69 フェイの安心2
「……」
「ああっ、な、泣かないでよ!」
フェイの問いかけに思わず言葉につまり視線をそらしたのも一瞬のことだ。しまったと思ってすぐに見つめ返すと、瞳いっぱいに涙をためたフェイがいて、慌ててリナは声を上げた。
「な、いて、などっ、おらんわ!」
その言葉は強がりだが、嘘ではない。まだこぼれていないので、フェイの中の定義では泣いていない。
そして絶対に、こんなことでは泣くものかと眉間にしわを寄せていた。
泣いている場合ではない。リナに特別に思われたいなら、もっともっと、頼りになる立派な冒険者にならないといけないのだから。
「ごめんなさいっ、あの、違うのよっ」
気合いで我慢しているフェイだが、リナは別にフェイが頼りないとかそんな理由で答えを躊躇ったのではない。
ただ、気恥ずかしかった。それだけだ。フェイのことを改まって好きだと言うのに、思わず思い出してしまって、戸惑ったのだ。これが普段の何でもない会話の流れなら好き好きーと軽く言える。だけどあまりにフェイが真剣だから、リナの理性や思考を無視して心臓が反応してしまったのだ。
「すっ、好きよっ。フェイのこと、好きよっ」
「……」
だからこうしてフェイの希望に応えるのに嘘なんてない。ただ平時より少しだけ余分に心臓が動いているだけだ。改まるのが照れ臭いから少し顔が熱いが、それには全然他の理由なんてない。
赤らんだ顔でフェイの右手をぎゅっと眼前で握って言ったリナに、フェイは下唇を噛んだままじっと見つめ返して、鼻をすすってから口を開いた。
「………ほんとか?」
「本当よ。ただ、恥ずかしくて、即答できなくて、ごめんなさいね」
「……別に、いいんじゃが。わしこそ、なんじゃ。その………ちと、取り乱した」
「ううん。いいのよいいのよ。アンが悪いんだもの」
そうだ。そもそもアンが悪い。アンは昔から悪気なく、ずけずけと自分中心で物事を言う。どうせ私の代わりができてよかったとか言ったんだろう。
代わり要因扱いされて、そりゃショックだろう。ましてフェイはそんな経験はないだろう。リナのことを思うほど、リナに軽んじられているかも知れないという妄想は恐怖だったろう。
それを察している。それでも、いかにアンの言葉がキッカケでも、そんな被害妄想をされるのは心外だし、腹立たしいが。フェイの年齢と対人経験の少なさを考慮して、水に流すことにしよう。
「フェイ、変な心配しないで。私はずっとフェイとパーティーを組みたいと思ってるわ」
「ずっと、一緒にいてくれるのか?」
「ええ」
もちろん現実問題として、死ぬまで現役で冒険者な訳ではないだろうが。しかし気持ちとしてでは十分だ。未来を考えて憂うほど、2人とも年をとっていないのだから。無鉄砲なほど脳天気に、永遠を願ってもいいではないか。
「そうか! わしもリナとはずっと一緒にいたいから、一緒じゃな!」
「一緒ね」
嬉しそうにするフェイに、こうして言葉で改めたのだからもう同じことはないだろうとリナはほっとした。
確かに、パーティーを組むときもリナから誘ったし好きとは言ったが、その内訳なんて話してない。それが当たり前ではあるが、フェイにとっては不安に繋がったのだろう。
こうしてはっきり言葉に出して、フェイが特別で共にいたいとリナが考えていることを伝えたのだ。それを信じないほどフェイはひねくれてはいない。
「うむ!」
「さて、じゃあフェイとの友情も確認できたところで、ご飯にしましょうか」
「うむ! お腹が減ったのじゃ!」
○
そうしてその絆を確認した2人は翌日からも別行動だが、昨日があったからこそとも言える。フェイはアントワネットを訪ねるために出かけるリナを快く送り出してくれた。
「と、言うわけで、おはよう、アン」
「え、えーとぉ、さよなら!」
「ちょっと! 何いきなりドア閉めてるのよ!」
「わーん! だってリナなんかぁ、怒ってるでしょー!?」
「あら、よくわかったわね」
「声のトーンとぉ、意味不明な出だしでわかるわよー!」
リナがアンの対処法をよく知っているように、アンだってリナのことは知っている。お金に細かいことも、意外と根に持つタイプであることも、結構怒ってる時ほど自制心をきかせようと意図的に微笑んでいることも。
嫌になるほど見慣れたひきつり笑いだ。全く嫌だ、嫌だ。せっかく久しぶりに会えているというのに、無粋だなぁ。何だかわからないけど水に流してくれないかなぁ。
げんなりしながらも、アンはドアを閉めようと力いっぱい握っていたドアノブを離した。
「しょーがないわねー。話、聞いてあげるわよぉ」
「いや、お説教だからね?」
フェイとは仲を深めてはいるが、それはそれだ。アンの迂闊な発言の数々に怒ったことは数知れないが、本気で怒るときがきたようだ。
アンは昔から平然とチンピラに向かって、人を殺してそうな恐い顔と言ったり、怪我人を前にしてよかったー、私無事でとか言うような阿呆なのだ。誰でも思っても口にしないことを平然と言う。
いい加減わからせてあげないと、アンのためにもならない。
アンの家に入る。すでに旦那は通勤のため家を出ている。昨日も挨拶できなかったので少し残念だが、別にリナはジェドと親しい訳でもない。アンがよいと言っているのだからいいだろう。
「はーい、お茶ぁ。お昼はさぁ、食べにいこーね。先月ぅ、新しくできたお店があるのー」
ダイニングの席に向かい合って座りながら、アンはにこにこしてそう提案する。まだ話を逸らそうと言うのか。
リナは呆れつつも、改めて話を切り出す。
「それはいいとして。私、怒ってるのよ?」
「……わかったわよぅ。聞きますー」
「昨日、フェイに余計なことを言ったでしょ」
「えー? 言ってないわよー? フェイ君の魔法見せてもらってぇ、君になら二代目魔法師としてリナを任せたー、みたいな感じだったはずー」
アンにとってはごく普通の会話だったので、その程度の認識だ。会話よりむしろあのふわっとした魔法の感覚の方が覚えている。
「それが余計なの。フェイは純粋なんだから。アンの代わりの魔法使いとか言ったら自分の価値が魔法使いしかないみたいに聞こえるでしょうが」
「えー、そんなつもりないしー。でも私にとってはフェイ君の価値は魔法しか知らないしー、当たり前じゃなーい?」
そんなつもりはないまでは普通だが、その後が余分なのだ。
「他にあるかないかも知らないのに、ないこと前提で話さないの。フェイが傷つくじゃない」
「えー? メンタル弱くなーい?」
「あんたが図太いのよ」
確かに今回はフェイが特別気に病んだだけだが、アンの物言いは普通にひどい。これで悪気はないのだから質が悪い。
「フェイのことを置いておいても、アンは反省しなさい。昔から口が悪いのよ」
「えー、そんなことないわよぉ」
「あるわよ。頭に浮かんだことなんでもそのまま言ってるでしょ? 言っていいことか、考えてから話しなさいって前から何度も言ってるでしょ」
「あー、確かにねー。耳たこだったわねぇ。懐かしー」
「懐かしがらないでよ」
お説教を懐かしがられては、どうしようもない。さっきまであれだけお説教は嫌だと言っていただろうに。
「ジェドさんからは、そういうこと言われないの?」
「んー、と。まぁ確かにぃ? 大事なお客様来るときとかはぁ、絶対必要以上に口を開くなーってぇ、言われてるけどー」
「思いっきり言われてるわね」
「でもでもー、それ以外はありのままの私が好きだってー」
「あのね。それは二人きりの時にしなさい。親しくもない相手には、ちゃんと言うこと考えなさい」
「うーん。考えろって言われてもねぇ」
アンも別にわざと相手を怒らせたり傷つけようとしているのではない。確かにリナの言うように、今まで何気ない会話で相手が急に怒り出したりした経験はある。なのでアンも不味いことを言ったかと思ったことはあるが、しかし何が悪いのかよくわからなかった。
「別に私、意図的に悪口言ってるわけでもないわよ?」
「悪口ではなくてもよ。例えばアンが百足虫みたいに美しいと褒められて嬉しい?」
「えー、んー。意味によるけどぉ、あんまり嬉しくはないわねー」
「それと同じよ。アンは初対面でも怖い顔とか平気で言うでしょ」
「えー、だって本当に怖い顔だしー」
「それが、駄目なの。好きで怖い顔してるわけじゃないんだから」
「うーん、一応わかってるわよぉ? ただぁ、つい口からでちゃうだけなのー」
確かにそれはさすがに失礼なことだとわかるが、素直なアンはつい思ったことを言ってしまうのだ。性格美人なのだ。とアンは自分を内心自己弁護しつつ口には出さなかった。
「それを気をつけてって言ってるの」
「分かった分かったー。分かったわよぅ。気をつけますー」
「ほんとにわかった?」
「わかったってばー」
今までにも同じようなことをアンに言ったことのあるリナなので、相変わらずな肩をすくめていなすようなアンの態度には疑惑の目を向けざるを得ない。
しかし信じないと話が終わらないし、何より疲れてきた。本人に全く自覚がない悪癖を改善させるのはなんて難しいのだろう。
これだけ言えば、幼なじみとしての責務は果たしたと言える。もー、知らない。
「もうお説教終わりでい?」
「……いいわよ、もう。久しぶりなのに、あんまりお説教で時間とってもあれだしね」
「よーし、じゃあさぁ、私、もーっとフェイ君のこと聞きたいなぁ」
「なんでよ」
絶対わかってないなぁとリナは思ったが、さすがにこれだけ言えばフェイにおかしな事は言わないだろうし、もういいかと諦めた。
○




