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魔法使いフェイ  作者: 川木
フェイの家
59/202

58 呼び名

 朝食後、倉庫から地図を引っ張り出す。地図は複数あり、大まかな大陸図、その中の国ごとにもう少し詳細に書いた地図、さらに詳細に書いた地図がある。


「結構古い地図なのね」

「ん? ああ、確かに。事故の頃か。古いと問題があるかの?」


 10年と少し前と、フェイ達がこの地にやってきたすぐの頃にブライアンが買い揃え、その後特に活用されることはなく倉庫の隅で埃をかぶっていたものだ。

 地理を把握するためにと、当時訪ねた本屋にある地図全てを購入したのだが、さすがに遠くの国の詳細な地図まではない。せいぜいこの国と、近隣の詳細で、そのほかは大ざっぱなものだ。


「こういう詳細で小さな村までのってるやつだと、たまに村の名前が変わったり、村が増えたり減ったりすることがあるわ。まぁ、今回はそれが目的じゃないから問題ないけど」

「ならよい。えっと、この地図じゃと、今この辺じゃろ? ベルカ領は、ここかの。む、案外近いの」


 一番大ざっぱにかかれた大陸地図を広げて指差すフェイ。ベルカ領は他国であり、大陸全土がかかれた1メートル四方の地図では大陸中央東部のインガクトリア国の南部にあるアルケイド街から、その下方手の平程で隣接したユーライ国になり、さらにそこから南東へ手の平ほど感覚をあけて、ベルカ領となる。

 フェイの手の平約2つ分は、なるほど見た目上はそれほど遠くには見えない。しかしこれはあくまで大ざっぱに大陸全土を記したものだ。実際にはフェイの手の平なんて一万並べてもたどり着かない。そもそも街同士の間隔もいい加減な縮尺だ。

 実際のところベルカ領までは、特別急がずにごく普通に歩いて行けば半年ほどかかる。馬車を使っても約2ヶ月半と遠い。ちょっと気楽に行ける距離ではない。

 しかし世界を旅しようと言うなら遠すぎると言うこともない。この世界はとても広いのだから。小手調べと言うか、出だしの目標としてまずまずの距離だと言えよう。


「いや、私たちが今いるのここよ? アルケイドからここまで1ヶ月もかかってるのに、近いわけないでしょ」


 フェイの家までは殆どが山山山で、平地を歩くのに比べるとどうして時間がかかるが、その分二人は魔法で強化されているので普通の人よりずっと早い。それでもひと月かかった。高低差を考慮しても、ベルカ領までの6倍差は大きい。

 もちろん平坦な道なら二人はもっと早く移動できるので、歩いても半年もかからないだろうが、走る理由もない。4ヶ月はかかるだろう。食料などの補給は必須なので、村に立ち寄れるようにルートを考えなければいけない。

 近いだろうと油断して、アホのように一直線にいけば途中で死ぬだろう。良い機会なのでフェイには旅の基本を教えなければならない。


「ふむ、では、こう……半年ほどかの?」

「だいたいあってるけど、そのはかり方は基本意味ないからね」


 フェイはアルケイド街から、エメリナが指さした現在地までを人差し指と中指で同時に突き立て、コンパスを回転させるようにして、人差し指と中指の距離6個分と計測した。

 大陸図自体がいい加減な形、縮尺なのもあるが、まさに直接距離しか考慮していない。せめて道沿いにはかってほしいものだ。


「大陸図で、方向を定めて、こっちの地図で大まかな順路を決めて、最後にこれで具体的なルートを決めるのよ」

「意外と面倒なのじゃのぅ」

「あのね、旅の醍醐味ってなに?」

「ん? そりゃあ、もちろん、わくわくどきどきじゃろ」

「そうね、旅の醍醐味と言えば色んな事との出会いであり、なんと言っても自由であることよね」

「わしそんなこと言っておらんぞ」

「冒険者と言えば旅であり、旅と言えば自由で縛られないものであるべきよ。未知との出会い、魔物との戦い、風の向くまま気の向くまま歩きたいわよね」


 目的もなく旅をすることは冒険者の第一イメージであるが、それをするためにはある程度の実力、ひいてはお金が必要になる。

 エメリナは冒険者に憧れていた大きな要因である自由な旅のルート決めを前に、テンションがあがって饒舌になり、フェイが首を傾げた程度ではとまらず、さらに舌を動かした。


「目的地も目的そのものもかっちり決まってない旅だし、気まぐれに迂回したり滞在を延ばしたりと、ルートを変えるのも、気ままで自由な旅って感じでいいわよね」

「うむ、そうじゃの。そして語るのぅ」

「……そんなわけで、その自由も、基本のルートをしっかり固めるからこそできることなの。基本は大事だから、面倒がってちゃダメよ」


 フェイに真顔で感心されて、我に返ったエメリナな恥ずかしそうに頬を染めつつも、表情は平静を保って締めくくった。

 少々熱が入って脇にそれかけたが、概ねエメリナの言いたいことはフェイにも伝わった。要するに基本ルートがあるからこそ途中で融通もきく余裕のある旅がてきるということだ。


「うむ、わかった。ではルートは詳しいエメリナに任せるとしよう」

「うん、面倒になったからって押しつけるのはやめましょうね」


 別にエメリナが決めてしまってもいいが、本来リーダーが決めるものだ。もちろん、頭を使うのが苦手な人間がリーダーをしているパーティーもあるだろう。その場合でも普通は話し合うというレベルで、全く人任せにするなんてありえない。

 本来、長期的に魔物のいる野外活動をすると言うのは常に命がけであり、ルートの読み間違いで死亡する可能性だってある。リーダーの決断なしに決まることはない。


「今後の為にもちゃんと見て。私も見るけど、ちゃんと教えるから、フェイも考えてよ」

「……うむ。わかった。エメリナがそう言うならそうしよう」


 真面目に諭すエメリナの言葉に、フェイは正直面倒だ。次の村だけ都度地図を見ればいいんじゃないかと思ったが、フェイは旅慣れているわけでもない。

 エメリナは先輩なのだから、素直に従うことにした。









「そう言えば、エメリナの郷里はどこなのじゃ?」

「ん? ああ、えっと……」


 他意なく聞かれて、エメリナは答えるべきかやや迷った。別に隠れ里で話してはならない、なんてことはもちろんない。

 ごく普通の村で、詳細な地図の一つに普通に記載されている。ただ、言ってしまうとフェイはじゃあついでに寄ろうと言うかも知れない。エメリナはあまり家には帰りたくなかった。


「ん? もしかして地図にのっておらんのか?」

「あ、そうね。ちょっと見当たらないわね」


 嘘ではない。少なくとも今広げている地図の面には表示されていない。探せば100パーセントあるだろうが、そこは伏せた。


「そうか。よほど小さい村なのじゃな」

「そうよ。とーっても、ちっちゃい村よ。それより、基本の道程これでいいわよね?」

「うむ。よいと思う。で、次はこれじゃの。道がしっかり書かれておる。これにさっきのルートをなぞって、具体的にすればよいのじゃろ」

「そうよ。ちゃんと定期的に村とか挟めるようにするのよ」

「ふむ」


 エメリナに言われるように、地図を見ながらラインをひき、ああでもないこうでもないと言い合いながら、なんとか予定通りに午前中にルートが決まった。


「さて、じゃあお昼食べたら倉庫整理ね」

「うむ、頼む」

「……いいけど、完全に私につくらせる気ね」

「うむ。料理上手なエメリナという友を持ち、わしは幸せ者じゃ」

「はいはい。じゃ、ちょっと待ってて」


 エメリナが席を立つ。と同時にBGMに徹していたジンが音楽をとめてフェイ、話しかける。


「フェイ、もう、よい、ですか?」

「ん? おお、そうじゃな」


 地図作成を始めてすぐに、ジンのあまりの口はさみの多さに、BGMでもしてろと命じたのだが、すっかり忘れていたのは秘密だ。


「フェイ、ところで、エメリナ、とは、まぶだち、だ、そう、です、が。愛称、では、呼、ば、ない、の、です、か?」

「なに? 愛称? ……ニックネームのことか。ふむ、しかしそんなもの、本の中だけのことじゃろ?」


 フェイの名前は短く、またブライアンが頓着しないためわざわざ名前とは違う呼び方をしたことがない。

 この家の蔵書には魔法関係のものが殆どだが、そうではないただの物語もある。その中に登場しているのでニックネームの存在は知っているフェイだが、長い名前の人が使うものだろうと思っていた。


「いえ、仲良し、なら、当然、使、い、ます」

「またそうやってわしをからかっておるのではなかろうな?」

「お、疑い、です、か? おや、おや、悲しい、です、ね。それ、なら、エメリナ、に、聞、い、て、下さ」

「そうするか。エメリナー」

「んー?」


 倉庫から食材を出してきてキッチンに並べたところで声をかけられ、エメリナは声だけで返事をする。

 ぱたぱたとエメリナに近寄り、キッチン台の向かい側からフェイは尋ねる。


「エメリナ、仲良しがニックネームで呼び合うなぞ、物語だけの話じゃろ?」

「んー? いや、普通にあるでしょ。私も昔はリナって呼ばれて……たし、な、なに?」


 答えながら顔をあげたエメリナの視界に飛び込んできた、フェイの大きな口をあけた驚愕顔にひきながら、エメリナは問いかける。


「な、何故じゃ……?」


 フェイは歯を食いしばるようにして、よろめきながらエメリナの問いかけは無視してさらに尋ねる。しかし言われたエメリナは意味がわからない。


「えっと、ジン? 説明してくれない?」

「はい。フェイ、は、エメリナ、が、大好き、な、ので、愛称、呼、び、して、いない、こと、が、悲しい、の、です」

「え、いや……」


 エメリナは若干頬を赤くして、それを誤魔化すように右手人差し指でかきながら、フェイの質問に答える。


「だって、そう言うのって子供の時だけというか」


 友人だからはい、ニックネームを使いましょう、と言う年頃ではない、とエメリナは思う。

 エメリナにとってニックネームとは幼名のようなもので、その時からの流れで父や昔なじみは今会ってもそう呼ぶだろうが、今になって出会ったフェイに呼ばれるのは、あまりに気恥ずかしい。


「では、わしがリナと呼ぶのは迷惑かの?」


 唇をとがらせつつも、その不満をエメリナには見せたくないのか顎を引いて上目遣いになって尋ねるフェイだが、その姿はどう見ても拗ねているのが丸わかりで、かつ可愛かった。

 そんな目で見られたら、エメリナとしては


「迷惑なんてことないわよ」


 としか答えることができない。もちろん、自分が勝手に気恥ずかしいだけで他人に聞かれて恥ずかしいものでもない。ならフェイに呼ばれてなんの問題があろうか。


「では、これからエメリナのことは、リナと呼ぶとしよう。わしらはまぶだちじゃからな!」


 エメリナの否定に満面の笑顔で顔を上げたフェイに、エメリナは久しく呼ばれてなかったその呼び名に照れつつも、ほほえみ返した。










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