145 海水浴
いちゃいちゃして、リュドミラへの嫉妬を忘れたところで、話題は魔法使いの国へとシフトしていった。
マクシムの話では、魔法使いの国は向こうの大陸、アーノル大陸の港町、トウデイよりもさらに遠く、野を超え山を越えて国を超えたところに、魔法使いの国と呼ばれるマーギナル国があるらしい。
魔法が発展しており、他所よりもずいぶん進んだ魔道具が多いようで、魔法使いの国を出る人間は少ないらしく、逆に魔法使い以外が生活するにはやや不便なため、旅商人以外であまり行き来している人はいないらしい。
まず、大陸に名前があると言うところからリナは驚いた。当たり前に過ごしているこの大地に名前が付いているなんて、何だか変な感じだ。
フェイとしては街や村に名前がついてるし、島にも名前があるのだから当たり前じゃね?と言う感じだが。
「でもそんなに離れているなら、マクシムさんが会ったって言う魔法使いは、そんなにすごい人じゃなかったのかも知れないわね」
「うむ。そうじゃのぅ私の知らぬ魔法もあるかも知れんし、楽しみじゃ」
「それはそうと、マクシムさん、おかしいくらいに魔法好きだったわよね。リディアの態度から無駄に警戒してたのが、馬鹿みたいよね」
「うむ。初期のアーロンのようじゃった」
マクシムの瞳のきらめきは、どこかの宮廷(笑)を彷彿とさせるほどだ。しかし(笑)とは違い、マクシムには魔法を習得してやろう、フェイを利用してのしあがろうなどと言う野心はなく、純粋に見たいだけだ。その分素直に好感がもてる。
「う、アーロンのことは忘れましょ。って、そうだ。私思ったんだけど」
「なんじゃ? 意味ありげな言い方じゃの」
「そう? 意図してないけど。あのね、マクシムさんって、ベアトリスの好みど真ん中じゃない?」
「む? ……確かに、言われてみれば、体格のよい眼鏡じゃし、そうかも知れんの」
フェイはあまり関わりがなかったので、ベアトリスの叔父であるへルマンの顔は覚えていないが、ベアトリスの好み=筋肉眼鏡だったことはざっくり覚えていた。
「でしょ! ……残念ね。知らせても、さすがにすぐ来れないし」
「うむ。まあ、叔父がおるんじゃし、よかろう」
「そうかもしれないけど、叔父とか私からしたら、血縁だしほんと、ないわーって感じだわ」
「そうかの? 別に私は血が繋がっていても気にならんが」
「え、そうなの?」
「うむ。じゃって元々、人はみな神からつくられた兄弟じゃったわけじゃし」
「ああ……うん、まあ、規模を大きくすれば、みんなどこかで血縁みたいなものだけど。まあ、うん」
フェイを普通の感性ではかってはいけないな、と改めて確信したリナ。そもそもリナと恋人になるのに抵抗がないのも神様のおかげだし、その辺りはつっこまない。むしろ神様ありがとう。
でも気になるのが、フェイ以外にも世のシスターなどはみなこのような価値観なのか、と言う方が気になる。さすがに聞けないが。
「まあ、とりあえずマクシムさんは無害だし、来年にはもう、向こうの大陸についてるだろうし、問題ないわね」
「うむ。何があるかのぅ。考えただけで、わくわくするの」
「フェイみたいに、みんな魔法使いなら、空飛ぶ馬車とかもあるのかしら」
「おお、いかにもありそうじゃのう。じゃけど、そうなると馬自体がいらんじゃろう。御者が飛行魔法をかける、とかかのぅ」
「あ、そっか。うーん、でもそれだと、馬車自体いらないとか?」
「いや、飛行魔法も疲れるし、あったほうが便利じゃよ。あとなんじゃろう」
「うーん、食べれる家とか?」
「な、なんと……? リナは、普通では考えられないような発想をするの」
「え、そう?」
家なんて絶対必要なものを食べてどうすると言うのか。食べれる素材でつくったとして、食べたら強度が下がるから住めない。非常食とするにしても、表面は雨風にうたれて内部は埃がたまることを考えたら、家全体を食べれるように保つとか、魔力効率が悪すぎる。
なまじ魔法の知識があるだけに考え付かない、メルヘンなリナの意見に驚愕しつつ、二人してあれやこれやと妄想を膨らませた。
○
日々を過ごしていると、一ヶ月はあっという間だ。もうすぐ出航となるある晴れた日、とうとう海が解禁された。
「とうとう海に入れるんじゃなっ」
「ええ、そうね。って、フェイ? まさかその格好で行くんじゃないわよね?」
明日は海開きだよ! 一緒に海で遊ぼう! 濡れてもよくて水の抵抗が少ない薄着で来てね! と言ういつになくテンションの高いリュドミラのお誘いに、喜んで頷いた二人。
翌日である今日は朝御飯を食べてすぐ、約束のお昼過ぎまで待ちきれずにフェイはいそいそとお着替えを済ませた。
済ませたのはいいのだが、リナチェックが入った。
「そうじゃが?」
「そうじゃが、じゃないわよ。薄着にもほどがあるわ。ほら、胸があることがわかっちゃうわ」
「もむでない」
ほら、と言いながらフェイの胸元を撫で回すリナの右手を振り払い、フェイはうーむと自分の胸元に手を当てる。
以前は膨らみがわからないようにさらしを巻いていたが、体に悪いと言うリナの主張により布製の胸当ての下着をつけている。それでも冒険者の格好は厚着だし、革製の胸当てをつけたり、何よりいつも遺品のケープを身に付けているので、胸の有無の判別は難しい。
そのおかげで男だと言う嘘は見破られないが、今日は水浴びと言うことでケープを来ていないし、胸当てもつけていない。
これでは胸に気づくなと言う方が難しい。さらしにより締め付けられず、正常に育ってきている乳房は明確に衣服の胸元を押し上げている。
「むう……確かに、以前より大きくなっているようじゃ」
「……」
リナは何も聞かなかったことにした。触る分には大きい方がよいと開き直ってはいても、平時には複雑な境地にならざるを得ないので、リナのプライドをずたずたにする事実はなかったことにする。
「では、前のようにさらしをまけばよいか?」
「そうね。あと、さらしが見えても駄目だから、服もめくれないように、ズボンにいれて、ベルトして」
フェイの服を直させて、リナも同じように服を着る。同じようにと言っても、別にさらしはまかないが。
「うん、こんなものね」
「うむ」
リナにしっかりさらしを巻いてもらって、目立たないようにした胸元を撫で下ろして頷いたフェイは、ふと首をかしげる。
顔をあげて視界に入ったリナ。いつも通りだが、そう言えば自分は四苦八苦して胸を押さえたが、リナは何もしていないのにあんまり胸が目立たないな、と。
「リナの胸元はすっきりしていてよいの」
「え? なんですって? よく聞こえなかったわ」
なので褒めたのだが、リナはにっこり微笑んで聞き返した。
「む? じゃから、リナは胸が」
「え? なんですって? よく聞こえなかったわ」
リナはにっこり微笑んで聞き返した。
何か、鬼気迫るものを感じて、フェイは口を閉ざした。すっきりして可愛らしいリナの胸元は、押し潰さなくていいし、フェイは本心からいいなと思ったのだが、反応が芳しくない。
「……い、いや、何も言っておらんよ?」
「そう。よかったわ」
「うむ」
ガブリエルは妙に胸の大きさを気にしていたが、ひょっとしてリナも気にしているのかも知れない。フェイはなかったことにした。
「では、さっそく行こうではないか!」
約束の時間までは早いが、先に海に入らなければ問題ないだろう。外でお昼を食べながらのんびりいくことにした。
気温的に問題はないとは言え半袖半ズボンの軽装だと、時期的にあ、あいつもう海に行く格好してる!とか思われたりしないかな、ちょっと恥ずかしくないかな?と少し心配していたリナだったが、外に出ると何の心配もなかったことがわかった。
と言うか元々、今の二人程度の薄着が珍しくないこの街だ。薄着の概念が違った。具体的に言うと、宿を出てすぐに見かける通行人の、海方向へ向かう人の殆どが下着姿のような薄着で道を歩いていた。
ひどいと、正真正銘の下着であるパンツ一枚で裸足の男性までいた。捕まってもおかしくない。
「こ、これは……逆に私たち、浮きそうね」
「そうかも知れんが、リナはあんな格好してはいかんぞ」
「え?」
例え全員が全裸でも、絶対あんなレベルの薄着に着替える気なんてないが、フェイが名指しで禁止してくるので、リナはきょとんとしてフェイを振り向く。
フェイは憮然とした顔で、振り向くリナに眉をひそめた。
「なんじゃ、したかったのか? 駄目じゃ。わし以外に肌をさらすでない」
「……はい。わかりました」
「む? 何故敬語? そ、それほどしたかったのか?」
「違うわ。何となくよ」
正確に言うとちょっとときめいたからだが、さすがにこの場で明け透けに言うことはない。リナははにかんで流した。
「ほら、早く行きましょう。そうそう、お昼何食べるかも決めなきゃね」
「うむ」
お昼については、海が楽しみすぎて気もそぞろなフェイを連れて少し早めに、海の近くの食堂に入った。
昼食を終えて、真っ直ぐ海へ向かう。
「おお」
「これはまた、すごい人ね」
本日は海での危険期間がおわるとあって、たくさんの人が訪れていた。海の中にも砂浜にも多くの人がいる。わざわざ以前はなかった屋台も出ていて、お祭り騒ぎのようになっている。
「はぐれないよう、手を繋ぐとしよう」
「そうね」
さすがに人とぶつかりあってしまって、海までたどり着くまで難儀すると言うほどではないが、テンションがあがってきたので言い分けをして手を繋ぐ。
ちょっとだけ顔を見合わせて見つめあってから、海へ向かう。次の一歩で波が届く波打ち際まできて、む、とフェイは立ち止まる。
「リナ、みな裸足じゃけど、靴は脱いだ方がよいのかの?」
「え? あ、あー……まあ、持ってるのも面倒だし、はいててもいいでしょ」
「そうじゃの。では改めて」
「ええ」
一歩進んだ。




