178 アリー、眠り猿2
はしゃぐアリーに、飛行魔法はまた魔力操作を覚えてからと約束し、山の中腹のひらけた部分に降り立った。
周囲に魔物がいないことを確認してから、フェイはアリーに先輩ぶって講釈を垂れる。
「よいか、アリーよ。危ないから、勝手なことをするでないぞ」
「はい。わかりました」
「わしの言うことを聞くんじゃぞ。先走って余計なことはせんように」
「はい。大丈夫です。ちゃんと先輩であるフェイさんに従います」
「うむ。よかろう」
基本的に人の話をあまり聞かないくせに偉そうなフェイは、ツッコミをいれる存在もないので調子にのって胸を張る。
「では、わしの後をついてくるがよい。くれぐれも、気を付けるように」
「はい!」
アリーは背中に背負っていた大きな杖を両手で握りしめ、満面の笑顔で頷く。アリーの頭の上にずっと見えていたその杖に、改めて気づいたフェイはふむと真面目な顔になる。
「それがお主の魔法具じゃな?」
「はい! 戦闘用の魔法がはいってます。実はうちの家宝なんですよ。こっそり持ってきちゃいましたっ」
えへへとさらりと言っているが、結構大変なことである。特にこの国に置いては金銭に変えがたいものであることを置いて、聖なる杖である背景を知らない他国に持っていっても、かるく城が買えるくらいの金額になる宝石や貴金属を使われているのだ。
子供の はじめて の ぼうけん で気軽に持ってきていいものではない。
「そうか、立派な杖じゃのう。どんな魔法が入っておるんじゃ?」
しかしフェイにとっては重要なのは刻まれている魔法陣だ。装飾品は価値があろうがなかろうが飾りに過ぎないし、使わない魔法具に価値はない。ちょっと振り回して傷がついたら大変だなんて考えることはない。
「えへへ、なんと、10もの魔法が入ってるんですよ」
そしてお金の価値自体がよくわかってない巫女様は、フェイの質問に嬉々として答えるのだった。
アリーの杖の魔法陣は以下だ。
着火の魔法、洗浄の魔法、放水の魔法、風切りの魔法、炎上の魔法、雷の魔法、回復の魔法、状態異常回復の魔法、結界の魔法、魔物避けの魔法。
魔法陣には名前があるわけではないが、きちんと資料で残っているらしく、アリーは杖の陣を確認することもなくすらすらと説明した。
元々は旅をするのに利用した魔法具のため、生活のための着火、洗浄などもある。放水も勢いの弱いものなので、基本的に飲料水などの為だろう。
実力を知らなければやりようがない、と言うことで全て実演してもらった。
「ふむ。特に問題ないの」
刻んだ魔法陣でのみの使用のためと言うことで、どうしても柔軟性はないが威力、範囲ともに問題なさそうだ。
攻撃に使える魔法は風切り、炎上、雷で、風切りはフェイが使う風刃と同じで、風がするどい刃となって杖の先から真っ直ぐに前方2メートル先まで切って自動的に消える。
炎上は杖から先に横幅2メートル、高さ3メートル、奥行き4メートルほどの炎が沸き上がり、5分ほどで自動的に消える。
雷は杖から1メートルほど離れた地点で横幅2メートル、奥行き1メートルほどの範囲に雷がほとばしる。こちらは一瞬ばちばちいって終わりだ。
という感じで、使い勝手がいいのは風切りだ。数字で言うと2メートルは短いと感じるが、森などで使うにはまだ少しもて余すくらいだ。最も小回りが聞くので、今回はこれをメインに使うことになるだろう。
炎上は範囲攻撃だ。大群相手には使えるだろう。一人で旅をするなら必須だろうが、今回は必要ない。
雷は最も魔力消費が高く、威力が高い。杖から少し離れた位置に発動するので慣れなければ難しいが、所謂奥の手のような位置付けの魔法だろう。これも割りと範囲があるので、今回は必要ない。
「そうですか? 私は意外に高威力でびっくりしちゃいましたけど」
「いざというときに魔法具にしか頼れぬなら、いざというとき用の魔法が入っていて当然じゃ。風切り程度なら普通じゃ。むしろ数打つように威力は押さえ目じゃな」
「そうなんですか。じゃあ、そんなに魔物って強いんですか?」
「ふむ、まあ、それなりに? 多分大丈夫じゃろ」
フェイは基本的に風刃一種類で、魔力マシマシぶったぎりしかしていない。強そうだなと思ったら魔力二倍、とかしてるので、あ、風刃で切れないとなったことがない。なので実のところ魔物がどの程度の切れ味で切れるのかも把握していない。
とりあえず自分がいるんだから大丈夫じゃねと言う非常に軽いノリである。
「わ、私大丈夫でしょうか? 私、実は日常でも全然魔法って使わないんですけど」
ノリノリだったアリーだったが、実際に攻撃魔法の試し撃ちをしてみて急に不安になってきたらしい。
そもそも実際に使ったことのない魔法具を持ってきて自信満々だったことにこそツッコミたいが、フェイもあまり言えないくらい最初から自信満々の素人だったので、そこはスルーする。
「発動には問題なかったし、大丈夫じゃろ。なぁに、わしがついておるんじゃ。安心せよ」
「はい!」
フェイが先ほどのアリーよりも自信満々に言うので、アリーも安心して頷いた。
と言うことで、改めて木々の奥へ進んでいく。フェイが前を歩き、アリーが後ろから長い杖の先端を時おり地面をはう根っこにぶつけながらついてくる。
アリーはへっぴり腰できょろきょろおどおどしている。ちょっと振り向いてその様子を見たフェイは、ふふっと笑った。
「そう縮こまることもあるまい。結界も回復もあるんじゃから」
「そ、それはでも、試したことありませんし」
「む? 回復は無理じゃが、結界も試したじゃろ」
「いえ、威力はわかりませんし」
「ふむ。まあ、とりあえずやってみればわかるじゃろ」
「はい……あの、さっきから魔物が全然いない気がするんですけど」
「うむ。わしら、魔力が多いから避けられてるんじゃよ」
「え?」
首をかしげるアリーに、フェイは眠り猿を探しつつも、魔物が魔力から逃げてしまうこと、なので自分はいつもは魔法結界を張っていることを説明する。
「そうなんですか。あれ、でもそれだと、私たちこのままじゃ魔物を見つけられませんよね。あ、もしかして、私も含めて結界を作ってくださってるんですか?」
「いや、眠り猿は魔力で逃げ出さんからの。結界を作らん方が、他の魔物を排除できて便利なんじゃ」
「へぇ。眠り猿だけは逃げないんですか?」
「他にも、強い魔物は逃げんこともあるが、まあ、積極的にやってくることもないの。見かけても無視すればよい」
「案外、安全なんでしょうか?」
「魔物はこちらが縄張りに入らん限り、意味もなく襲ってくることはないの。気づかぬうちに入ってしまうことはあるんじゃけど、この辺りでは向こうが先にこちらに気づいてくれるゆえに、他所よりは安全のように思うぞ」
魔物も人間に気づかずに、思わぬ接近をすると襲ってくることが多い。肉食の魔物も、わざわざ人間を狙うと言うのはそれほど多くない。もちろんそれもあるにはあるので、油断は禁物だ。
しかしこの辺りでは魔物は魔力を関知して、人間が近づくのを先に気づいて警戒して離れてくれる。その為、ただ歩いて通りすぎる分には、それほどびくびくしなくてもよい。
と言っても、それはあくまでこの二人だからだ。二人の魔力は他の人間に比べても多く、魔物が関知しやすく、かつその魔力量からより警戒して逃げ出すのだ。
他の普通の魔法使いでは、これほど魔力がないし、魔物も逃げずに遭遇してしまうことはよくあるのだ。しかしアリーは一人できても同じ結果になるのだから、嘘と言うこともない。
へぇと感心して相づちをうつアリーに、フェイは満足げに頷いて、顔をあげておっと声をあげた。アリーを振り向きながら前方の木の上を指差す。
「アリー、おったぞ」
「へ? えっと、え? どこですか?」
「ほれ、上の方じゃ」
真ん前やや右よりの、そうそうそのコブのある木の、上の方のーとフェイが説明をして、アリーは眉を寄せて睨み付けるも、枝葉が邪魔をして他のものは何も見えない。
アリーは焦りながらも首をかしげる。全然見えない。保護色とも聞いていないし、そもそも上から五番目の枝も何も、下から五番目の枝がどれかすらわからない。いくらなんでも、フェイの目がおかしいだろう。
「んー? ええ? もしかしてフェイさん、視力まで魔法で何かしてません?」
「ん? それはまあ、身体強化はしておるが」
「身体強化? それは目もよくなるんですか?」
「まぁの」
「それです! 私にも教えてください!」
魔法をかけてくれ、と言うより、教えてくれ! と言うのは自力でやろうとしていて、その心意気は非常に結構である。結構であるが、依頼中に言われても、教えるのは手間だ。だいたいまだ魔力操作の訓練中の癖に気が早すぎる。
と言ってもフェイとしても、もっともっと色んな魔法を知りたいやりたいと言う気持ちは理解できる。それもまた今度まとめて教えるとして、とりあえず手をとって魔法をかけてやる。
「ん? あれ? 何か変わりました?」
「うむ。変わっておる。目を凝らして見てみよ」
「はいっ。えっと……あ! 見えた! 見えました!」
「うむ。ではそこに、風切りで攻撃、はできんのじゃったな。距離があるゆえに。よし。ではもっと近づくぞ」
「は、はい。空を飛んでですね!」
「うむ」
繋いだままの手を強く握り、ゆっくりと上昇する。結界が枝葉を押し退けてばさばさ揺らすが、眠り猿は一度ちらりと目をあけてこちらを見たが、また目を閉じた。警戒心がなさすぎる。
そっと適当に離れた別の枝に足をつけて結界を解除し、アリーを振り向いて促す。
「さあ、攻撃じゃ」
「う、ちょっ、ちょっと待ってください。こ、ここで攻撃するんですか? 危なくないですか?」
「む? 何が危ないんじゃ? よいから早くせい」
「は、はいっ」
フェイに急かされ、アリーは慌てて杖を構えて魔力を込めた。
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