72 逆魚
「さーて、どうするぅ?」
「どうするって言われても、何の予定もないわよ」
「そんな自慢げに言われてもー、困るー」
この街での滞在も3日目、お昼を食べ終わりぶらぶらとアンと歩いていると突然無茶ぶりされた。
ただただアンの家で顔を付き合わせて話をするのも飽きて、こうしている歩き回るのも2日目で、一通り歩き回ったと思う。めぼしいと思われる箇所はすでに案内してもらったし、観光都市でもないので行きたい場所も特にない。
「んー、あ、そぉだ。フェイ君に会いたーい」
「はぁ? フェイなら今日も仕事よ」
「わかってるわよぉ。だからぁ、仕事っぷりを見学、みたいなー?」
「みたいなって……」
気軽に言っているが、これから会いに行くなんて無理に決まっている。フェイとは朝に別れ、それから数時間経過していて、とっくに街の外に出ているだろう。
何の依頼を受けてどのあたりで仕事しているから合流しよう、なんて打ち合わせをしていない状態で、思い付きで外に出ても会える確率なんて0に近い。
フェイとは固定パーティーを組んでいるので、教会で調べれば今何を受けているかはわかる。しかしそれにしても、例えば川の近くとか森とかわかったとして、会える訳がない。この辺りはひらけた草原でもないし、なおさらだ。
「じゃー、そんなわけでぇ、行こっかー。私財布にカードいれてるしぃ」
「そりゃ私もカードは持ち歩いてるけど、と言うか、単に受けたいだけでしょ」
「ばれたー?」
アンは結婚してからは経済的に問題ないことと、旦那の心配から外に出ることを控えるように言われていた為、ずっと冒険から遠ざかっていた。体は鈍っているが、しかし元々魔法師として体は鍛えていなかったので大きく差はない。
魔法に関しては日常的に使えるものだったのもあり、たまに使っていたので問題ない。そして昨夜、すでに元パーティーメンバーの頼もしきリナが一緒ならいいでしょーとおねだりによって許可はもらっている。
「ま、いいけど。私この辺来たの初めてだし、知らないわよ?」
「私も初めてだからぁ、安心してー」
「お馬鹿、安心する要素がないわよ」
言いつつも、二人の足は教会へ向かった。全てアンの計画通りである。久しぶりのリナとの再会は、かつての冒険のどきどきへとアンを駆り立てていた。
「ふんふーん、何を受けよーかなー」
「子供じゃないんだから、大きな声で鼻歌歌わないでよ」
家ならともかく、大通りで恥ずかしげもなく高らかに鼻歌を歌うアンに、リナは苦笑しながらも付き合ってあげることにした。
○
「えっとー、じゃあこれにしましょー」
「ちょっと! 何選んでるのよ!」
「えぇ? 黒鰐討伐だけどぉ?」
「いやいや! さらっと、何を高ランク選んでるのよ」
アンのランクはかつて別れた時っきりで19ランクだ。にもかかわらず無造作に取った依頼書は30ランクで、対象の黒鰐は黒光りする姿とするどい牙、金色の瞳が特徴で、狂暴で群れて人食いまですると書かれている。
これをたったの二人で受けるなんてとんでもない。いざとなったら飛んで逃げれるフェイが一緒ならともかく、アンとでは死ににいくようなものだ。
「えー? だってせっかくぅ、リナ50なのにぃ」
「せっかくじゃないわよ。幸運だったのとフェイのおかげって言ったでしょっ」
「ちぇー、じゃーあ、仕方ないわねぇ」
「この子供鳥は?」
「あー、それね。でも鳥系統はねー、殆んどリナの独壇場じゃなーい?」
リナの弓矢での腕前はかなりのもので、高確率で飛行中の鳥も射止められる。しかしアンの魔法はそうはいかない。よく使っていたのは風切り、と言う名前の遠距離攻撃だが、離れたところまで飛ばすのは大変だし、そもそも狙うのも技術がいる。
以前のスタイルではリナのメイン武器は長剣で、アンがそのフォローと言う形でうまくいっていたが、今となっては半分以下の長さになった剣で本格的に前衛を任せるのは不安が残る。黒鰐を提案したのはもちろん冗談だ。
「うーん」
しばらく離れていたのもあるが、うまい具合のものが見つからず、アンは右手の人差し指を頬にあててしなをつくりながら唸った。
「基本、前みたいに私前衛でアン後衛ってことで、そんなに狂暴でないのならなんでもいいわよ?」
「えー、でもリナ、もう長剣ないしぃ、危なくない?」
「おい鰐。まぁいいけど。と言うか、大丈夫よ」
今更であるがリナはフェイに身体強化をかけてもらっている。もはや毎日の習慣なので、今日も別に依頼の予定がなくてもかけられている。なのでその気になれば、大型の魔物に突進されても正面から受け止められる。
身体強化のこともアンには説明しているが、目で見た訳ではないので実感がなく頭から消えていたようだ。
「ほら、私今力持ちだから」
「えー? 限度があるでしょー?」
「……そこまで言うならいいわ。なら、この黒鰐、やってやろうじゃない」
「……は? えぇ? えーと……またまたぁ」
「本気よ」
「えー? 今、リナのぶちギレポイントあったぁ?」
「別に、ぶちギレてるわけじゃないけど……とにかく、やってやろうじゃない」
「ええぇ………じゃあ、帰ろっかー」
「何でよ!?」
その後十数分に渡る話し合いがなされ、結局二人は温厚だが巨大な、逆魚の依頼を受けることになった。逆魚は成魚で平均3メートルほどで、生きたままとらえることが条件だ。細めの体だが、重さは100キロ以上で後ろ向きに泳ぐのが特徴だ。
「逆魚ねー、悪くないけどー、淡白なのよねぇ」
「え、食べたことあるの?」
「うん。ヒレ部分が薬になるだけでぇ、お肉部分は投げ売りぃ?」
「疑問系で言われても」
「それにしてもぉ、リナって相変わらずーよねぇ」
「なにが?」
「負けず嫌ーい。ムキになっちゃってー」
「あんたに言われたくないわよ」
のんびりした口調と態度から、大抵のことをさらっと受け流すようなおおらかな人間に思われがちなアンだが、実際は自分の中に明確な基準を持っていて、その基準で負けるのは何より嫌いだ。おっとりして見えても絶対に引かない。
(まあ、実際さっきは自分でも結構むかっとしたし、否定はしないけどさ。私、自分でも気づかないうちにプライド高くなったのしら?)
リナは内心を気取られないよう肩をすくめながらも、気を取り直して依頼を受領し、二人で教会を出た。
リナも負けず嫌いで、自分でも自覚しているし、だから普通にアンに実力を見くびられたことがむかっ腹に来たのだと思っている。フェイの魔法をも見くびられたと感じたことが、より怒りに繋がっていたことは自覚していない。
依頼も決まったので、改めて街の外に出るように支度をした。ナイフだけではなく、採取用の袋の用意や格好など、街をぶらぶらしたままの格好と準備でいけるものではない。
「さー、いよいよ冒険よー」
アンは街の入り口が見えてきて、意気揚々と足を早める。街を一歩出れば魔物がいるかも知れないのに、魔法媒体として使う金属製のカードも鞄にいれたままの丸腰で突撃しようとするのはやめてほしい。
「と言うか、さらっと先行するのやめてって。前も散々言ってたでしょ」
リナはアンの腕をつかんで着いていきながら、いっそ懐かしく思いながら注意をする。
「あー、昔のことだしぃ、忘れてたー」
「なに? ならもう一度、懇切丁寧に冒険の前の道具点検から私、点呼形式でやってあげなきゃダメ?」
「あーん、いじわるぅ」
最初、平然と魔法媒体とお昼ご飯しかない鞄で行こうとするから、鞄の中の点検までしたものだ。宿を出てから教会の前で判明してその場で点検したので、人に見られてアンも恥ずかしかったろうが、リナだって恥ずかしかった。
「可愛い子ぶってもダメよ。命にかかわるんだから」
「もー、リナってばぁ、私のこと大好きねー」
「否定はしないけど、ムカつくからデコピンするわね?」
「なんでぇぇ!?」
デコピンは決行した。
○
「アン……」
「ご、ごめーん」
「……」
「わぁ、わざとじゃ…ないわよー?」
「わかってるわよ」
わざとじゃないのはわかっているが、だからどうだと言う話だ。わざとであろうとなかろうと、アンの風切りと言う名前の風刃とよく似た魔法により、リナがびしょ濡れになった結果は変わらないのだ。
「もうっ。と言うか逃げられたじゃない。ちゃんと狙ってよ」
「だってぇ、風切りはほんとに久しぶりなんだもーん」
風魔法自体はそよ風魔法と言う、火を燃やすための風送りの魔法を日常で使っているため、いけると思っていたのだ。しかしよく考えたら明確な目標へ向けて発射するなんて日常生活で使わない。
「だもんじゃないわよー。はぁ。とりあえず、次探すわよ」
「はーい」
逆魚を探しながら川辺を歩いていたところ、逆魚は見つかったのだがアンが思いっきり、リナの後方から放った風切りが逆魚をそれて、リナの足元の水を斜めに切り裂き、リナへ水がかかったのだ。
さすがに全身びしょ濡れとはいかないが、とっさに一歩ひいていても膝から下は避けれなかった。ああ、気持ち悪い。
「ねー、リナぁ」
「なに?」
「実は私ぃ、乾燥系の魔法を勉強してるんだけどぉ」
「却下」
「けちー」
アンの言う魔法の勉強中とは、新たな魔法陣の作成中に他ならない。アンが魔法を学んだ魔法書には応用や魔法陣改造の方法なんてなかったので、完全我流だ。その為どんな魔法の効果の魔法陣になっているのかは本人でも把握できず、行き当たりばったりの手当たり次第総当たりでつくって正解に行き着くまで試すしかない。
もちろん危険だ。固定パーティーの頃は攻撃力アップのため付き合っていたが、乾燥とかどう考えても日常生活用だし、そもそももうアンの攻撃力があがる必要性がない。
「ちぇー。使えるようになったらぁ、ジェドさんぜーったい、喜ぶのにー」
「自分で規模小さくしてやって」
試すにしても小さくして威力を小さくすればぐっと危険性はへる。しかし小さくなると単純に細かくて書くのは難しくなる。アンとしては折角なのでいざというときに何とかしてくれるリナと一緒なら景気よく試せると思ったので、残念だ。
「しょーがない、ふつーに冒険しましょっかー」
「そーして」
改めて二人で逆魚探しに奮闘した。
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