35:協力者を得るリオン
リオンは激しく落ち込んでいた。
落ち込むに決まっている。失恋したのだ。ぼろ負けだ。
初めて会ったときから大好きで大好きで仕方なかったシャーロット。初めは一目惚れで、すぐにそのしっかりした内面も好きになったシャーロット。
そのシャーロットからフラれた。
「弟みたいだってよ」
シャーロットに言われた言葉を繰り返す。
「俺は弟じゃないだろ!」
リオンの虚しい叫びが室内に木霊する。悲しい。みじめだ。自分で自分にツッコんでも誰もフォローしてくれない。切ない。
今までただただシャーロットを見つめていた。
いや、パーティーで自分の色をふんだんに使ったドレスを贈ったり、シャーロットを見つめる目があったら睨みを利かせたし、縁談はことごとく潰していたので、いろいろやってはいた。だって取られたくない。常識の範囲内でしたことなので許してほしい。少なくともリオンにとっては常識の範囲内だった。自分のものにする気だったので。
しかし、そのどれも今となっては水の泡である。
「なんだよ、ハロルドのやつ、抜け駆けしやがって」
ハロルドがシャーロットを好きなことはすぐに気付いた。同じ相手を好きなのだ。気付かないほうがおかしい。
初めて会ったとき、ハロルドは敵意むき出しなリオンを余裕の笑みで見つめてきたのを覚えている。そのころからずっといけ好かない男だと思っている。
「ずるい」
ハロルドはシャーロットより二歳年上で、美丈夫で、伯爵家嫡男で、おまけに性格もいい。リオンだってわかっている。ハロルドはいい男だ。
「俺だって顔はいいんだぞ……」
母である王妃によく似たリオンは自分が美しい容姿をしている自覚がある。おまけに王太子という地位もある。なのに。
「弟としか見てないか」
はあ、とリオンはため息を吐いた。
どんなに容姿がよかろうと五歳の歳の差は大きい。シャーロットにとってリオンは出会ったときと変わらぬ子供で、守るべき存在で、それ以上ではないのだ。
「もう来年成人だぞ」
だがシャーロットには関係ない。幼い頃からの付き合いというのは、こういうときに弊害になる。昔の幼いリオンが邪魔をする。
「そりゃあ俺は年下だよ。でも五歳差なんか、大したことないだろう。それぐらいの歳の差の夫婦いっぱいいるじゃないか」
誰に聞かせるでもないのに、リオンは説明を始めた。いや、自分に言い聞かせているのだ。そうでもしないとやっていられない。
「王太子妃になるための勉強だって、シャーロットはもうやってるんだぞ」
本人にその自覚はないが。
シャーロットがリオンと遊ばないときにしている勉強は、すべてシャーロットが王太子妃になるためのものだ。
昔からシャーロットを王太子妃にしようと思っていたし、両親も賛成だった。
シャーロットは自分の身分が低いと言うが、それは大した問題ではない。なぜならすでにオルドン家はこの国になくてはならない存在になっている。
本人たちはただ好きで薬を作り、研究をしているのだと言っているが、その成果はすさまじい。
今まで治らないと言われていた不治の病を、入国早々あっけなく一つの薬で完治させたのだ。
その功績として爵位と領地を授けたが、シャーロットの父は過ぎた爵位は荷が重いと言い、男爵位を授けるにとどまったのだ。本当なら侯爵位を与える予定だった。
それだけこの国に必要なのだ。だから、リオンがシャーロットを王太子妃に迎えることができたらオルドン家がこの国に留まってくれるということで、教育の面やおそろいの衣装などで周りをけん制することも両親から許可をもらっていた。
手筈だけは済んでいて、あとはシャーロットを振り向かせることができれば完璧だったのだ。なのに。
「ハロルドめ……」
リオンがそろそろ動くというのを感じ取ったに違いない。
「はあ」
仕方ない。
あと一年。成人してから、と考えてたのが悪いのだ。おかげで先を越された。
コンコン。
落ち込むリオンの耳にノック音が聞こえた。
「何だ」
「殿下、お客様です」
扉の前に控えている侍従から返事が来た。
「誰だ?」
「アンジェラですわ」
侍従ではなく、アンジェラ本人が答え、無断で扉を開けて部屋に入ってきた。リオンはその勝手な様子には驚かない。いつものことだ。
内心シャーロットが来てくれたのではないかと期待していたリオンはあからさまにガッカリした。
「なんだ……アンジェラか……」
「何ですの! その反応は!」
明らかにお呼びでないという反応に、アンジェラが噛みついた。
リオンはがっくりと項垂れ、質のいい机に額を付ける。
「悪かった。でも今はお前と遊んでやる気分じゃないんだよ」
もう何もしたくない。何もかも投げ出したい。そんな気分だ。
とてもじゃないが、アンジェラにかまっている元気はない。
「遊んでもらいに来るほどわたくし子供ではありませんわ!」
馬鹿にされたと思ったのか、アンジェラが立腹する。だがアンジェラは基本よく怒っているので、今更彼女が怒ろうが何をしようが動じない。
リオンはアンジェラを無視して机にそのまま突っ伏した。
そんなリオンに、アンジェラはコホン、と咳ばらいをした。
「……殿下に協力して差し上げようと思ってきたのですわ」
「なに?」
協力、と聞いてリオンが身体を起こした。
「シャーロットは落ち込んでいるし、殿下も落ち込んでいる。シャーロットもハロルドも、ここ最近王城に来ない。何かあったのだということがわかりますわ。……殿下の様子を見る限り、告白してフラれたのでしょう?」
「うっ!」
ズバリを言い当てられ、リオンは胸を痛めた。
もう少し配慮してほしい。こちらはフラれたばかりなのだ。
「……そうだ」
「でしょう。シャーロットは殿下を意識したことありませんもの」
グサリ。リオンの胸に見えない矢が刺さった。
「……お前俺の傷を抉りに来たのか?」
「まさか!」
アンジェラがとんでもないと首を振る。まさかと言っているが、しっかりリオンの心には傷ができた。
アンジェラはジト目になっているリオンを気にせずに、話続けた。
「ですから、シャーロットが殿下を意識するように協力して差し上げると言っているのです」
「それができたら苦労はしてない」
「それは殿下が一人でなさるからですわ」
アンジェラは唇の端を持ち上げた。
「題して『あれ? 彼の隣に自分じゃない女の子が……胸が苦しい、これって嫉妬……』作戦ですわ!」
ダサい。リオンは思ったがひとまずその言葉は飲み込んだ。
「何だ? それは」
「いいですか、殿下。今まで自分にべったりだった異性が急に離れて他の女と一緒にいたら、気になるものなんですわ」
「……そうか?」
リオンにはよくわからない。
「そうなのです! ……ですから、わたくしが協力して差し上げます」
よくわからないが、アンジェラは自信満々だ。
「何をするんだ?」
「簡単なことです。私が殿下のパートナーとしてパーティーに出席するのですわ」
「それでお前に得があるか?」
「殿下ったら、損得で考えるだなんて! わたくしは殿下を思って申しておりますのよ。まあ、それでもダメだったら全力でわたくしが忘れさせてさしあげようとは考えております」
「それはいらない」
「殿下、今のはわたくしに対してとてつもなく失礼ですわ」
「いらない」
再度繰り返すと、アンジェラは顔を引き攣らせた。もにょもにょと口を動かし何か言いたそうにしていたが、それをぐっと飲み込み、大きく息を吐き出した。
「いいですわ。ひとまずそのことは置いておきましょう。とりあえず、一緒にパーティーに参加して、仲良くしている姿をシャーロットに見せれば、何かしら思うはずですわ」
「俺がフラれるようにしようとしてるんじゃないだろうな」
「運が良ければフラれませんわ。フラれる可能性は七十パーセントぐらいでしょうか?」
「フラれる可能性のほうが高いじゃないか!」
三十パーセントしか望みがないのか!? いや、三十八パーセントぐらいはあるだろうきっと!
そう思うが、わりと二人との付き合いが長いアンジェラから言われると、妙に信憑性がある。
「どうします? やめます?」
アンジェラが挑発するような口調で言い、リオンはムッとする。
「やるよ! やってやるよ!」
アンジェラはにこりと笑う。
こうしてリオンは協力者を得た。




