36:自覚するシャーロット
シャーロットは告白されてからリオンに会えない日が続いた。気まずくてしばらくは自分から王城にいかないようにはしていたが、いつまでもこのままでは行けないと思い、何度か会いに行くも、毎回理由を付けられて、会うことが叶わない。
明らかに避けられている。
自分でフッたはずなのに、なぜか胸のモヤモヤが収まらない。
「おい、ハロルドが来たぞ」
「お兄様、ノックをしてといつも言ってるのに! ……それなんです?」
「これか? 人肌に温めると花が咲くらしくてな。実践してる」
「はぁ……」
大き目の鉢植えを大事そうに抱え、身体を密着させているアーロンを見て、シャーロットは深いため息を吐いた。
ダメだ。この兄と結婚してくれる相手はおそらくいない。いたら心の広さがとんでもないか、同じぐらいの変人だろう。
やはり自分が結婚するしかない。目指せ! 結婚!!
「シャーロット、突然来てごめんね」
アーロンの後ろからハロルドがひょっこりと顔を出す。ちなみにハロルドはアーロンの奇行にも動じない。ハロルドが女性だったら兄にぴったりだったのに。
「ううん、大丈夫」
シャーロットは座っていた椅子から立ち上がり、部屋を出た。未婚の貴族女性の部屋に、親族でない男性を入れるわけにはいかない。
そのまま三人で応接室に入った。
「それで、何か用があったの?」
「うん、これなんだけど」
ハロルドは一通の手紙を差し出した。
「これって」
「パーティーの招待状」
中を開けろと促されてたので、シャーロットは封筒から中を取り出した。
「王家主催……」
「そうなんだ。それで、シャーロット。僕と一緒に行ってくれないかな。パートナーとして」
パートナーとして。
それはつまり、シャーロットがハロルドの相手だと、みんなに紹介させてくれという意味に他ならない。
「…………」
どうしようか、と一瞬シャーロットは逡巡してしまった。
時間にして本当に一瞬。だけれど、ハロルドはそれを見逃さなかった。
ハロルドの悲しそうな笑みを見て、シャーロットはハッとする。
「い、行くわ!」
「いいのかい?」
「もちろんよ」
まだ結論は出していない。だけど、ハロルドはいい人だ。結婚したらきっと幸せになれるだろう。
「ありがとう。じゃあ、当日は僕がドレスを用意するよ」
「そこまでしなくても」
「今まで殿下は用意していただろう? 僕にもさせてくれると嬉しい」
そう言われると否とは言えない。シャーロットは渋々頷いた。
「おい、待て、お前シャーロットと本気で結婚するつもりか?」
「その話はあとでね、アーロン」
応接室に一緒に入ってきていたアーロンが口を挟んだ。ちなみにまだ植木鉢は持っている。
「ハロルド、俺は本気だなんて聞いてないぞ」
「言ってないからね」
「シャーロットは俺と薬を作り続ける予定だ」
「アーロン、シスコンやめなよ」
兄がシスコンだとは初耳である。まったくそんな素振りはなかったし、むしろ植物にしか興味ないような男がシスコンとは、きっとハロルドの思い違いに違いない。
「シャーロット、行き遅れそうだからと無理に焦って結婚することはない」
兄がシャーロットを引き留めようとするように言うが、それは逆効果だ。
「お兄様、失礼よ! 行き遅れないもの!」
「だから、別に嫁に行かなくても――はっ!」
アーロンが驚きの声を上げながら、植木鉢を見た。
そこには小ぶりな黄色い花が咲いている。
「咲いたぞ! 成功だ! これで薬が作れる!」
興奮しながら植木鉢を振り回しながら、「じゃあな!」と兄は去って行った。
去って行った兄の後姿を見ながら、シャーロットはあきれた目をする。
「……私、たまにお兄様のああいうところ、羨ましくなるのよね……」
「わかる……」
ハロルドと二人で頷き合った。
◇◇◇
王家主催のパーティー。シャーロットは緊張していた。
なにせ今日はハロルドとパートナーとして参加するのだ。緊張もする。
今日のシャーロットはハロルドから送られたドレスを身にまとっている。
ハロルドの瞳の色の緑の生地のドレスに、髪の色と同じ銀色の糸で施された刺繍は控えめながら上品だ。
装飾品も、エメラルドが美しい、細部の繊細さを感じられるネックレスとイヤリングだ。金ではなく、シルバーなのも、おそらくハロルドのこだわりだろう。
何もこんなに自分の色にしなくても、と思うが、おそらくリオンが今までシャーロットにしていたことを同じようにしているだけなのかもしれない。
もしかしたら、ハロルドはリオンと一緒にいるシャーロットに嫉妬とかしていたのだろうか。
普段から穏やかなハロルドからは想像もできないが、もしかしたらもしかするのかもしれないと、ドレスを眺めながら思った。
「シャーロット、とても似合っているよ」
「ハロルド、ありがとう」
ハロルドもシャーロットのドレスに合わせた服装だ。リオンのときは感じなかったのに、それが妙に落ち着かない。
「あ」
ハロルドが声を漏らした。その視線はシャーロットより奥に向けられている。
シャーロットがそちらに目線を向けると、そこにはリオンとアンジェラがいた。
アンジェラは嬉しそうにリオンに腕を絡めて、リオンはそれをちょっと鬱陶しそうにしながらも、振り払わない。そしてそのままパーティー参加者に挨拶している。
それはつまり、二人が今回のパーティーのパートナーだということを示している。
今まで四人でよく一緒にいたが、リオンとアンジェラがこうして二人でいるのを見るのは初めてだ。
アンジェラは社交界デビューしていないから今までパーティーにはいなかった。つまり今回はリオンの相手として特別に参加したのだろう。
――今までは私が隣だったのに。
そう思った自分の気持ちに驚いた。
――何を考えているの! リオンのパートナーが誰だって関係ないはずなのに!
どこか胸が苦しくなるのを誤魔化し、二人から視線を外した。
「シャーロット」
そんなシャーロットに、ハロルドが手を差し伸べる。
「一曲踊ろう」
いつの間にか曲が流れ、参加者がダンスを楽しんでいる。シャーロットはハロルドの手を取った。今は踊って気を紛らわせたい。
「シャーロット、前より上手になったんじゃない?」
「そう? 特訓の成果が出ているかしら」
もし出ていたらのならよかった。王城でダンスの授業もしてもらっているのだ。上達しなければ、申し訳が立たない。
と、ハロルドと談笑しながら踊っていると、リオンとアンジェラがダンスをしているのが目に入った。
リオンは何かアンジェラに悪態を吐きながら、アンジェラは嬉しそうに笑いながら。
それを見ただけなのに、なぜか途端に泣きたくなった。
「シャーロット?」
シャーロットの様子がおかしいことに気付いたハロルドが、シャーロットに優しく声をかける。
「ハロルド……」
どうしたらいいのかわからない。自分はどうしてしまったのだろう。
「シャーロット……こっちに来て」
シャーロットの泣きたいのを我慢しているような表情を見て、ハロルドはダンスの輪からシャーロットと抜け出した。
「シャーロット、どうかしたの?」
会場の隅に、休憩のために備え付けられた椅子に腰かけながら、ハロルドが声をかけた。
「私……この間からおかしいの……」
本当におかしい。自分はどうしたのだろう。自分の感情がうまくコントロールできない。
でも、何だかハロルドに伝えたら傷つけそうな気がして、シャーロットは話すのを躊躇った。
「僕のこと気にしなくていいから、正直に話してごらん」
まるで小さな子供をなだめるような声音で言われ、シャーロットは恐る恐る口を開いた。
「なんだか、胸がモヤモヤするの……」
シャーロットは自分の胸に手を当てた。
「リオンに告白されてから……自分の気持ちがわからなくて……今までそういうこと考えたことないから……リオンのこと、傷つけたかな、とか、いろいろ、考えて……」
一つ一つゆっくりと、自分の思いを口に出していく。
「ハロルドのことも、嫌いじゃないのに、結婚と考えると、なんだか、どうしたらいいかわからなくて……」
ハロルドを傷つけただろうか、と思い、ちらりと見上げると、ハロルドは微笑んで続きを促した。
「……リオンにもなかなか会えなくて、今日ようやく会えたと思ったら、アンジェラといて、何でか悲しくなって……」
自分には会ってくれないのに、アンジェラとは楽しそうにしていた。
それを見て、胸が苦しくなった。
「私、もう自分がわからない……」
黙って話を聞いていたハロルドは、静かに寂しそうに笑った。
「君は彼が好きなんだね」




