45 ピクニック7
「殺すの?」
「いや当たり前じゃろう。エメリナとて、ドラゴンは高く売れると言っておったではないか」
「それは、あくまで素材というか……」
確かにフェイの言うことは正しいのだが、そもそもエメリナにとっての常識として、ドラゴンは殺せるものではない。そもそも弱点があることも聞いたことがなかったし、巨大で人間よりはるかに強いドラゴンが殺せるなんて思わなかった。
過去のドラゴン討伐でも、ドラゴンを殺した例は数少ない。だからこそ竜殺しはそれだけで英雄として、その国中に名を馳せる。しかしだからといってドラゴンと出会えば必ず殺されるかと言えばそうではない。ドラゴン退治の依頼自体も数は少ないがあるのだ。
知能が高く人間と会話ができるドラゴンの多くは誇り高いこと自体を誇りとしていて、人間を殺すことが殆どない。
下等な人間に対して同等に扱うことがなく、あくまで弱い生き物としてハンデをつけてある程度戦えばドラゴンは自ら負けを認めて、体の一部をあげて立ち去るというのが殆どだ。
だから人間を困らせる悪いドラゴンなんてほぼいないし、あらかじめドラゴンの依頼がでているということはない。
ドラゴン退治だけは例外として、倒してもらえた素材を持って行き本物と認められれば事後発行でドラゴン退治の依頼をつくってもらえる。そして素材によって相応の金額とポイントをもらえるのだ。
もちろん遭遇することも認められることも希少だ。運良く遭遇しても、歯牙にもかけられずに半殺しで放置されたりする。だからポイントを無視して直接売れば教会より高値で売ることもできる。
ドラゴンとはそう言うものだというのが一般認識で、だからこそ、まさかここまで、殺せる段階までくるとは思わなかった。だからフェイの言葉に驚いた。
「え、て言うか、殺せる、の?」
「無論じゃ。こやつは今、殆ど魔力がない。もはやただの蜥蜴と同じじゃよ」
徐々に、エメリナの中で現実味がましてきた。今このドラゴンが巨大化すらできないのは現実だ。元が小さいのだからフェイが言ったように弱い個体だったのだろう。
つまり、エメリナたちはこのドラゴンを殺すことができるのだ。なんて幸運だ。この大きさでも知性あるドラゴンであるには間違いない。きっと高値がつくだろう。
呆然としていたエメリナの瞳にGマークが浮かび上がる。いったいいくらになるのか見当もつかない。しかし少なくとも数年以上遊んで暮らせる程度はもらえるだろう。
それだけではない。ドラゴン退治の依頼が発行されれば、冒険者として箔がつく。依頼人が指定して、金額を上乗せした指定依頼がくるかも知れない。そうして顔を広げれば、いずれ冒険者を引退した後の職に引っ張りだこだ。エメリナの脳裏には一瞬でバラ色の未来予想図がひろがった。
「……! フェイ、そうね、前にも説明したけど、ドラゴンって全部高値なのよ。もちろん血液もね」
「そうなのか。それなら首をはねんほうがよいな」
「そうね。じゃあ、首をひねって殺しましょうか」
「そうじゃの」
「おいおいおいおいおい!! ちょっと!! 何俺様のこと殺そうとしてんの!?」
エメリナの脳みそが流れに追いついたことで話もまとまったが、しかしそこにドラゴンが待ったをかける。
「なんじゃ? もうお主が何をしてもわしの戒めを破ることもできんじゃろうし、辞世の句くらいは聞いてやってもよいぞ」
「え、何かしてるの?」
「うむ。魔法の縄で縛ってるようなものじゃと思ってくれ。でなければこうして、生かしたまま話すなど危ないじゃろ」
「そ、そうね」
ドラゴンが小さくなったことでエメリナは完全に油断していたので、目をそらしながら頷いた。
「そうじゃねぇよ。あのなぁ、普通ドラゴンと人間の戦いと言えば、ドラゴンが人間を試し、人間はドラゴンに挑む。ドラゴンが人間の強さを認めれば、体の一部をやって解散、って流れだろーが! なに普通に殺そうとしてんだよ!」
「お主も普通にわしらのこと殺そうとしておったじゃろ」
「あれは口だけだ。演出だよ、演出。あれだけ言ってても生かして帰すクールなドラゴン、みたいな」
「失敗もいいところじゃな。というか、お主の都合など知らん。依頼もないのに戦わされていい迷惑じゃ」
嬉々としてドラゴンを探してきたくせに、憮然とした表情で言い切るフェイ。フェイとしては小さなドラゴンなので少しくらい体をもらってもどうしようもないし、ましてポイントも入らないのでせめて丸ごと換金したい。
「あ、いや、フェイ、ドラゴンに関しては素材を持って行けばドラゴン退治の依頼は発行してもらえるわよ」
「なに、まことか?」
「ええ。素材によってポイントと金額もかわるんだけど、ただ小さいのが気になるんだけど」
「まあ、全身揃っておるのじゃから、それなりに価値もあるじゃろう」
「待て待て待て!! だから殺すなっつーの!」
依然として殺す気満々な二人にドラゴンは焦って大声で説得を試みる。
ドラゴンとしては魔法の波動で目をさましたばかりの寝起きで、珍しい魔力量だったので少しばかりからかって、ついでに仲間のドラゴンに人間たちに語り継がせたと自慢でもしてやろうかと思っただけだ。
本当に軽い気持ちで、本当に殺してやろうとか、別に目的があってフェイたちに喧嘩をふっかけたわけではない。
その結果殺されてしまうなんて、冗談にもならない。
「なんじゃ。それ以外にお主に価値があると言うのか? 例えば、金銀財宝を持っておるとか?」
「え? えー……と、そんなものもあるような、ないような」
「ないんじゃな」
「おーっと! 待ちな! そうそう、俺様博識だからな、生かしてくれるならドラゴンに関するトップシークレットとか話しちゃおっかなー、みたいなー」
「……どうする? 勝てたのはフェイの魔法のおかげが大きいし、フェイの判断に任せるわ」
調子のよいことを言いだすドラゴンだが、ドラゴンの秘密となれば価値はあるだろう。エメリナにとっては特に思いつかないが、何かフェイが聞きたいことがあるなら優先してもいいだろう。
フェイはふむ、と一度頷いてからドラゴンを見つめる。ドラゴンはうるうると潤んだ瞳をフェイに向けているが、フェイにその感情は全くわからない。
「内容によるのぅ」
「いいだろう。いいか? そもそもなんでドラゴン様である我が簡単に……いや、死闘の末にとは言え人間ごときにこのような醜態をさらしているかと、言えば、たまたま偶然、そこの娘の武器が我の」
「背中の色違いの逆鱗が弱点、と言うことなら、知っておるぞ」
得意げに話そうとするドラゴンを遮り、フェイが先に言うとドラゴンはこぼれそうなほど目を見開いて必要がないのに口も顎が地面につきそうなほどあけた。
「な、なんだと!? 嘘だろ!? 人間に知られたらドラゴン全体の不利益になるから死んでも人間にバラすなって習ったぞ!?」
「思いっきりペラペラ話そうとしてるではないか」
「俺の命をなんだと思ってるんだ! ふざけるな! 他のやつがピンチになろうと、俺の命が今助かることが重要だ!」
「……明らかに、お主が一番ふざけとるじゃろ」
さっきからかなりお調子者であることがうかがえる。と言うかフェイにしてみればどこかの誰かを思い出して非常に不愉快な気持ちになる。
「くそっ、じゃ、じゃあこれはどうだ? 俺様たちほどの高い知能と高い魔力濃度の誇り高きドラゴン族には一定の大きさがない。俺は例えば普段このくらいにしてるが、巨大化した姿も本来のものではある」
「それがどうかしたかの?」
「慌てるな。つまり、魔力さえ回復すれば俺様は大きくなれるし、大きくなった姿で牙を折れば、大きなままお前にやれるってことだ」
「つまり、今見逃せばいずれ回復したときに今より多くの素材を渡せるといいたいのか?」
「その通り! いやぁさすが俺様に勝つだけあって賢いな」
(こやつに言われても全く嬉しくないどころか、何だか腹立たしいの)
ドラゴンは必死におべっかを使ったが、言われたフェイとしては逆に馬鹿にされているようにすら聞こえる。
「うーむ」
「フェイ、確かにそれって得だけど、このドラゴンが約束を守るとは限らないんじゃない?」
「ああん? てめぇは黙ってろよ!」
「心配する必要はないぞ。そうさせない魔法もある」
「え、な、何する気だ? いたいけなドラゴン様にこれ以上御無体な真似をするつもりなのか?」
「……」
(………こやつ、話し方ぶっれぶれにもほどがあるじゃろ。なんなんじゃ。気持ち悪いのぅ)
フェイはとりあえずドラゴンを無視してエメリナと話して話をまとめることにする。顔を向けるとエメリナも察して意見を述べる。
「どうする? 確かにこんなに小さいと、ドラゴンと認められないかも」
「むぅ……巨大化させて殺すのはどうじゃ?」
「鬼か! あ、いや、いやいや、ちょいと待ちな。あのな、俺な、ちょう役立つぞ。定期的にドラゴン様の牙や角をやろう。生え替わっていらなくなったらやつは里のゴミ捨て場に落ちてるから。人間にとっては宝だろ?」
会話に割って入って得意げにべらべらと話すドラゴンだが、今度の話は確かに有益だ。今殺せばこの場限りだが、生かしていれば定期的に資金源が手にはいるのなら、本人の望み通り生かしてやるのもやぶさかではない。
「む、それはよいな」
「だろだろ!」
「エメリナもどうじゃ?」
「本当にそうできるなら、殺すよりずっと価値はあると思うけど。でも、ドラゴンがそんな人間の小間使いみたいなことするかしら? 約束を守らせる魔法ってなんなの?」
全く見当もつかないし、そもそも今だからドラゴンに勝てるのであって、時間がたてば元に戻る。そうなればフェイが魔法で何とかしても解かれる心配もあるだろう。
小首を傾げるエメリナに、フェイは胸をはって答える。
「いくつか方法はあるが、相手は魔物なのじゃから、簡単じゃよ。一番確実な方法は、こやつを使い魔にすることじゃ」
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