168 アリーとの休日
「おはようございます!」
「うむ。おはよう。待たせたの」
待ち合わせ場所に向かうとアリーが先についていて、近寄るフェイに気づいて元気よく挨拶してきた。鷹揚に手をあげてフェイは挨拶を返す。
アリーはオレンジ色のフード付きポンチョを来ていて、フードを被っているので特徴的な赤い髪はぱっと目に入らない。
声をかけられるまでフェイはアリーがいることに気づかなかったので、先に気づいてくれて助かった。
「全然! えっと、今来たところです! えへへ」
テンション高く、アリーからもちょこちょことフェイに近寄ってくれて合流だ。
今日はアリーがこの街を一通り案内してくれる約束になっている。
アリーは友達とのお出かけ!と言うことで頬を紅潮させている。元々の顔立ちが整っているアリーはますます可愛らしくなっていて、人の容姿に無関心なことの多いフェイでも何だか見ていて嬉しくなる笑顔だった。
「私も、実はそんなに遠出はしないので近くしか知りませんけど、お母さんたちにも色々聞いてきましたので、安心してくださいねっ」
「そうか。そこまでしてもらってすまんの。では頼む」
アリーはうふふと淑やかに微笑んで、それから雰囲気を一変させるように、両手をぎゅっと握って気合いをいれて、フェイを先導するように元気よく歩き出す。
「まずはですね、最初にウィンクリーン様が降臨された場所の、博物館です」
「ほぅ、神についての博物館とな? 興味深いの」
博物館とは特定のものに対して集められた物、資料などをまとめて展示する施設だ。美術的なものや歴史、文化についての博物館が存在することは知識として知っていたが、神についてとは聞き覚えもない。
そもそも博物館自体がそうあちこちにあるものではない。かつて立ち寄った街に金持ちが道楽で集めた絵を展示する博物館があったが、料金も高く特に興味もなかったので無視していた。
しかしアリーが勧めてくれて、かつ神についてと言うなら興味はある。神はフェイにとってもっとも身近な偉大なものでありながら、しかし実のところ直接的によく知るわけでもない。
博物館としていったい何があるのかすら、予想がつかない。
「他所は知りませんが、うちはウィンクリーン様がずっとこの地におられますから、資料や品が多いんです。恥ずかしながらうちが関わるものも多いのですが、昔のものも多くて、ウィンクリーン様の信徒でなくても楽しめると思います」
「ふむ。楽しみにしよう」
「はい。こちらです」
アリーに連れられ、博物館へ向かう。博物館は大通りから離れていて、閑静な住宅街を抜けて静かな丘をあがったところにあった。
途中でアリーから説明があった。なんでも教会が博物館を運営していて、神への理解を深めてもらいたいがためで、万が一のための保険料以外は無料とのことだ。
ただしその保険料が10万円で、いかに熱心な信徒でも何度も行くことはない。と言うか、保険料は帰る際に返してもらえるのだが、それほどの価値のある神々ゆかりの品に何度もお目にかかるなんて恐れ多いと言う意見らしい。
なお、今回はアリー(巫女様)がいるので保険料はとられないらしい。価値があるとされている品の殆どがアリーさん家からの寄付だからだそうだ。
その説明を聞いていたら段々興味が失せてきたフェイだったが、結構な距離を歩いたし、ここまで来たらやめる方が面倒だ。
意を決して博物館に入る。受付にすぐ声をかけられた。
「巫女様!?」
「お疲れさまです。今日は個人的に、お友達を案内してるだけですので、できれば普通に……」
「! はいっ、も、申し訳ございませんっ。ではごゆっくりどうぞ!」
慌てて受付台の中から出てこようとした男性だが、しーっとジェスチャーするアリーに慌てて定位置に戻ると、元気よく送り出してくれた。
全く普通ではない声の大きさだったが、幸いと言っていいのか他の利用者は影も形もないので問題ない。
「すみません、フェイさん。教会関係者の方には特に顔を知られているので。普通は、髪さえ隠せば気づかれませんからっ」
ねっ!と申し訳なさそうに言うアリー。
何でもこの国では赤い髪は珍しく、それだけでバレてしまうが、そうそう顔を見せることもないので、髪さえ隠せばばれないとのこと。
言われてみれば、赤い髪は他に見ない。他国では何度か見たことがある色なので特に気にかけていなかった。
せっかく綺麗な髪の毛で、いい天気なのに隠しているなとは思ったのだ。
大騒ぎになったならともかく、別にフェイが邪険にされるわけでもなければアリーが巫女様巫女様言われてても気にならないフェイはふーんと頷いた。
そんな淡白なフェイの反応に、アリーはむしろちょっと嬉しそうにはにかんで、改めて中を案内した。
「この絵は、最初にウィンクリーン様が降臨された時を描いています。こっちの自画像は凄いでしょう? この髪の毛のあたりが特にリアルで評判がいいんですよ」
「この本は最初の巫女様が残された日記です。個人的には、いつか私の日記も展示されるのかと思うと、日記書くのが嫌になりますね」
「この辺りの魔法具は、ウィンクリーン様のご助言の元つくられたものです。今では改良品が出回っているのですが、最初に作られた試作品はこうして飾られています」
「これは凄いですよ! 初代から受け継がれている杖です。現役の私でも儀式の際にしか触れないんです」
「こっちは歴代巫女服のレプリカです。昔のはやっぱりちょっと可愛くないですよね」
神に関わる、と言うよりもやや巫女に関わるようなものが多いが、ありとあらゆるものが古くから集められている。
どれもそれなりに興味深い。絵は綺麗だなー上手いなーとしか言えないが嫌いではないし、巫女様も服装の歴史や流行りが感じられて面白い。
そして何より、魔法具だ。
そこら中に魔法具で溢れているため、逆にまだ魔法具の店は行ってなかった。え、そんなことまで魔法具にするの? 効率悪くない? みたいなものや、この魔法具の魔法陣めちゃくちゃじゃない? みたいなのも結構あった。
そう言うのは正規品の店ではあり得ないものだし、これだけでも来た甲斐があると言うものだ。
フェイがどれも興味深くふんふんと聞くので、アリーがノリノリで裏話までしてくれた。でも宗教画が流行ってインク工房が乱立した戦国インク時代とかまで説明してくれなくていいです。いや、それはそれで面白いけど。
きゃっきゃと話すこと二時間かけて博物館を満喫した二人は、お昼も過ぎてぺこぺこになったお腹を撫でながら、競うように街中へ戻った。
「お昼は何か決めておるのか?」
「はいっ。お勧めのお店があるんですよ。お値段もお手頃です」
「ほう、大金持ちの巫女様にしては意外じゃの」
「もうっ。意地悪言わないでくださいよぅ。普通ですって」
二時間に及ぶテンション高めの博物館ツアーにより、二人は軽口を叩く程度には打ち解けた。名実ともに友達となったフェイとアリーはわいわいしながら、お勧めの店に行く。
大通りから二本外れた住宅地の中にぽつんとある店だが、入り口の前には三人並んでいる。お昼のピークを少し過ぎていてなお並んでいるのだから、そうとう味がいいのだろう。
フェイは無意識に唇をなめながら列に並び、隣のアリーに声をかける。
「このようなところに店があるとはな。アリーはよく来ておるのか?」
「よくってほどではありませんけど、たまに。私、ここのコーンスープが大好きなんです」
「ほう。スープか。普段はメインばかりで、スープには気を配ったことはないが、そこまで言われると気になるのぅ」
何を食べようかなぁと話していると、前に並んでいる男性がちらりと顔半分振り向いた。うるさかったかな?と思った瞬間、ぱっと男性が勢いよく体ごと振り向く。
「そ、みっ、巫女様ではありませんかっ!?」
「む?」
「あっ、えっと」
アリーが髪を隠していると言っても、フードを被っているだけだ。年齢なりの背の低さもあり、人混みのなかでは人からそうそう見られることはないと油断していたが、近くで普通に顔を見ようとすれば見えてしまう。
今まで指摘されなかったのでアリーは問題ない変装だと思っているが、実のところ利用しているお店では当然顔を合わせる店員の殆ど全て気づかれている。しかしそこは客商売だ。まして尊敬すべき巫女様が隠しているものを暴くものはいない。
そこでこのおっさんである。全く空気も読まずに大きな声をかけてきた。アリーは完全に巫女様オフな気持ちだったので、とっさになんと言えばいいのか言葉が出ずに濁した。
フェイはぱっとおっさんの視線を遮るように右手をあげて、アリーを庇うように前に出た。おっさんの言葉にさらに前にいた客まで振り向いたので、聞こえるように声をあげる。
「これはわしの妹じゃ。巫女様とやらではないぞ」
「えっ? あれ? でも赤い髪に見えたんだが」
「よく見よ。光の加減で赤く見えることもあるが、オレンジ色じゃよ」
言いながら振り向いて、驚いているアリーのフードを下ろした。あっと声をあげて、フードを押さえようとするアリーよりも早くフードがおりて、髪が露になる。
「おお、確かに。見間違いか。騒がせてすまんな」
その髪は確かに赤と言うには明るすぎる、オレンジ色をしていて、おっさんは頭をかいて謝罪しながら前を向き直した。なぁんだと前の二人も向き直り、ちょうど一人が店から出てきて、先頭の一人が中へ入った。
「あ、あれ?」
アリーはおっさんの反応に首をかしげながら自分の髪をつまみ上げて、目を丸くしてフェイを見上げた。
アリーの髪はどんなに光をあてようがオレンジと見間違うことのない、はっきりした赤色だ。そのはずなのに、どう見ても手の中の髪はオレンジになっていた。
「魔法で誤魔化しただけじゃ。詳しくは後での」
「あ、はいっ」
とりあえずご飯食べるまではこのままでと言うフェイの提案に、アリーは訳がわからないながらも、このままアリーとしての休日が続くことに笑顔で応えた。
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