130 突然の旅立ち
「フェイ、今日は何する?」
「そうじゃのー」
恋人となってから一ヶ月以上が経過し、季節は春へと向かおうとしていた。
あれからガブリエルやアンジェリーナらと一緒に依頼をこなすのが日常となっていた。ベアトリスは叔父の店を手伝うこともあるのでいたりいなかったり、週一でアーロンがやってきたりするが、概ね平和な日々を過ごしていた。
ベアトリスの恋を応援し隊はあれきり活動していないし、ベアトリスからの報告もないので放置である。
永住するつもりはないが、まだ行き先も決まっていない。まだ寒いときもあるし、問題さえなければまだしばらくこのまま此処で活動するつもりだった。そう、だった。ここで一つ、問題が起こった。
朝起きて宿を出て、フェイとリナが教会へ向かっていた時のことだ。妙にざわざわとした人だかりが、教会の前にできていた。
「何かしら」
「んー? ちと見てくる」
フェイは繋いでいたリナの手を離して、人だかりのなかにするすると入っていき、先頭から顔を付きだした。
何やら大仰な鎧をきた集団がいた。何人かは馬にのっている。街中でこんな集団で固まって教会の前にいるとか、何を考えているんだか。明らかに何らかの威圧的な意図を感じさせる。
フェイもなんとなーく嫌な感じだと思い、頭を引っ込めてリナの元へ戻って、リナの手をぎゅっと握る。
「リナー、なんじゃか人がいっぱいで塞がれておるし、今日は休みとしてデートせんか?」
「え、それはいいけど、何があったの? 気になるんだけど」
「よくわからんけど、格好いい鎧をきた集団が邪魔しておる」
「んー? そう、よくわからないけど、じゃあ、一回帰ってデートに」
「フェイ君!」
デートに行こっか(はぁと)と応えようとしたリナの声を遮るように、人混みの向こうからフェイの名前を呼ぶ声がした。
二人してちょっと嫌そうな顔をして振り向くと、人混みが割れて見覚えのあるロン毛男が手を伸ばすように近づいてきた。怪しげなローブ姿といい間違いなくアーロンである。
「なんじゃ、アーロン。わし、今忙しいんじゃけど」
「それはすまないね。だけど大事な話があるんだ! こっち来てこっち!」
「なんじゃよー」
リナと繋いでるのと逆の左手をつかんで、アーロンはフェイをぐいぐいひっぱって、先程の人混みの中へ連れようとする。
非力なアーロンの腕力は十分に振りきれる程度だったが、ここで拒否してもしつこそうなので、とりあえず話を聞いてやることにして、大人しくひっぱられてあげてリナと共に進む。
「隊長! お待たせしました!」
「おお、おせーよ。たくよぅ。宿くらい把握しとけっつーの」
人混みの奥、鎧集団の中へ連れられ、黒く大きな馬にのったこれまた黒い鎧をきた大男の前へ付きだされた。大男は偉そうにふんと鼻をならす。
アーロンはへらへら笑いながら申し訳ないとへこへこしていた。
「お前が、自称魔法使い、か?」
「……そうじゃが、なんなんじゃ、これは。アーロン。こやつは誰じゃ。説明せよ」
「まぁ落ち着けよ。お前、結界魔法が使えるんだって?」
「そうじゃが?」
答えるが早いか、大男が右手で埃を払うようにして腕を振り、大男の馬の隣に立っていた別の黒い鎧の男が、フェイに向かって勢いよく掴みかかってきた。
「!?」
今の会話もあり、とっさにフェイは握りっぱなしのリナの左手をひきながら、男に向かって手のひらを突きだして結界魔法を展開する。
がっと鈍い音がして、指先から思いっきり結界にぶつかった男は顔をしかめながら右手をひき、しかし足はひかずに左手で右腰にさしてあった脇差しを抜いて切りかかってきた。
当然フェイの結界で遮られるが、尋常ではない展開にフェイは警戒もあらわに、二重に結界を展開しなおして、リナの手を離して右手でリナの腰に手を回して抱き締め、指示をした大男を睨み付ける。
「なんのつもりじゃ!」
「悪い悪い。もういいぞ」
「はっ」
全く悪いと思っていない調子で大男は軽く手を振り、襲いかかってきた男をさげた。きびきびと剣をおさめて下がった男は、元の位置に戻ってからいてーと呟いて、左手で右手をさすった。親指と小指をのぞいた三本が突き指していた。ざまぁみろ。
「すまんな、アーロンからお前がすげーすげーって聞いてたから、ちょっと試した」
「いい迷惑じゃ」
「だろうな。で、説明してほしいんだったな。おい」
大男が左を振り向いて指示すると、さきほどの突き指男と反対側にいた黒鎧が、がしゃがしゃ鎧をならしながら馬にのせている荷物をさぐり、中からひっぱりだした紙に、そのまま何かを記入してからばばーんとフェイらに向けて開けた。
それを確認してから大男はきりっと表情をしめて、お腹に力をいれたいい声で高らかに宣言する。
「貴殿を宮廷魔法師として任命する」
「はあ? お主、何を言っておるんじゃ?」
広げられた紙にはたったいま書かれたフェイの名前があり、名指しで宮廷魔法師に任命すると書かれている。書かれているが意味がわからない。
「おいおい、かっこつけてんだから、あんま突っ込むなよ。そうそう、俺は第三軍第一師団、第二騎兵隊隊長、アレクサンドル・チェルノワだ」
「そうか。わしはフェイ・アトキンソンじゃ」
「……リアクションうすくね?」
自己紹介をされたので名乗り返したフェイだが、アレクサンドルはそれなりに位の高い騎士であると名乗ったのに普通に返されたことで半笑いで肩をすくめた。
「む? そうか? ともかく、意味のわからぬことを言うな。わしがいつ、その宮廷魔法師になりたいと申したか」
長ったらしい名乗りだったので頭を素通りしたフェイは軍とか興味ないし、そもそもアーロン関係なら本当に軍かすら怪しいと思っているので、軽く流した。そんなフェイの態度に、アレクサンドルは苦笑する。
自分に自信のある若い冒険者には、フェイのように軍属であっても態度を変えないやつは一定数いる。フェイもそうなのだろう、とアレクサンドルは流しているがわりと失礼な態度だ。
「申してねーけど、お前の話を聞いてな。それほどの腕なら見てやろうってな。合格だ」
「じゃから、望んでおらんて」
「お前が望もうが関係ねーよ。結界なんて使えるほどの魔法師、野放しにできるわけねーだろ。強制だ。なに、心配すんなよ。衣食住はもちろん、給金だってはずんでやるよ。その隣の、お前の女か? 冒険者なんてやめて、定職について家庭もたせてやれよ」
「わしらのことに口出しするでない。と言うか、強制じゃと?」
「おう。もし嫌だっても、逃がさねーぜ?」
にやりとアレクサンドルは笑う。きつい目付きとあわさってまるで肉食獣が獲物を狙ってるかのようだ。
「ふむ、 リナ」
「あ、え、な、なに?」
フェイとアレクサンドルの会話をじっと聞いていたリナは、突然フェイが自分を向いて名前を呼ぶので慌てつつも返事をする。
「わしに付き合ってくれるな?」
「! も、もちろん!」
リナの返事にフェイはうむと微笑んで、アレクサンドルより少し離れているが視界内にずっといたアーロンに目をやる。
「そうか。アーロン、とりあえずこの街を出る必要があるじゃろうが、当然、ガブリエルらに挨拶して荷物をまとめるくらいの猶予はもらえるのじゃろうな?」
「フェイ君! わかってくれたんだね! 隊長!」
ずっとそわそわしていたアーロンがぱあっと笑顔になって、アレクサンドルを振り向く。アレクサンドルはにやついたまま右手でアゴヒゲを撫でながら頷く。
「ああ、そりゃな。俺らはなにも人さらいじゃねーんだから。ただし、逃げられたら面倒だ。後ろからついていかせてもらうぜ」
「好きにせい」
○
フェイとリナが見張りのアーロンを引き連れて教会に入ると、すぐにガブリエルやベアトリスらが来てくれた。表の大騒ぎのことだ。事態を察してくれたらしい。
「フェイ! お前、宮廷魔法師になるのかよ!?」
「聞いておったなら話は早い。わしらはこの街を出るでな。その挨拶じゃ」
「おう、そうだな。はぁ、しかし、急すぎてまじびびるわ。しかも、アーロンってほんとに宮廷魔法師だったんだな」
「そうじゃな。わしもずっと嘘じゃろうと思っておった」
「あ、あはは、酷いな」
「でもでも、じきじきのスカウトなんてすっごいじゃん! エメリナもやったね! 玉の輿じゃん!」
「そ、そうね」
二人が喜んでくれていると言う、その気持ちはありがたいがリナはまだ頭がついていかない。中央で宮廷魔法師になるなんて、予想外すぎる。そりゃフェイがいくならもちろんついていくが、ほんとに?
「急な話になるが、お主らには今まで世話になったの。また、いずれ会うときがあれば、よろしく頼む」
「そうね。ベアトリス、色々ありがとう。またいつかがあれば、よろしくね」
「うんうん!」
「頑張れよ!」
困惑しているリナだったが、それでもこれが最後と言うなら礼をかかすわけにもいかない。しっかりと挨拶をした。
5分ほどの立ち話であっさりと挨拶を済ませ、フェイとエメリナは教会をでて、鎧軍団と奇異の目をひきつけて宿へ戻る。さすがに部屋にまで入ってくることはなく、ドアの前にアーロンは待機している。
「全く、アーロンのせいで慌ただしいのう」
フェイは文句を言いながら、荷物を片付けている。リナも衣服を整理して鞄につめていく。そうして作業していると、徐々にリナも本当にここを出て行くのだと実感か出てきた。
そして中央へ行き、フェイは宮廷魔法師となるのだ。そこで問題となるのだが、リナはどうなるのか。
フェイはリナを連れていってくれるつもりだ。そして自惚れではなく、リナとフェイは一緒に暮らすことになるだろう。
宮廷魔法師となれば生活には困らないだろうし、フェイの性格からリナが一人で冒険を続けることは考えにくい。となれば冒険者をやめてリナも街で働き、家事をしてフェイのサポートをするのかも知れない。
(それって、もしかしなくても、ふ、夫婦みたいなものなんじゃ……)
あまりにもいきなりすぎる生活の転換だ。今後もフェイと冒険者をするつもりだったし、街中で働くより狩りをする方が性にあう。だから冒険者をやめるなんてのは老後の話だと思っていた。
だがそれが嫌かと言われたら、そうではない。こんな展開は予想外だが、確かにフェイほどの実力者ならおかしくない。逃げられないと言うなら、フェイが宮廷魔法師になるというなら、是非はない。リナはどこまでもフェイについていく。そう決めている。
「……フェイ、宮廷魔法師は、大変かも知れないけど、頑張りましょうね。私も、できるだけのことはするから」
リナは顔をあげて、これからの生活に思いを馳せながらフェイに声をかけた。フェイは顔をあげて首をかしげる。
「んあ? リナは何を言っておるんじゃ? 宮廷魔法師になんぞならんぞ」
「……へ? でもさっき、否定しなかったし、この街を出るって」
「うむ。街は出る。気は進まぬがな。しかし、宮廷魔法師になるとは言っておらん。アーロンの思い通りになる方が嫌じゃ。逃げるぞ」
フェイはよいしょと荷物を鞄にぎゅうぎゅうつめながら、何てことないようにそう言った。
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