143 船旅の予定
リュドミラの紹介で、叔父さんと会えることになった。
翌日の夕方、フェイとリナはリュドミラとリディアと共に、大航海商店を再び訪れていた。
「叔父さん!」
昨日話したのとは別の、赤毛の短髪で顎髭をはやした受け付けにいた男に、リュドミラが先頭きって声をかけた。
「やぁ、よく来たね、リュドミラ。リディアも」
「ども」
抱きついて挨拶したリュドミラと異なり、リディアは実に無愛想に、つまらなさそうに挨拶した。
「叔父さん、それでね、話してた魔法使いさんと、弓使いさんだよ」
リュドミラの紹介のもと、名前を交換する。叔父さんの名前はマクシム・アレヘン。神経質そうな丸眼鏡をつけているが、愛想のよい男だった。
「それで、夏の便に乗りたいって話だけどね、確かにまだ、内輪の枠は空いてるよ。だけど疑う訳じゃないが、本当に飛んでる鳥をばんばん打ち落とせるかな? 街中や森ならなら低いところにいるから可能だけど、特に海では高く飛んでいることも多いからね」
男はにこやかにそう言った。軽快な話し方から不快感を抱かせないが、要は役に立つのか疑っているわけだ。まあ、そうだろう。
「海ですから、さすがに水平線近くの鳥は無理ですけど、ここからなら……あそこの、赤い屋根までならできます」
マクシムの視線を受けて、リナは店舗からでて辺りを見回し、通りの向こうに見える三階建ての赤い屋根の住居を指差した。
海に近いこの辺りはよく鳥が屋根にとまっており、その中で確実に射れる範囲で最も遠い所をさした。無理をすれば、もう少し遠くでもできるが、三本に一本は外れる可能性がある。今回は試験なのだから百発百中の範囲で答えた。
「む? ほぅ、確かに、あそこまで離れていて、かつ飛んでる鳥を射れるなら大したものだね。航海中は鳥一匹でも御馳走だ」
マクシムは目を凝らして鳥を見てから、リナを振り向いてにこりと笑う。
「では、あの鳥を飛ばして、その飛んだ鳥を射られるかでテストしよう」
「わかりました。フェイ、射つから魚みたいに、拾って持ってきてくれる?」
「む? うむ、わかった」
リナはフェイにお願いしながら、背に負っていた弓を構えた。その行動にマクシムが声をかけるより早く、一本目が放たれた。
クエェッ
一匹目の胴体に羽ごと固定するように思いっきり突き刺さった。ぐらりと体勢を崩す一匹目に驚いて、止まっていた数十羽が飛び立とうとする瞬間に、さらにもう一本で二匹目。
飛び立った鳥を狙ってさらに一本。飛び立ってからが勝負なので、羽ばたき上空へ逃げようとするのをもう一本。
「こんなものかしら」
合計四匹、いずれも胴体の中央に羽を縫い付けるように刺さっていて、飛べない鳥はいずれも地に向かって落ちかけて、数メートル落下したところでフェイの結界で個別に受け止められていた。球体の結界に包まれた鳥はばたばたとうごめいている。
「うむ。では持ってくるぞー」
「ええ、お願い」
ここが草原なら多少適当に動かしても障害物はないし、当たっても草木程度なので問題ないが、ここは街中だ。複数の結界をそれぞれバラバラに動かして、もし屋根などにぶつかったら大変だ。フェイは慎重を期して、結界を一ヶ所にまとめてから、頭上高くに持ってきてゆっくりと、頭の上辺りまでおろした。
「ありがと。解除していいわよ」
「うむ」
リナがお礼をいいながら弓を定位置に戻す。フェイがぱっと全ての結界を解除したことで、鳥は全て重力に従い出す。それらが地面につくより早く、リナは右手で全ての首を一気につかみあげた。
普通なら、いくら首だけとは言えリナの手の上に並べても四匹分は収まらないのだが、勢いよく手のひらに当てることにより一時的に圧縮され、そのままリナが腕力に任せて握りしめているので可能となっている。
なので現在首だけまとめられていて、手のひらから下の鳥の体はぶつかりあい、勢いよく膨れているような不格好な見た目になっている。
「マクシムさん、こんな感じでどうでしょう?」
営業スマイルでリナが声をかけると、マクシムは驚愕に固まっていた顔からはっとして、右手で眼鏡のずれを直しながらぎこちなく微笑む。
「いやぁ、うん。すごいね。弓もね、十分過ぎるし、是非、のってほしいんだが。うん、今、鳥、飛んでたよね?」
「はい? えっと、飛ばした鳥を射るテストですよね?」
リナは首をかしげる。かつては驚いていたが、最近では当たり前にちょっと便利な見えない板くらいに思っており、ましてマクシムは魔法使いの国に行っているのだ。まさかしょっちゅう見てるだろう魔法にそれほど驚くとは思わず、マクシムが驚きすぎておかしな態度になっていることには全く気づいていない。
「そ、そうじゃなくて! 落ちた鳥が宙にとまって、すーっとここまできたよね? こ、こっちの彼の、魔法なのかい?」
「はい。そうです。ね?」
「うむ。まあ、わしはリナほど正確に鳥を打ち落とせるわけではないが、まあ、少しは役に立つぞ」
「少しなんてものじゃないわよ。マクシムさん、フェイがいればこうして、船の真上以外の鳥も狙えますし、効率が全然違いますよ。二人合わせてお役にたちますから」
フェイの謙遜に、本気にされてはたまらないと、リナはマクシムに二人とも乗せてくれと売り込みにかかる。
そんな勢い込んだリナに向かって、マクシムは右手で口元をおさえながら、左手をリナに向けてまぁまぁと落ち着かせながら、顎全体を右手で揉みながら視線を右上へそらして冷静になろうと努める。
「うん、えっとね。もちろん、合格だよ! 二人とも料金なんかいらないから、是非乗ってくれ!」
「え? いいんですか? 念のために言いますけど、鳥が近くにいないと難しいですし、物凄い数を確実にお約束できるとは限りませんよ?」
無料と言うなら嬉しいが、しかし過剰に期待されて、駄目でした→激怒→賠償金となってしまうのが恐い小心なリナは思わず尋ねる。無料より高いものはない。
そんなリナの態度に対して、マクシムはうんうんと頷き、目をキラキラさせてフェイへと視線を移す。
「もちろんだよ! もう鳥なんかとらなくてもいいから、もっと魔法を見せておくれ!」
「む? まぁ、見せるくらいは構わんが……向こうは魔法使いの国なんじゃろ? 向こうに行くお主らには珍しくないじゃろ?」
「う、まあ、会ったことはあるし、見たこともあるけど、本当に魔法使いばかりが住んでる国はもっと内陸にあってね。港町はこっちと殆ど変わらないんだ。数人魔法使いはいるけど、結構重要な仕事についてたりして、なかなか接点はないし、運よく酒場であってお願いしたりしても、やっぱり簡単なものしか見せてもらえないからね。物を動かす魔法も見たことはあるけど、一瞬で一回だけだったし……だから是非! 頼むよ!」
うじうじ言い訳するような低いトーンで説明してから、急にボルテージをあげてフェイに詰め寄るマクシムに、リュドミラもはっとしたようにマクシムの腕に全身で抱きつくようにつかみかかる。
「ず、ずるい! 私も! 私ももっと見たい! もっと飛びたい!」
「ええっ!? リュドミラ、もっとって、飛んだことが!?」
腕にくっついているリュドミラを思わず振り向くマクシムに、リュドミラは満面の笑みで得意気に頷く。
「うん! ふわってなったよ! ふわって!」
「うおおおっ! 是非! 是非頼みたい! お金なら払うから!」
「わ、わかった! わかったから顔が近い!」
「そうですよ、落ち着いてください」
「ぐおっ、す、すまない、つい」
嫌そうに顔をそむけるフェイに続いて、リナが唾がかかりそうなほど寄せてきたマクシムの額をぱんっと押し返した。ちょっと力が入ってしまったが、他意は少ししかない。
マクシムは頭を押されたことでたたらを踏んで数歩さがって、叩かれたような形になったおでこを撫でながら謝罪する。結構ひりひりするくらい痛いので、冷静になった。この魔法使い君は船に乗りさえするば半年一緒なのだ。まだ慌てる時間じゃない。
「フェイ君、だったね。すまないね、つい。魔法が好きなばかりに。もちろん船にはのっていいし、魔法も毎日ずっと見せろなんて言わないよ。何なら、回数と凄さに応じてお金を払ってもいい。いやいや、見世物にしようと言うんじゃないよ? そう、僕は魔法がいかに素晴らしいかを」
「あの、マクシムさん。別にお金はいりませんし、魔法を見せるのも構いませんよ」
話が長くなりそうなのでリナがぶったぎって許可を出す。フェイが大道芸の真似をするのも抵抗がないのは確認済みなので、魔法を見せるくらいなんてことない。
さすがに毎日毎時間となれば嫌になるかも知れないが、そこはこれから話していく部分だ。受ける受けないの会話はもうスキップしたい。
「本当かい!?」
「はい。ね?」
「うむ。乗せてもらう立場じゃからな。魔法で多少雑用をしろというならするし、それをお主が見て満足するなら、問題はない。教えてほしいとか言われると、ちと困るがの」
魔法に詳しくない人間に魔法を教えるのはもう懲りた。まして魔法を全く使えない人間を、これから使えるようにするなんて無理だ。そこは念押ししておこう。
それでいいなら、魔法を使うくらいはわけない。毎日違うのを見せろと言われたら多少困るが、マクシムの態度はあくまで下手に出ているし、無茶なことは言ってこないだろう。
魔法使い本人であるフェイの言葉に、マクシムはぱあっと、気持ち悪いくらいの笑顔になった。髭の生えた体格のよい立派な男が少年のように、眼鏡越しに瞳をきらつかせているのは、正直対応に困る。
「ありがとう! いやぁ! 航海が楽しみだ!」
「わ、私も! 私も船にのりたい!」
「!? リュドミラ! 馬鹿なことを言うんじゃないよ!」
リュドミラを説得したいリディアの眼力により、仕方ないのでフェイも説得に力を貸し、出航するまではリュドミラに色んな魔法を見せてあげる約束となった。
ともあれ、これで次の街への行程の目処がたった。




