123 恋人とは
恋人になって、数日が経過した。特に変わった点はない。知識のないフェイは当然として、恋人になったらやりたい憧れの10のことがあるリナも踏み出せずにいた。
もちろん、変わらないとは言っても、それは具体的なことであって、心理的には今までとは違う。例えば平気で手を繋いだり食べさせあっていたのに、照れが出てきてためらうようになった。好き好き言ってたのがなくなって、視線をそらすことも増えた。
悪い方に影響が出ているとすら思われるが、その実二人はそれなりに満足していた。
まずフェイがリナに今までの習慣で気軽に触れようとして、はっとしてリナの顔を見て見つめあう。照れて赤くなる。
そんなフェイの照れ顔にリナが盛り上がる。今まで無邪気だったフェイがリナを意識しているのだ。テンションはあがるに決まっている。だけどそれを表にだすのも恥ずかしく、にやにやしつつもリナも吊られて意識して赤くなる。
そんなリナの顔を見て、フェイもよりリナは可愛いなぁ!と思ってテンションがあがる。そんなフェイを見て以下略。
と言う(脳みそ)幸せなスパイラルを形成していた。
そんな調子なので、端から見ても二人は明らかに意識しあっているのはまるわかりだ。
最初こそ突っ込んで聞いたベアトリスだったが、フェイが盛大にのろけてお礼を言ったことでテンションは急降下。とりあえずノルマ達成として、以降突っ込みをいれることはない。
見てにやにやしたりからかうのはいいが、のろけられるのは嫌と言う我が儘なベアトリスだった。
「おい、フェイ。ベアトリスに聞いたぞ」
「ん? なんじゃ、ガブリエルか。何がじゃ?」
朝、いつものように依頼を受けようと教会に行くと、フェイを見かけたガブリエルは声をかけてきた。
「お前、エメリナと恋人になったんだって?」
「うむ。と言うわけじゃから、リナに声をかけるでないぞ」
「いや話の流れで声くらいはかけるかも知れんが、とりあえず俺がこの女を好きになることはひゃくぱーないから安心しろ」
フェイの隣には思いっきり本人がいると言うのに、右手の親指でリナをさして呆れ顔で失礼なことを言うガブリエル。
「む。何故じゃ? リナはこんなにも魅力的だと言うに」
「は? 人間的にはおいといて、胸ねーだろ。異性としてはねーよ」
「……そうか。まあ、惚れられるよりはよいか」
心情的に突っ込みたい部分はあったが、そうしてリナのいいところを広めてもいいことはない。無駄にリナに惚れる人間をつくるのは嫌なので、ガブリエルの発言はながすことにした。
隣で聞いていたリナは、ガブリエルに軽く扱われて話から無視されるのは別にいいが、さすがに今の発言には激おこである。
しかし会話に割り込んで怒るのはさすがにためらわれる。フェイとガブリエルが話しているのだし、それになによりガブリエルの好みじゃないこと自体はどうでもいい。問題はフェイの好みだ。黙って話の成り行きを見守ることにした。
「それはねーよ。つか、お前はこの胸でいいのか?」
「意味がわからん。リナはリナのままでよい」
よしきた。
まあ、子供は神が授けるのがデフォルトのフェイのことなので、もちろんそんな些細なことを気にしないと、リナはわかっていたが、それでも内心小さくガッツポーズをしたことは秘密だ。
「けっ。まぁいい。お前の奇特な趣味はともかく、そう言うことなら、まあ、後はお前の自由だ。好きにしろよ」
「む? う、うむ? 意味がよくわからぬが、まあ、好きなようにさせてもらうとしよう」
「よしっ、じゃあ、めでてーことだ。今日は一緒に依頼して、晩飯でも食おーぜ。俺の奢りだ。イチオシのとこ連れてってやるよ」
「うむ。よいな」
にかっと笑うガブリエルの提案に、それにはフェイも素直に頷く。失礼な男だが、リナにちょっかいをかけることはなく、めでたいことだと祝ってくれると言うなら断ることはない。気のいい男ではないか。フェイの中で好感度があがった。
笑顔を返すフェイに、おうとうなずき返してから、芝居がかった動作でフェイの隣のリナに対して手をつき出す。
「おっと、悪いがエメリナは遠慮してくれよ。男同士のことだからな」
「それはいいけど……フェイに変なこと吹き込まないでよ。ちゃんと、日が変わる前には帰してよ」
「心配性だな。おかんか」
「むう。リナはなしか……まあ、よいか」
リナと二人か、ガブリエルと二人ならどうやってもリナの勝ちだが、しかし単純にそんな問題でもない。リナとは別にいつだって二人きりだし、今だもじもじしてしまうし、たまにはガブリエルの顔を見て気持ちを切り替えるのもいいだろう。
「おしっ、んじゃ何する? 今日はカルロスとアンジェリーナだから5人なんだが」
「そうじゃのぅ」
フェイはふーむと右手で顎を撫でながら、依頼書が張られている壁へと近寄った。
○
「かんぱーい……」
「お主、大丈夫か? 別に、無理せんでもよいぞ? 自分の分くらいは払うぞ?」
「しゃらくせぇ。ガキが変な遠慮するんじゃねーよ」
本日の依頼は、一言で言えば失敗だ。散々な結果だった。
期間限定の春告げ蝶の確保だ。春告げと言う名前だが、まだ春ではない。冬の寒さにだけ適応しているため、春が来る前に土地を移動していく蝶で、この蝶がいなくなれば次期に春が来ると言う目安になる。
春告げ蝶はふわふわとだが、割合高いところを飛ぶ。その為、通常の方法では難しい。木に上り、網を投げて捕まえるのだ。
上空の強い風に耐えて長距離を飛べることからわかるように、春告げ蝶は虫にしてはかなり強く弾力があり、多少無茶な扱いをしても問題ない。
その網はガブリエルの家のもので、先日水鳥の時にも使用したものなのだが、ガブリエルが放り投げる際に枝に引っ掻けて破れた。フェイの魔法で予定数の蝶を確保できたのはいいが、ガブリエルは親へ網を弁償することを約束させられ、赤字なのだ。
共有して依頼をして、賃量を均等に分けているのだから弁償も共有してもよいと思ったのだが、それもガブリエル自身に却下された。
おかげで約束通り二人でガブリエルの案内により酒場に来て、一杯目を手に持つもまだガブリエルのテンションは低かった。
馬鹿なカッコつけたがりも大概だが、フェイの目には新鮮に映り、ガブリエルはいいやつと好感度をあげた。本日の好感度は確変激アツのようだ。
「ほれ。景気付けで、まずはいっぱい。かんぱいだぁっ」
「うむ、かんぱいっ」
やけくそのように声をあげたガブリエルにあわせてフェイも元気よく声をだし、二人はお酒が並々とはいったカップをぶつけてならし、口をつけて勢いよく飲んだ。
「ぷはーっ」
「……むーん。ふーむ」
ガブリエルと同じように飲み干したフェイだが、最初から度数の高いお酒を一気のみするのにまだ慣れていないフェイは、酔いがまわってくるのを制するため、鼻から勢いよく息をはきだした。
そんなフェイの様子に、呑みっぷりはいいがどうにも大人しいなとガブリエルは瓶をとってフェイに向ける。
「おいなんだよぅ。テンションひきーな。ほれ、もういっぱい」
「む、すまんの」
注がれるままフェイはもういっぱい飲み、口元をむにゃむにゃさせる。
「うーむ、酔いそうじゃ。食べ物はまだかの」
「もう来るって。おーい! 姉ちゃん! まだ飲みもんしか来てねーぞ! あとおかわり!」
「はーい!」
「んで、フェイ。改めて、 おめでとさん。つーか、今まで付き合ってねーことがびっくりだけどな」
ウェイターに声をかけてから、ガブリエルはにやにや笑いながらフェイのカップに自分のカップをぶつけながら話をきりだす。
「うむ。ありがとう。わし、リナのことをそのような意味で好きだと自覚しておらんかったからの。今回気づいて交際に至ったんじゃ」
「ガキかよ。いつからだっけ?」
「先日の、水鳥の日からじゃ」
「ほぅ。まだ一週間たってねぇな。でも週末挟んだし、もうやったか?」
「ん? 何をじゃ?」
「もったいぶんなよ。まあ、さすがにもうってことはないか。でもキスくらいはしてんだろ?」
「んんっ!? ま、まだじゃけど。キスは婚姻をしてからするものではないか?」
「はぁ? お前は恋する乙女かよ」
フェイがやや顔を赤くして首をかしげてした返答に、ガブリエルは呆れたようにぼやきながら、自分で手酌して二杯目を飲み干した。
「お待たせいたしました」
注文した料理とおかわりの酒瓶が運ばれてきた。それに手をだしながら、ガブリエルは口をひらく。
「お前なぁ、お前のが年下だし多少奥手なのはいいかも知れんが、キスくらい男からしとけよ。あんまり手ぇださねーのも失礼だろ」
「そ、そう言うものか?」
「当たり前だろ。エメリナも待ってんじゃね」
「そ、そうか。うむ。わし、幼い頃より山奥で育ったが故に、どうも世俗に疎くてのぅ」
「どーりで、しゃべり方おかしいもんな」
「それはほっといてくれ」
ちびちびとお酒を飲みつつも、フェイも料理をつまみながら、ガブリエルの物言いに神妙な顔でほうほうと頷く。
「しかし、そうか。そう言うものか。恥ずかしながら、恋人となって何をすべきか、よく知らんのじゃ。婚姻、夫婦、恋人と言ったものには、とんと縁がなくての」
「お前の両親は仲良くなかったのか?」
「ああ、気づいたときには、お爺様しかおらんかったしの」
あっけらかんと答えるフェイに、ガブリエルは気まずそうに眉をしかめ、さらにカップを空にして視線をそらした。
「……すまん」
「気にするでない。いや、気にしておるならちょうどよい。お主を見込んで、頼みたいことがあるのじゃが」
「ん? なんだなんだ?」
気まずさからの脱却とおだてられた喜びから上機嫌になったガブリエルはフェイに顔を寄せる。
「うむ。恋人について、一般的なことでよいから教えてほしいんじゃ」
「お、そんなことか。任せとけ。俺も恋人はいたことあるからな」
4年前に3ヶ月だけいた恋人のことだ。それきり恋人はいないのだが、一週間未満のフェイより先輩だと、何歳も年上のくせにえばるガブリエル。
しかしそんなことは知らないフェイは素直にガブリエルにきらきらした目を向けた。多分にアルコールがまわってることは否定できない。
「そうか! それは頼もしいの!」
「おうよ。ま、とりあえずはキスだな。女ってやつはムードに弱いからな。何となくそれっぽく物でもやってればオッケーよ」
「むーど?」
「ん? ああ、んー、なんつーかよー」
ガブリエルはさらに酒をあおりながら、酔った頭で何とか言葉を重ねようとするが、うまいこと言えない。
「ようは、二人っきりの時にそっと近寄ってプレゼントしてキスすればいいんだよ」
「プレゼントとは?」
「んん、そうだなぁ。あー、んー、まー、あれだ、花だ」
「花のぅ。じゃけど、告白の時に渡したしのぅ」
「じゃあ宝石だ。貴金属だな。金がないならなんでもいいからアクセサリーだ。そうだ。革製のなんてどうだ。あれ安くていいぞ」
「ふむふむ」
「それかうまい飯だな。食べ物は女好きだしな。お、これうまいな」
「これか? お、よいな」
「おう。なんならフェイもこの店使っていいぜ」
「なんでお主の許可がいるんじゃよ」
「いいからいいから。まあ飲めよ」
「うむ」
その後二人は飲み食いしながら食べ続け、日が変わるぎりぎり前に駆け込むように宿へ帰った。
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