102 アーロンの依頼3
しばらくしてすぐに着替えをすましたビクトールがお茶を持ってきて、三人分を机に並べて出ていった。アーロンがふむふむと、ペンをとって大真面目にフェイの話を聞いて続きを続きをと促すので、フェイは気分よくべらべらと話した。
魔法とは奇跡であるがより魔法学的に説明するならば魔法は魔力を魔法陣により別のものへとその性質を変化させ、その結果現れる現象全般を総称したものだ。その変化により大きく6つの属性に分類されている。
光、闇、火、水、地、風がありそれぞれの魔法特性には相性がある。光と闇の性質は非常に似ており、ほぼ同一であるためどちらが優性と言うことはない。他4つの属性は特徴的な魔力特性のため、全く同一の魔力量を比較すると優性劣性ができる。
火は水に強く、水は地に強く、地は風に強く、風は火に強い。
あくまで魔力属性の優劣なので、魔法陣や魔力量によって異なり、人同士の魔法対決ではあまり影響は出ないが、一属性しかない魔物へ使う分には効果は大きい。
魔力は魔法陣により変換させる。魔法陣は文字と図形により法則性を持ち、魔力を変換させる。人間は基本的に全属性に対応を帯びた魔力であり、魔法として1属性のものを発現させるためには魔法陣により魔力属性をまとめる必要がある。
ここで重要なのは魔力属性を変換させるのではなく、あくまで魔力の内部から魔力属性をまとめていると言うことだ。例えば火の魔力属性を全く含まない魔力をいくら着火の魔法陣へ流しても、魔法は正しく発動せずしない。変換させる魔法陣も存在はしているが、非常に魔力効率が悪い。その為自然界の魔力を集める時には注意が必要だ。
最初はふんふんと横で聞いていたリナだが、このあたりから船を漕いでいた。薄暗く、地下のため停滞した空気は三人の存在とライトの灯り、そして香るお茶に暖められて、可愛らしいフェイの声が横できゃいきゃいなっているのだ。そりゃあ眠くなると言うものだ。
さらに続けてフェイは魔法の説明をしていて、魔法陣の構成へとうつっていくが、すでにリナの脳みそには届いていなかった。そうとは知らず、まあ知ったとしても教える相手はリナではないのだが、フェイはアーロンにお腹が減るまで講義を続けた。
「と、魔法の基礎はこのくらいじゃな。今いつ頃じゃ? 少し疲れたのじゃが。のう、リナ?」
フェイの呼ぶ声に唐突に意識が引き戻され、腕組をして下を向いて寝ていたリナは、はっと顔をあげてぱちぱちとまばたきをする。
姿勢が姿勢だけに熟睡とまではいっていなかった為すぐに目は覚ましたが、さすがに名前を呼ばれる前の部分は聞いていなかった。
「え、ええ。えと。そうね、その通りだわ」
なので適当に話を合わせることにした。
「そうだね。そろそろいい時間だし、ビクトールがお昼を用意してくれてるはずだ」
アーロンが立ち上がりながらそう促し、アーロンの返答からお昼の話かと察したリナはそしらぬ顔でフェイに合わせて立ち上がる。
アーロンを先頭に部屋を出て階段をあがる途中、上からやってきたビクトールと鉢合わせた。ちょうどビクトールは昼食の準備を終えて三人を呼びに来たところだったのだ。
「アーロンさん、ちょうどよかった。お昼できてますよ」
「ありがとう」
一階にあがり、食事を済ませる。午後の予定もフェイはアーロンが望むように話をしてやるつもりだ。殆ど一方的に話をしていたわけだが、フェイの中でアーロンの好感度はずいぶんあがっていた。
見た目はうさんくさいが、すごいすごいと褒められて、教えて教えてと乞うてきて、調子にのって話せば話すほど嬉しそうに興味深そうにメモをとっているのだから、これで気持ちよく感じない訳がない。
「んー、ずっと横にいても仕方ないし、私は帰るわ」
「なに!? それで一人で依頼に行こうと言うのではなかろうな?」
「ないない」
リナとしては元々すごく疑っていたわけでもないし、フェイなら何かあっても問題ないだろうし、興味本意でついてきただけだ。
リナはフェイの魔法講義は今までにもちょこちょこ聞いていたし、アンのこともあるのでなんとなく魔法については知っている。それに自分が魔法を使えないことがわかっているので、ぶっちゃけてそんなに魔法に興味があるわけでもない。ましてフェイがアーロンに話すのは基礎と言うことで、特に学問的なもので、聞いていて面白味もない。
なのでもう、素直に傷がなおるまでは街をぶらぶらしていたほうが楽だ。なんなら、街の中での依頼をこなしてもいい。軽作業なら傷に響くこともない。
「むー」
「信用ないわねぇ」
「そう言うわけじゃないんじゃが、しかしの。何もないと暇じゃろ? ついふらふらーと、してしまうのでないか?」
「じゃあこうしましょう。私、依頼をするわ。ただし、街の外にいかないやつをね。買い物代行とか、そのくらいならいいでしょ?」
「む」
フェイはすっかり依頼と言えば魔物のはびこる外へと行くものだと認識していたが、もちろんそんな訳はない。ごく普通に、街の中で行う雑用の依頼もある。それこそ今フェイがしているような魔法の教授だとか、家事手伝いだとか、荷物運びだとか、仕事の手伝いだとか、そう言うごく平凡なものも多くある。
怪我をしている右手を全く使わなくても強化されているので、片手より多くの物を持てるので、片手を全く使わないとするならそう言う単純な力仕事の方がいいかも知れない。
そう言う感じのことを提案すると、むーとフェイは唸ってから、そうじゃなぁと渋々ながらも納得した。
「確かにまあ、外にでんのなら、無理をすることもないじゃろうし、滅多なこともないの」
「そうそう」
「……ほんとに、無理をせんと約束してくれるか?」
「もちろん。そんなに心配なら、なんなら、フェイがアーロンさんとの仕事が終わるまで、街の中で過ごすわ。それならいい?」
「ふむ……まあ、それほどかからんとは思うが、ではそれでお願いしてもよいかの?」
「ええ。たまにはそう言うのもいいでしょ」
今までにも冒険者を始めたばかりの頃や、怪我をした時は街の中で依頼をしていた。ある程度なれてからは滅多なことはなかったので、かなりひさしぶりだ。
同じようなことももう無いよう気を引きしめるつもりだし、ならばこれ以降に街中の依頼をすることもやいかも知れない。たまにはのんびりするのもいいだろう。
そうして話がまとまったところで、何故かアーロンが嬉しそうに、きりっと表情をひきしめてエメリナに声をかける。
「フェイ君のことは任せてくれ。きちんと宿まで送ろう。信頼してくれて嬉しいよ、エメリナ君」
「いえ、別に信用はしたと言う訳じゃありませんから、送らないでください」
「そ、そう、か」
「いや、疑ってるってわけでもないですよ? ふつーです、ふつー。夕方に帰してもらえれば、街中で宿まで送るとかいりませんから」
アーロンが何かフェイにするのではないかとは基本的に思っていないし、できるとも思わない。個人的には二人きりにするのは嫌だなとは思うが、アーロンからすれば同姓で、純粋に魔法のことが知りたいだけなのは十分にわかった。
真剣な目をしているし、少なくともフェイの魔法を尊敬しているようにすら見えるので、危害を加えるとは思えない。百パーセント信頼できるとはもちろん思わないが、本人がいいと言っているのだから家庭教師をするのもいいだろう。そこまでリナが干渉する話でもない。
ただ宿まで送るとか、なんかやだ。宿を知られるのってなんかプライベートを知られるみたいだし、真面目なのはわかったが見た目がうさんくらいのはかわらないし。
「そう、だね。出過ぎたことを言ってすまない。まぁ、安心してくれ。きちんと約束通りの時間には終わらせるから」
何だか当たり前のようにアーロンからは保護者のように扱われている。そのように振る舞っているのは否定しないが、これでよいものか。リーダーはフェイなのに。
「うむ。夕食はいつも通り一緒じゃからな。リナこそ、遅れるでないぞ」
まあ、フェイが気にしていないようだしいいか。
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「へい、お嬢さん。よければ俺と一緒に依頼をしないか?」
「結構です」
「そう言わずに。今日はあのお坊っちゃんはいないみたいだし? いいだろう?」
「は? なんですか、あなた」
教会に入ると声をかけられ、無視して顔もむけないまま断ったのだがその後に続けられた言葉は聞き捨てできない。
お坊っちゃんとは明らかにフェイのことだ。今日リナを見かけたのではなく前から見ていたのか。まさかフェイが目当てなのか。
リナがちらっとガラが悪く睨み顔を向けてきたので、声をかけた男はたじろぎつつも笑顔を崩さずに言葉を続ける。
「ダビットだ。この間も話しただろ?」
「…………ああ、はいはい」
何のことはない。先日のナンパだ。前回と同じ時間帯と言うわけでもないのに捕まるとは運がない。興味をなくしたリナは相槌をうちながら、また視線をはずしてダビットを無視し、依頼書の部屋へ入る。
「おーい、無視するなって。一人より二人、だろ?」
「……今日は、街中の依頼をするつもりなんです」
「ほうほう。それならこれはどうだ? 夜間のウエイトレスの短期募集だ。値段もいいし、まかないつきで男もありの複数人オーケーだ。一緒に受けれるぜ?」
「受けません。何なんですか、この間もいいましたけど知らない人に付きまとわれても迷惑です」
「君、俺の好みにどストライクなんだ。恋人にしたい」
「お断りします」
「そう言うなよー。こっち来たばっかなら、恋人もいないだろ?」
「そう言うのも今はいいですから」
「友達からならいいだろ?」
「……進展する可能性はゼロですし、迷惑ですからやめてください」
「まあまあ、無理強いはしないけどさ。街中で依頼をするならなおさら、地元の俺とやって損はないと思うぜ。な?」
すごく迷惑だった。うっぜーとしか言いようがない。街中での依頼なんてそうそう変わったものを受けないかぎりどこも似たようなものだし、力仕事をするつもりなので人がいても足手まといだ。
「私、これを受けますから。あなたは他を当たってください」
「おいおいおい、それは普通の女の子がするようなもんじゃないって。内容をよく見ろよ」
リナが選んだのは鍛冶屋の補助だ。重い金属を運んだりと言った肉体労働の雑用だ。注意事項として50キロの荷物を片手で持てる腕力があり、熱さに耐性のある人限定と書かれている。その分わりはいい。
「見てますよ。肉体労働を受けようと思ってたんです。腕力には自信がありますから」
「ほんとに?」
「本当です」
「でもそれ、まじで過酷だぞ。なんせ火の前で作業するんだからな」
「んー……それもそうですね。ではこっちにします」
勢いでダビットがついてこなさそうなのを選んだが、よく考えたらリナとしても熱いのはごめんだ。リナは冷静に見直して、改めて別の依頼書を指し示した。
「それかよ。本当に肉体労働するのかよ。その細い腰で?」
「こ……腰は関係ないでしょ。気持ち悪い。いいから関わらないで」
「へいへい。嫌われたくねーし、今日のところは退散しますよ。またね」
何とかナンパを追い払うことに成功し、リナは荷物運びの依頼をこなすことに決めた。
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