上がった。
○
そしてついに、この街にやってきて一週間となった。昨日挨拶をすませたのだが、何故かまあまあと言いながらマイラとレイモンドが見送りに来た。
「でさー、最後だしもっペン言うんだけど、良かったら私たちと組まない?」
そしてそうフェイに声をかけた。ぎくりと思わず固まるリナ。確かに昨日も誘われたとフェイからは世間話のひとつとして聞いたけれど、こうして際になってまで言うなんて。しかもリナの前で。
もちろんリナだって、フェイの実力は嫌になるくらいわかっている。そりゃ誰だって組みたがる。アルケイドでだって、みんなフェイと組みたがった。
フェイには言わないが、他の人から一人だけパーティーを組んだリナに嫌味を言われたりもした。
だけどそれにしたって、こうもあからさまに横にいるリナを無視してフェイに声をかけるなんて無作法にもほどがある。普通は引き抜きなんて本人だけがいるときにするものだ。
「しつこいのぅ。わしはリナと組んでおるし、この街にとどまるつもりもない」
「ちぇー」
「もう良いだろう。すまんな、エメリナ、さん、にも。うちのはちょっとあれだからな」
「ちょっと! あれってなによ」
「あれって言えばほら、可愛いという意味に決まっているだろう」
「あそう? ならいいわ」
確かに、ちょっとあれだな、とリナは思った。レイモンドのフォローからして、まあ悪意はなさそうだし、何よりフェイ自身がきっぱり否定してリナの手を握ってきたのでよしとする。
「ひゅー、仲良しねぇ」
「む? うむ! わしら、まぶだちじゃしな!」
握り返して、手を繋ぐ形になった二人に、ごく普通に見送りに来てくれたアンが露骨にひやかすが、フェイは元気に繋いだ手を振りながら頷いた。
「もー、つまんなーい」
「つまらなくていいわよ。最後まで、性格悪いとこアピールしなくていいのよ?」
「えー、ちょっとしたお茶目じゃなーい。まー、いーわ。また落ち着いたら手紙ちょーだいねー」
「ええ、またね、アン」
「フェイ君、リナのことよろしくねー」
「うむ、任された。では二人も、元気でな」
「ああ、またな」
「ばいばーい」
こうして二人は再び旅へと戻った。次の目的地はサイリ村、ヒッポス村を経由してマンドロス街。だいたい1ヶ月ほどだ。それでようやく、全工程の半分まで来た。
「ふーむ、それにしても、リナ、提案なんじゃが」
ションゴ街をでて二時間ほど歩いたところで、唐突な宣言にリナは首をかしげる。
「あら、何?」
「旅にもちと飽きてきたんじゃが、何かこう、面白い寄り道はないのかの?」
「えー、それ出発前に言ってくれない?」
落ち着いた場所で地図を見たり、またはションゴ街で他に観光街がないか見てそこをルートにくわえるとか、やろうと思えばできるが、こうして歩いてる途中でルート変更は難しい。まして行き先も決まっていないのに。
「すまんすまん。急に飽きてきたんじゃ。ちょっと飛んで、次の街まで飛ばしてから考えるかの?」
「えー、まぁそうね。そこまで言うなら、私もちょっと久しぶりで歩くの面倒だし、飛んでもらおうかしら」
「うむ、任せよ」
まだ慣れていないからか、リナとしては飛び立つ姿を見られるのは何となく気恥ずかしいが、今のところ森の中につくられているこの道にはフェイたち以外に往来もない。
フェイのお陰で疲れ知らずだが、逆にだからこそひたすら歩くのは少々つまらない。つい先程まで街にいたのだからなおさらだ。
幸いと言うべきか二人共街を出るときから手を繋いだままだ。フェイは街を出る少し前から魔物除けを使っており、それが当然なのでリナも手を繋ぐことに全く疑問がなくなっている。
だからこそ、普通街の外に二人だけで出ると言う危険行為にも関わらずのんきに手を繋ぐ二人をどれだけくっつきたいのかと呆れ半分でアンがからかったのだが、それには気づくことはなかった。
フェイはリナを伴い飛び上がって、リナに言われるまま高めに飛んで、歩くのとは比較にならないスピードで飛行した。
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