120 告白
黙りこむフェイを見て、ベアトリスは計画通りにすすむ展開に笑みを隠せない。
リナに恋人を作らせたくないというなら、これは完全に脈ありである。そもそもあれだけくっついておいて脈なしならふざけんなと言う感じだが、ともかくこれで本人に自覚させるのも簡単だ。
後は男の子なんだから自分から言わなきゃとか焚き付ければ完璧だ。我ながら恋のキューピッドすぎると自分の口車に惚れ惚れする。
ちなみにガブリエルがリナの恋人になることは百パーセントない。なんなら千パーセントない。何故ならあいつは女は胸だと思っているから。
この間なんて
「しかしフェイ、あのエメリナのどこがいいんだろうな。あれ半分男みたいなもんだろ」
とか言ってたし。ベルカ人は比較的メリハリのある体型である傾向があるけど、だからってこの発言はない。ぼんきゅっぼんではない妹として、リナの友達として、きっちり殴っておいた。
それはともかく、エメリナのささやかな胸囲ではガブリエルの範囲内になることはないのは間違いない。ベアトリスとしても万が一でも可能性があることを話してしまうのは避けたいので、おっぱい星人の兄はこう言う話の時にだす例えの人物として鉄板である。
「フェイ、黙ってちゃ、わからないわよ?」
「う、うーっ、駄目じゃ! ガブリエルにはやらん!」
「ふーん、じゃあやっぱり、フェイがリナの恋人になりたいんじゃないの?」
「……」
唇をかみしめて、うつむいて黙るフェイにベアトリスはにやにやがとまらない。いじめている自覚はある。こうやって突っつくの大好き。フェイは顔が可愛いから、より楽しい。
「そこでまた黙る。例えばさ、リナとキスしたいなーとか、今まで思ったことないの?」
「きっ、キスなど」
かっ、と火がついたように真っ赤になるフェイ。
キス、接吻。その意味はもちろん知っているし、髪や額、頬に高祖父から親愛の情による口づけを受けたことはよくあった。だけどそれも幼い頃の話だ。
今ベアトリスが言うキスが、唇同士を合わせることをさしていることはわかっている。それは特別なことだ。そう易々としていいことではない。
そんなフェイの過剰な反応にベアトリスはからかう表情をもはや隠さないままさらに問いを重ねる。
「じゃあ、兄ちゃんとエメリナがしたらどう思う?」
「!? あ、あ、ありえん! ありえんわ!」
だが熱くなり、冷静さを失ったフェイはそんなベアトリスの様子には気づかず、机を叩いて立ち上がって否定した。
「もう一度だけ聞くわ。フェイは、エメリナのこと、好き? 恋人にしたい?」
「わ、わしは……」
ガブリエルとキスなんてしてほしくない。
今まで考えたこともなかった。だけど、もしリナが、誰か恋人をつくって、その誰かと家庭を作り、誰かとキスをすると言うなら、その相手は自分がいい。
二人きりの時にリナがたまにする、照れて赤くなった可愛くてたまらないあの顔を、他の人にむけてするなんて嫌だ。
リナとキスをしたことはないけど、きっとその時もリナはもっともっと可愛い顔をするのだろう。ならばこそ、その顔はフェイだけのものにしたい。
「そうか……」
フェイはようやく理解した。このリナへ向ける独占欲が、時々無性にリナを抱き締めたくなる気持ちが、言葉にしきれなかったリナへの想いが、恋であったと自覚した。
「わしは、リナに恋をしておる。ベアトリス、すまんがガブリエルには断っておいてくれ」
「ひゅー! かっこいー。いいよいいよ。てか兄ちゃんはあくまで例だから。別にエメリナのこと好きでもないから」
「なにっ、そうであったか。ならばよいのじゃが……では何故、ベアトリスは急にわしにこんなことを聞いてきたんじゃ?」
「ん、ああ。私、てっきり二人はとっくに付き合ってると思ってたからさぁ。だからエメリナに否定されてびっくりして、フェイはどう思ってるのか気になってたのよ。急にこんなこと聞いてごめんね」
にっこり笑って嘘をつくベアトリス。いくら相思相愛と判明したとはいえ、勝手に伝えてはいけない。それでは一番美味しいところが台無しになってしまう。
フェイは全く疑わずにそうか、と納得した。
「別に構わんよ。ところでベアトリス、一つ聞きたいのじゃが」
「ん、なに? いいよいいよ。何でも聞いて?」
ベアトリスとしてはフェイの気持ちも確定し、後はフェイを促してやれば、めでたくカップル成立だし、言うことない。今回もいい仕事をしてしまったとご満悦だ。
ご機嫌でフェイに質問を促した。
「恋をした場合はどうすればよいのじゃ?」
「へ? ああ、そうね。そりゃあもちろん、告白よ」
「具体的には?」
「そうねぇ、例えば花束を用意してサプライズでもいいし、デートに誘っていい雰囲気で、とかかな」
偉そうに指南しているベアトリスだが、恋人いない歴は年齢と同じである。告白の仕方なんて思いきり自分の願望である。
しかしフェイからすれば、気持ちに気づかせたベアトリスは百戦錬磨の恋愛の達人のように頼りになると思い込んでいる。ふむふむと真面目に頷いた。
「花束とは、具体的には?」
「え、そ、そうねぇ。花言葉とか入ってたら嬉しいかも。例えば緋色の薔薇だと灼熱の恋とかだけど、まあ、あんまりエメリナも詳しくなさそうだし。赤薔薇全体的に情熱とか愛情って意味合いがあるしいいんじゃないかな。あと形状でも意味が違うし、色々組み合わせても違うし、あ、そうそう。数でも意味が違うのよ」
「む、むう、難しいのじゃな」
「まぁ、伝わらないと意味ないけど、でもやっぱり気持ちをこめてほしいし。確か、1本だと一目惚れ、3本で愛してる、108本で結婚しよう、だったかな。さすがに108は多いし、3本が妥当ね」
もはや完全に自分がもらう体で話している。キューピッドばかりするベアトリスだが、実のところ自分が恋愛に興味があるからしていることであり、恋愛への憧れは人一倍あり拘りも多いのである。
「ふむ。わかった。そうしよう」
「ん? あれ、もしかしてすぐ告白しちゃう感じ?」
「うむ。のろのろしていて、リナが他の者を恋人にしては困るからの」
「それはそうだね! じゃあさっそく行こうか! 私の知り合いの花屋を紹介するよ!」
「おお! 何から何まですまんの!」
「どういたしまして!」
なんと、これ以上ないほど好都合。これは特等席で告白が見られるぞ、とベアトリスはほくそ笑んだ。
○
薔薇はベアトリスの好みの種類は季節から少しずれるが、今ちょうど咲いているものもある。ベアトリスの知っている花屋はそんな珍しい薔薇も栽培しているお店で、赤い薔薇を手にいれることができた。
フェイは少しだけ少ないと思われたが、結局ベアトリスの希望する3本だけを購入した。
「ちょっとばかり、わしの気持ちを表すには少ない気がするんじゃが」
「いいんだって、むしろフェイみたいな子が精一杯買った感じがいい。それで告白されたら、私もちょっときゅんとしちゃうかも」
「ふむ。そうか。ではさっそくリナを探すとしよう。ベアトリス、色々と助かった」
「いやいや、ここまで来たら最後まで付き合うよ。一緒に探そう!」
「そうか! では行こう!」
と言うわけでベアトリスも共にリナを探すことになった。
まずは宿屋だ。すでに帰っているかも知れない。と思ったのだが不在だった。宿屋から出るが、しかしどこへ向かおうか。今は午後のおやつの時間を過ぎたくらいだ。夕食時には戻ってくるだろうが、今のフェイは黙って待ってられない。
こうしている間にもリナがフェイ以外の人間に告白されては困る。無論、リナはそんなに軽々しく受けるような人間ではないが、万が一にもリナが一目で気に入るような人間が現れないとも限らない。
「フェイ、エメリナの行き先に心当たりとかないの?」
「うーむ、ないの。よし、とりあえず、走って探すとしよう」
「わー、無謀、無計画ぅ。まあいいや。とりあえず近くの商店街から行ってみよっか」
「うむ」
道行く人々を見ながら、回りのお店の中にいるかも見ながらなので、やや駆け足程度のスピードで二人はリナを探して進む。
そうして探すこと20分ほどで、リナが前方右側の衣類の店から姿を現した。
「リナ!!」
「! わ、びっくりした。ど、どうしたの、そんなに慌てて?」
フェイの大声にリナはびくっと肩を揺らして振り向き、こちらへ近寄る。それにフェイは駆け寄り、ばっとずっと大事に持っていた花をつき出した。
「え、な、なに?」
平日のまだ夕方にも早い時間、すごく人通りが多いと言うほどではないが、それでも商店街には夕食の買い物をしに来ているものもいて、それなりに人で賑わっている。
そんな中、突然大声をだして、花を付きだす少年に、人目が集まらない訳がない。最初の声で集まった視線は減らず、むしろ真剣なフェイの姿に徐々に増えていく。
そんな回りの様子にももちろん焦るが、しかしそれよりも、フェイの様子に戸惑ってしまう。
リナは花言葉なんて全然知らない。まして本数に意味があるなんてこと思いもしない。
だけど、そんなリナだって、必死の形相で、薔薇の花を差し出されて、それで何もおかしく思わないわけがない。もしかしてと、期待しない訳がない。
全くの予想外。心の準備なんかしていない。暇潰しに服屋を冷やかして、そろそろ帰ろうかなんて考えていて、気を抜きまくっていた。
フェイは顔を赤くして、リナを呼び止めて、花を差し出して、だけどすぐには続きを言わない。そんな意味ありげな間が、余計にリナの心臓を忙しくさせた。
「どっ、どうしたの、フェイ? は、花なんて、持ってさ」
「リナ、わし、わしのっ」
「は、はいっ」
他に勘違いしようがない。これは明らかに、告白以外にあり得ないではないか。夢に見たよりもあまりに唐突で都合がよすぎる展開に、頭がついていかない。
「わしっ…………やっぱり何でもない!」
「は、はいっ?」
しかし突然の手のひら返しに、もはやリナは意味がわからない。フェイはさらにリナに近寄り、その花束をリナに手渡す。突然のことに混乱しながらもリナはそれを受けとる。
「これはプレゼントじゃ! じゃ! わし忙しいから!」
「え、え?」
混乱さめぬリナを置いて、フェイはそれだけ言うと踵を返して駆け出した。
「……は、はい?」
「え、えーっと、エメリナ」
「はっ、ベアトリス!」
呆然とそれを見送るリナに、見ていられずにベアトリスが声をかけると、フェイのすぐ後ろにいたのに今気づいたリナがはっと目を見開く。
「あ、あなたね!? あなたフェイに何か余計なこと言ったでしょ!」
「いやー、まあ、言ったよ? 言ったけど、ここまでは予想外と言うか……」
「な、なんてことを。とにかく、さよなら!」
「え、ちょっ」
ベアトリスの相手なんかしていられない。とにかくフェイと話がしたいし、それにこんな晒し者状態は耐えられない!
今だ人々の好奇の目はなくなっていない。フェイよりさらに早く走り去るリナに、残されたベアトリスは所在なさげに頭をかいて、ごまかし笑いをしながら回りに頭をさげて、その場を逃げ出した。
○




