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魔法使いフェイ  作者: 川木
アルケイド街
44/202

43 ピクニック5

「とっ」


 着地したエメリナは想定以上に強化されていた自分の筋力に一瞬前のめりにバランスを崩したが、普段から強化は使い慣れている。

 すぐにその差異を修正して、エメリナは右前方へ走り出した。フェイは真っ直ぐにドラゴンに突っ込んでいるので、ドラゴンの意識をそらすためだ。


「くかかっ! すぐには死んでくれるな、よ! くらえ!」


 ドラゴンは口を開き、フェイにむかい正面から水を勢いよく吐き出した。


 (! さっきの攻撃がこれね!)


 視界の中のフェイを追うと、フェイは急上昇してそれを回避し、空を飛んだまま負けじとドラゴンへと炎の玉を連続して放つ。


「くかかっ!」


 頭の中へ響いてくるドラゴンの声はあくまで魔法なので、口から水をだしてフェイの炎を消しながら高らかに笑い声をあげることができる。

 その様を恐ろしく思いながら、エメリナは震える指先をこらえて右手の短剣をたどり着いた勢いのままドラゴンの左前足に突き刺した。


「ぐあっ!?」

「わっ」


 ドラゴンの表皮は固かったが腕力に任せて何とか突き刺さり、その瞬間短剣の炎は大きくなり、ドラゴンの右足を包んだ。

 大丈夫とは聞いていたし広がる炎の熱も感じなかったが、とっさに後ろに大きく飛んで下がると、ドラゴンは左足を持ち上げては落としてと、その場で地団駄を踏んで火を消した。あのままあそこにいたら、踏みつぶされているところだった。

 やはり、巨体に対しての近接攻撃は危険だ。あくまで気をひくことに専念して、一撃いれては逃げてを繰り返していこう。


「がぁっ! このっ、人間ごときが! 俺に、傷をつけたな!」


 ぎらりと、先ほどまでの陽気なほどの雰囲気を一変させた険しい目つきでドラゴンはエメリナを睨みつける。


「死ね!」

「っ」


 ドラゴンはエメリナが眼中に入ったとばかりに、大量の水球を放った。エメリナは慌てて走って避けるが、避けきれないほど迫り来る水の壁のようなそれらに、エメリナは走りながら目を閉じて衝撃を待った。


 (いつもより強化したんだし大丈夫、よね!?)


 びちびちびち


「ん?」


 一秒だけ目を閉じていたが、水がはじける音だけで衝撃がなかったので、左足が着地したのと同時にエメリナは目を開いた。


 びちびちびち


 見えない壁に水がぶつかっていた。フェイの結界だ!


「フェ」

「邪魔をするなぁ!」


 ぶぅん、とどこか遠くでゆっくりと音が聞こえた。ドラゴンの巨体に見合う大きな大きなその尾が、勢いよく空中のフェイに叩きつけられた。

 フェイはそのまま地面に叩きつけられた。勢いでバウンドする尾と一緒に浮かび上がり、再び地面に叩きつけられ土煙に沈むフェイの姿はいやにゆっくりと見えた。


「フェイーー!!?」


 頭の中で、逃げるべきだと理性が言った。フェイがやられたなら、もう絶対に勝ち目はない。魔法もきれてしまう。だけどエメリナはフェイに向かってかけだしていた。

 冒険者ならどんな状況でも、例え仲間がみな死んでも冷静な判断をするべきだ。それができない冒険者はすぐに死んでいく。だけどエメリナは慎重すぎて、必ず達成できるものしかやってこなかった。

 少しでも危なければ、四肢を失うような大きな傷すらする前に逃げることを優先してきた。だから、こんなにも心揺さぶられるなんて思わなかったのだ。


 今のエメリナは隙だらけだ。だがドラゴンはエメリナに攻撃する余裕はなかった。


「ぐわぁぁっ!?」

「えっ?」


 フェイの元にたどり着くより先に、ドラゴンがあげた奇声にエメリナははっとして立ち止まり、ドラゴンを見上げた。


 ドラゴンはその大きな尾を炎に包ませ、ごろごろと巨体を地面に叩きつけてのたうち回りだした。


「エメリナ、大丈夫か?」


 土煙からわずかに浮かんだフェイがエメリナの隣まで飛んできて声をかけた。どこも怪我をしていないらしいその姿に、エメリナは驚愕と喜びで目を見開く。


「! フェイ! 無事だったのね!?」

「無論じゃ。あやつはドラゴンとしては若いし、攻撃の苦手な水属性じゃ。何より、100年も寝ていて寝ぼけておる。そんな力の入らぬ攻撃なら問題ない」

「え、な、なにそれ。寝てたとか、なに?」

「ん? いや、わしの推測じゃが、あやつがここで眠っておったからここは魔物も動物も寄り付かんかったんじゃろ。種族にもよるが、ドラゴンはたまに長期の眠りにつくからの」

「し、知らない。てか、あれで弱いの!?」

「うむ。魔法強化もそれほど強いものではない。というか、もっと強かったら、普通に地面が割れるらしいからの。弱い個体でラッキーじゃな」


 あっさりと言われてエメリナは言葉をなくした。

 確かに伝説としては大地が割れ、なんて聞くのでもっと強いドラゴンも存在するかも知れない。しかしだからといって、目の前のドラゴンが弱いとは欠片も思えない。


「き、きっ、貴様ら! ふざけるのもいい加減にしろよ! 俺はドラゴン様だぞ! こんなもの!」


 ドラゴンは怒鳴りながら体を震わせて立ち上がり、炎が消えぬ尾を食いちぎった。


「があぁっ! 、はー! はっ、見たか、さぁ、形勢逆転だぞ」


 ドラゴンがその体を光らせると、千切れた付け根からにゅるにゅると尾が生えてきて、ものの数秒で元に戻った。

 手の傷も回復し、元の姿に戻っている。余裕を取り戻して見下ろされて言われたドラゴンに、その回復力に、エメリナは絶望的な気持ちになる。

 あれほどの炎を放たれて、有利になったと思ったのに。また初めからだ。これではきりがない。


「はっ、なーにが形勢逆転じゃ。さっきに戻っただけじゃろう。いや、むしろ、よりわしが有利となったな」


 だがフェイはその得意げな態度を崩さない。

 その態度は頼もしく、張られた声は朗々としていて、瞳は揺れずに力強く、エメリナの心にずっとあった恐怖を消し去った。


 (フェイ、格好いい……!)


 その姿に、場違いだとわかっていてもエメリナはときめいた。


 (って、なにを考えてるのよこんな時に!)


 エメリナは慌てて表情を引き締めて、2人の様子を伺いつつも、短剣を構えなおした。

 そんなエメリナには頓着せず、ドラゴンは仇でも見るような目つきでフェイを睨みつけている。


「なんだと?」

「お主、格好をつけて尾をちぎって馬鹿じゃろ。相当魔力を使ったな。全力で消火すれば半分以下の魔力で済んだのではないか?」

「……はっ! んなもん、ハンデだ!」


 その表情は読めないが、しかしエメリナからも嘘だろうと思えた。フェイがそっとエメリナの手をとった。

 ときめくより先に、そこから熱い何かが流れ込んでくるのをエメリナは感じて、ドラゴンに気取られぬよう歯を食いしばって耐えた。


「うぬぼるなよ! 人間ごとき、魔法を使うまでもない」


『エメリナ、聞こえておるな? 声に出さずに返事をせよ』


 頭の中に声が響く。ドラゴンと同じようだが、どこか近く体が震えているような不思議な声だ。


「エメリナ、安心せよ」

『き、聞こえて、る?』


 エメリナは恐る恐る、笑顔で振り向くフェイに頭の中で考えるだけに抑える。これで聞こえるのだろうか。


「あやつ、もう魔法使えないくらいギリギリじゃ。楽勝じゃな」

『問題ない。わしはこれからあやつの気を引くから、頼んだぞ』

「だからハンデだと言っているだろう!」

『でも私の短剣じゃ、致命傷にならないわ』


 魔法だからか全く衰えない様子で怒鳴るドラゴンならぬ怒鳴ごんに、フェイはにっと笑って挑発的に見つめ返す。


「ふん、面白い。ならば、正々堂々と勝負をしようではないか」

『ドラゴンの背中、首筋の少し下に他より色の濃い鱗がある』

「勝負だと?」

『鱗?』

「うむ。わしは攻撃に直接魔法を使わん。その代わりお主はもっと小さくなるのじゃ」

『うむ。それが弱点じゃ。じゃからドラゴンは戦う時に体を大きくする』

「はーん? 何で俺というドラゴン様が人間なんかと、そんな条件つけて、お前を有利にする必要があるんだよ」

『わ、わかったわ。そこを攻撃すればいいのね』

「強いドラゴンは弱い人間に、ハンデをくれるんじゃろう?」

『うむ、いざという時は必ず助けるから、頼んだぞ』

「ちっ……いいだろう! 人間ごときにこの我が、負けるはずがないからな!」


 ドラゴンは大威張りに胸をはった。不安はあったが、しかしそれ以上にエメリナには確信があった。

 ドラゴンが相手だって、きっとフェイと一緒なら大丈夫だ、と。


 ドラゴンはすーっと陽炎のように姿を揺らし、気づいたときにはずっと小さな、けれどフェイたちよりは大きな小さな一軒家ほどになっていた。

 だが高さは5メートルもないし、木々と変わらない程度なこのくらいなら、今のエメリナなら問題なく跳躍して背中に届く。


「ではエメリナ、少し離れておれ。わしが活躍するのを、見ておれ」

『チャンス一度じゃ。エメリナの近くまで誘導するから待っておれ』


 エメリナが頷くのを見て、フェイは手を離した。


「はっ! おい人間! ドラゴン様が大活躍するのを伝説にしろよ!」

「と、とりあえず、向こうの木にまで下がっておくわね」


 エメリナは5メートルほど後ろにある木々の手前まで下がった。ほどよく遠くて全体が見れて、かつ戦いながら近づいても不自然でない程度には近い。


「エメリナ! 開始の合図を頼む!」


 エメリナは小さく頷いて、固く短剣を握った右手を背中に隠した。










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