46 ピクニック8
「使い魔? それって魔法使いがつれてるお供の猫のこと?」
使い魔と聞いてエメリナが思い当たるのは、御伽噺の猫だ。適当に言ったのだが、フェイはその通りと右手の人差し指をふった。
「そうじゃ。完全に支配下に置くことになるから、約束を守らせるくらいはわけはない。ただ定期的に自分の魔力を直接与えねばならんし、少し面倒じゃ」
「他の方法というのは?」
「うむ」
「後は盟約の魔法、契約の魔法、隷属の魔法のどれかじゃの」
フェイはふった人差し指をぴんとたてて、ややもったいぶってから順繰りに説明する。
「盟約が一番簡単じゃが、ややゆるい。例えばドラゴンが意図的に何か約束を果たせない理由を作っても通る。
契約は決めた額面通りに守らせられるが、こちらも相応に約束をさせられる。
隷属はあらゆる命令を聞かせられるが、ドラゴンが対象となればさすがに魔力が足りんじゃろうな。
盟約と契約は互いの了承がないと魔法をかけることはできんが、隷属は対象の意志を無視できる」
二本、三本と指をたててされたフェイの説明に、エメリナはふんふんと頷きながら頭の中でまとめる。
要するに簡単さは盟約>契約>隷属で、強制力が盟約<契約<隷属ということだろう。
手をおろしてエメリナの意見を待つフェイに、エメリナは漂わせた視線をフェイに戻して答える。
「なら、契約が一番いいんじゃない?」
「うむ。まぁ、無難じゃな」
「おい、先ほどから話を聞いていると、失礼ではないか? 我がまるで誓いを破ることを前提ではないか。我はそんな魔法にうんと言わんぞ」
「では使い魔になるか?」
使い魔はフェイとしても面倒な制約が多いので嫌だが、隷属と違い今なら使用することはできる。使い魔、と口にした時にドラゴンがあからさまに顔をしかめたので、さすがにフェイにも嫌がっているのはわかったのであえて聞いてみた。
「………まぁ、矮小な人間が偉大なるドラゴン様に恐れを抱くのも道理ではある。よかろう、魔法の詳細を話してみよ」
あくまで上から目線のままで、ドラゴンはそう促した。フェイはそれに呆れつつも教える。そうでなければ行使できないからだ。
「契約魔法はお互いにお互いを縛る魔法じゃ。例えばわしが林檎を売ってお主が買うとしよう。お主が林檎をもらえばお金を払うのを強制すると同時に、わしもお金をもらえば林檎を渡すのを強制される。破った際の罰も予め両者の了解の元決めたものが必ず行われる。ただし罰も、それぞれでできることでないといかん。例えば、破ったら世界が滅亡する、なんて無茶なものなら魔法は発動せん」
「ふむ……なるほどな。似たような魔法なら知ってるから、その説明で問題ない。問題は内容だな」
この魔法なら永続的なものであっても、かけた時以外に魔力はいらないし、きちんと細部までルールを決めておけばそうそうおかしなことにもならない。しかしフェイにも強制力があるので、それを何にするかが問題だ。
元が商業用である魔法の構成上、フェイだけが得をする内容にはできないようになっている。
「………こういうのはどうじゃ?」
1、フェイは年に一度ドラゴンに面会を許可する。
2、ドラゴンはその際にドラゴンの肉体の一部だったものを手土産とする。
3、年に一度の面会がかなわなかった場合、フェイは次に面会するまでドラゴンに関わる全てに触れられない。ドラゴンは次に面会するまで人間に関わる全てに触れられない。
基本的に罰を避けるためにルールを守らせるための魔法だが、ルールを守ろうとする限りそのサポートもしてくれる。この内容でいえば、会おうとすれば相手の位置がなんとなくわかる、と言う風に。
「ほー、ええんじゃないか。うん、公平な感じがするぞ」
「フェイ、それだと罰が軽すぎるんじゃない? ドラゴンにとっては無視できるんじゃない?」
「おいだからお前は黙ってろよ!」
「罰の内容は対等じゃないといかんからな。破ったら死ぬ、とか、わしが困る」
「そうそう、物騒なことは言うものじゃないぞ、お嬢さん」
「うるさい。お主が黙っておれ」
「なんだと。俺様が同意しなきゃできないんだろうがっ」
(……こやつ、マジうざいのぅ)
絶対に使い魔にはしたくない、とフェイは決意を新たにしつつも見直してみる。
人間に関する全てとすれば、ある程度範囲は広いかと思ったが、考えて見ればドラゴンはとても長生きだ。それこそ百年を一眠りとしてしまうのだ。少々の不便なら我慢してしまえる。
「……む、そうじゃ。罰をこうしよう」
3、前回の面会から1年間が空いてしまうと会えるまで魔法が3つしか使えなくなる。
「え、それ不便すぎない?」
「いや、別にわし、普段それほど使わんし」
「使うわ! 3つとか息しかできねーだろ! ふざけんな!」
「約束破る気満々じゃない」
「うっ、うっせーな。ドラゴン様が約束破る訳ねーだろ。ただめんどくさいなー、と言うか。内容変えねぇ? 毎年とかないわぁ」
「ふむ……それも一理あるの。毎年お主と顔を合わせるなんぞ、最悪じゃ」
「なんだと!? 最高だと言え!」
「いやじゃ」
「じゃあ次にお前がだした条件全部のんでやるから言え!」
「……、毎年お主と顔を合わせるなんぞ、最高じゃ」
「ふふん、まぁ、な!」
「……ほんとにお主は、最高〈にアホ〉じゃな」
「おいおい、いくら俺が最高なドラゴン様だからって、褒めるなよ。もっと言え」
フェイは常々、セドリックほどアホでムカつく奴もいないだろうと思っていたが、上には上がいるものだともはや感心してしまう。
段々面倒になってきたので、当初の目的をかなえることを念頭におこう。そもそもフェイは永続的に金銭を稼ぐことを目的にしていたわけではない。
ただドラゴンを倒したことを証明してランクをあげて名前をうって、一流の魔法使いへの一歩にしたいだけだ。ここは欲張らない方がいいだろう。
「例えばじゃが、わしがお主に魔力を渡して巨大化してから尻尾や牙をもらうのはどうじゃろう。そして生かしてやる代わりに、もう一度だけ無償でわしに素材を献上する。これならどうじゃ?」
「んー、まぁ、そんくらいなら、面倒ってほどでもないな。いいぞ」
「ならばこうじゃな」
1、フェイはドラゴンに魔力を貸与してその身を救う。
2、ドラゴンは礼として身体の一部を渡し、翌日以降に改めて礼をする。
3、破ろうとしたならば激痛で立っていられなくなる。
「あれ? なんか急に罰が重くない? フェイ、大丈夫なの?」
「うむ。この内容ならわしが破ることはないからの」
1と2の間にも大きな差があってはいけない。さきほどのはドラゴンがフェイに会いたくてたまらない状態に仮定したので式はなりたつが、これなら命を救うことで殆どの無茶が通る。
「でもそれだといつでもよくなるし、日付とか指定しないの?」
「むー、そうじゃのう。では2を少し変えよう」
エメリナのアドバイスにより、フェイは文言の一部を変更する。
2、ドラゴンは礼として身体の一部を渡し、翌日以降のフェイが望む時に改めて、その時できる最高のお礼をする。
「おい、ちょっと難易度あがってるぞ」
「なんじゃ、ドラゴン様ともあろうお主は、礼と言いつつその辺の石ころを宝石とでも言って渡すつもりじゃったのか? 小さいのぅ」
「上等だ。我の誠心誠意をこめた礼に平伏するがよい」
「なら決まりじゃの」
フェイはドラゴンとの間に1メートルほどの大きさで先ほどの内容を反映した魔法陣を展開する。ドラゴンが相手ではあるので多めに魔力をこめた。
「ドラゴン、お主名前は?」
「あ? 言うわけないだろ」
「契約に必要なんじゃ。じゃあ口にせんでよいから、この魔法陣の、ここ、ここに自分の名前をいれよ」
魔物にとって識別名は重要なので言いたくないのはわかるが、特定するための何かが必要となる。名前が一番簡単だ。
フェイは魔法陣を展開したままで、右手の人差し指で空白になっている箇所を指差す。しかしドラゴンは首を傾げる。
「どうやって?」
「魔力で名前を書くんじゃ」
「だからどうやって?」
「……もうよい、魔力紋で指定するから、魔力をわしに寄越せ。ちょっとでよい」
ドラゴンは人間とは魔法をつかう仕組みが違うとは言え、魔力操作くらいできると思ったができないらしい。ならば魔力の波形だ。ちょっと複雑になるが、魔力は全ての個体で微妙に異なる。それを魔力紋として個体識別に使われている。解析がやや複雑で手間だが、今は急ぐわけでもない。
「魔力ってどう渡すんだ?」
「…もうよい、ちょっと触るぞ」
フェイはドラゴンの頭に手を置き、別の魔法を展開する。相手が拒否しなければ魔力の譲渡ができるものだ。
問題なく受け取れたので手を離し、無意識に手のひらをふってから魔法陣をさらに展開する。
「……」
魔力紋解析魔法はつくるのに5秒もかかってしまったが、問題なく発動した。後は先ほどから待機させている契約魔法陣に組み合わせれば完成だ。
「よし、できたぞ。ドラゴンよ、ではわしの台詞を復唱せよ。よいな?」
「へいへい」
ドラゴンが不承不承ながらも頷いたのを確認し、フェイは魔法陣を起動させる。淡く光っていた魔法陣がその煌めきを強める。
フェイはきゅっと一度口を閉じてから、開いた。
『神の名の元、契約に従うことを誓う』
その言葉はエメリナには何を言っているか全くわからなくて、だが何だか神官が口にする祝詞のようで、その雰囲気に言葉を失う。
『神の名の元、契約に従うことを誓う』
戸惑ったエメリナだが、ドラゴンには通じているようで、全く同じ発音が繰り返された。
『実行』
『実行』
その瞬間、魔法陣はさらに強く光り、エメリナは思わず目を閉じた。
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