100 アーロンの依頼
「じゃからぁ、よいってば」
「そう言うわけにもいかないわよ。完治を待ってたら、一週間はかかるんだから」
「それこそ、大人しくせんか」
「いや、あのね。血もとまってるんだから」
「駄目じゃって」
「フェイ一人になるじゃない」
「リナと組む前では珍しくなかったぞ」
「それでも心配なのよ」
「もー! 何で聞かんのじゃ!」
翌日、二人は宿を出てから珍しく言い争いをしていた。と言うのも安静にして街に残れと言うフェイと、平気だから一緒に依頼をしたいリナで意見が真っ二つなのだ。
宿を出る前から来るなと言うフェイに、まぁまぁ大丈夫だからとリナは着いてきて、道中も説得したが全く話は平行線のまま、教会までたどり着いてしまった。
「リナ! リーダー命令じゃ!」
「もちろんね、フェイが心配してくれてるのもわかるけど、本当に大したことないんだって」
一晩たってフェイの魔法による処置をやめたが、すでに血はとまっているし、動かせば痛いので繊細な動きが必要となる弓は難しいが、短剣を振るくらいならできる。ずっと握りこんでいる形ならそれほど痛みもない。なので依頼をするのには全く問題ないと言うのがリナの言い分だ。
リナの言い分は、実際のところ正しい。痛くて耐えられないならともかく、それほどの大怪我でもないのに休むことは普通の仕事でもそうない。まして怪我をして当たり前の冒険者においては、リナの判断が一般的だ。
「それでも、大事をとるにこしたことはないじゃろうが」
しかし一般的だからそれに従う理由もない。急いで稼がないといけないわけでもないし、フェイだけでも稼ぎは十分だ。フェイとしてはリナが怪我をしている以上、万が一傷が開いたりと考えると気が気ではないし、動かすだけ完治まで長引くのだから包帯がとれるまでは大人しくしていてほしい。
「うーん、フェイも頑固ねぇ」
「リナには言われたくないわ」
心配してるのに全然大人しくする気のないリナに、さすがにフェイもぷんぷんしてしまう。唇を尖らせ、不満だと全力で表明させるフェイに、しかし全くその怒りは伝わらない。リナからすればぷりぷりするフェイも可愛い等と言うふざけた感想しか出てこない。
「とにかく、大丈夫だから。簡単な依頼にしておきましょ。それならいいでしょ?」
「じゃけどなぁ」
「お、ようやく来たぜ。おーい、お前ら」
「む?」
教会に入ってもなお意見のまとまらない二人に声がかけられる。声の方向へ二人して顔を向けると、依頼書をはっている待合室のひとつからガブリエルが顔を出していた。
○
「やぁやぁ、フェイ、エメリナ、おひさー」
「久し振り、と言うほどではないじゃろ。おはよう、ベアトリス」
「おはよう。三人して私たちを待ってたみたいだけど、どうかしたの?」
教会にはガブリエルと妹ベアトリスに胡散臭い魔法師の三人がいた。
アーロンはいやににこにこしていて愛想がいいのだが、昨日も物腰は柔らかかったがそんなにこにこキャラではなかったので、より胡散臭く感じられた。
「アーロンが、会いたいから仲立ちしてってー。私と兄ちゃんは普通にこれからみんなと依頼だよー」
「僕とは昨日会ったばかりだし、胡散臭いだろうからね」
「つーか、俺らもアーロンと一日しかかわんねーけどな。ま、見た目から胡散臭いのはそうだけどな」
「ふぉ、フォローを頼みたくてお願いしたんだが」
「とにかく俺らも暇じゃねーし、アーロンもその仲間も怪しいやつじゃねーから、あとよろしく」
「じゃーねん、また今度依頼一緒にしよーね」
好き勝手に言うだけ言って、ガブリエルとベアトリスはアーロンを置いて元の待合室へ入っていく。開きっぱなしのドアの向こうにカルロス他数人と合流したのが見えた。振り向いたベアトリスが手をふって、見えない場所へ移動した。
「えっと、それでね。今日は少し君の魔法について話を聞かせてほしいんだけど。どうだろうか? もちろんただとは言わないし、時間をもらうだけ依頼をこなしたとして、報酬は払うつもりだよ」
「んー、まぁ、別に、話をするくらいは構わんのじゃが、わしから聞きたいことは特にないぞ。何が聞きたいんじゃ?」
下手に出るアーロンにフェイは右手の人差し指で頬をかいてから聞き返す。同時にそう言うことかと納得する。
あの程度の魔法で宮廷魔法師だとか偉そうにしていたアーロンだ。つまりフェイほどの魔法使いが現れたことで焦っているのだろう。魔法を教えてくれと言うことだろう。
「君の知る魔法についてだよ」
めんどくさ。とフェイは思ってそのままに顔をしかめた。
少しくらい教えたっていいし、今日はリナがついてくると言うので、いっそ依頼をやめてアーロンに付き合ってもいいと、そう言う気持ちにはなっていた。しかしアーロンの言いようでは魔法そのもの、知ってること全部と言うことだ。
今までにも教えたりしたことはないこともないが、しかし別にフェイは教えるのが得意と言うわけでもない。なにより、目的がなく大雑把に教えてと言われても、何から言えばいいのかわからない。
「頼むよ! 軽く触りだけでいいから!」
フェイのあからさまに面倒そうな、どうやって断ろうかと言わんばかりの表情に、アーロンはフェイに近寄り頭をさげて懇願してきた。うっとうしい。
「うーむ」
「フェイ、どうする? 嫌なら、断ってもいいと思うけど?」
「きっ、君もそう言わずに! 頼むよ! 僕らと全然違う魔法の使い方だから、どうしても教えてほしいんだ!」
横から必要なら助け船をだそうと尋ねるリナだが、当然すぐ前にいるアーロンにも聞かれていて、必死にお願いしてくる。
「うーむ、まぁ、よいじゃろう。リナもさすがに、一人なら依頼しにいかんよな?」
アーロンはあまりいい印象がある訳でもないが、特別断らなければならない理由もないし、むしろ今日は依頼を受けないなら先程までのリナとの問題も一応今日のところは解決する。
気は進まないし、魔法を教えるのが得意と言うのでもないけれど、魔法について話をするのは好きな方だ。ブライアンとの教育の時間以外での会話でも殆どが魔法に関するものだった。一応魔法を知っている相手なので、リナに話すのとは別の面白さがあるかも知れない。
なにより、やはり問題を明日に先回しにするだけだとわかっているが、リナとの衝突を回避することができる。
「そりゃあ、ね」
リナとしてはフェイはアーロンに連れていかれるとしても、自分はその話には入れないしいても仕方ないので、別途自分は自分で依頼をしてもいいし、そうするのが普通だと思っている。
しかし先程フェイを一人にしたくないと言っていたのに、自分が一人だけで受けると言うのは話が通らない。ましてこれだけフェイが心配してくれているのだ。フェイを一人にするのは嫌なので同行するつもりだったが、フェイが行かないならまあ、反対を押しきってまで依頼をすることもない。
そんなリナの態度にフェイはうむ、よかろうとばかりに大様に頷いてから、笑顔になるアーロンに向かって応えた。
「アーロン、お主の要望に答えよう。まずは依頼料から聞こうかの」
「ありがたい!」
アーロンは喜色満面の様子で、フェイの気が変わらない内にとさっさと二人を依頼書がはられているのとは別の人気のない待合室へ移動させ、詳細について話した。
アーロンの希望としては本日、できれば明日以降もフェイから魔法について教えてほしい。場所はアーロンの借りている家。時間は今から夕方まで。昼食はおごりで、金額は10万G。
値段だけを聞けば十分な金額だ。フェイとリナはそれほどがつがつ働いていないのでもっと高額の場合もあれば低い時もあるのだが、少なくとも1日を費やすとしても少ないと感じることはない。
だがそもそも、1日も話させるつもりか。それはもちろん話そうと思えば、フェイの魔法知識は膨大なのでブライアンとしていたように毎日でも話せる。しかし教えるとなれば別だ。それに今日だけか、または1週間くらいで日付が決まっているならともかく、明日以降もずっとなんて、普通に嫌だ。
「魔法についてと言っても、大雑把すぎるぞ。今はリナが怪我をしておるから話をするのは構わんが、お主に教える為だけに日々を費やすつもりはない」
「すまない。僕もどれだけ教えてもらうことになるのかわからなくてね。僕が適宜質問させてもらうから、それに答えてもらう形でいいんだ。エメリナ君の怪我が直るまでなら受けてくれるのかな?」
「うーむ。まあ、構わんが、リナは隣にいて退屈にならんかの?」
「え、いや、私も行くの?」
「む? 依頼に行かんなら、わしと一緒に行くんじゃろ?」
「いや、うーん……」
フェイが言うなら、暇で仕方ないだろうがまあ、ついていくのもやぶさかではない。しかしそうなると自然と、給金はさすがになくともお昼を払わせてしまうことになるだろう。
「あの、エメリナ君がよければ、その、同額とはいかないが、払うよ。いきなり初対面の僕の家に一人で来るのも抵抗があるだろうしね」
「んー、と。じゃあ、お言葉に甘えて。今日のところはそうしましょうか」
アーロンとしてはちょっと変わっている魔法師のフェイをコントロールしているらしいエメリナは、普通の冒険者だ。ならば話を持ちかけるにもエメリナを通してのほうが話しやすそうと言う下心もあり、本日は二人を自宅に招待することに決まった。
とりあえず第一段階は達成したと、アーロンは胸にある様々な思或を表に出さないまま、心のなかでガッツポーズした。
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