34:ハロルドとデート
「そういえば、ハロルドくんから、シャーロットにプロポーズしたと手紙が届いたけれど」
「え」
眠い体を無理やり起こして席に着いた朝食の場で、父から切り出された。
「ハロルド報告したの?」
「ああ」
間違いではない。こういった場合、家族に筋を通すのは礼儀だろう。
昨日家族はパーティーに参加していなかったから知らない。この屋敷で知っているのは昨日シャーロットの付き添いをしていたアンナだけだ。
あれだけ派手にプロポーズしたのだから、手紙が届かなくても、家族に知られるのは時間の問題だっただろうとは思う。
しかしシャーロットは言い知れぬ不安を抱いてしまった。後戻りできないような、自分が迷子になったような不安。
これがもしかしてマリッジブルーだろうか。いや、まだ婚約すらしていないが。
「まあシャーロットが幸せなら父さんと母さんはいいと思うぞ。望まぬ結婚はさせないからな」
「お父様お母様」
シャーロットは両親の思いに胸をじんわり熱くした。
「シャーロット」
兄がほうれんそうのソテーをフォークで刺した。
「結婚祝いはどの薬草がいい?」
「いらない」
「大きいのにしておくな。見栄えがいいやつ」
「いらない!」
兄は変わらず絶好調だった。
◇◇◇
「シャーロット、大丈夫?」
ハロルドに声をかけられて、シャーロットはハッとした。
しまった。今はデート中だった。
ハロルドから手紙が届いて、デートをしないかと誘われて承諾したのだ。
デートを重ねてシャーロットがハロルドを異性として意識できるようにすることが目的だったのに、すっかり意識はハロルドから離れてしまっていた。
「体調でも悪い?」
「ううん、大丈夫!」
デート中に上の空など、これほど失礼なことはない。
シャーロットは申し訳なさで目の前に置かれたミルクティーをティースプーンでかきまぜた。
「何かあった?」
シャーロットがいくら平静を装おうと、長年の幼馴染には見透かされてしまう。
「大好きな観劇も考え事しながら観ているし、大好きなレモンタルトも全然食べてないし」
本当にハロルドはよく見ている。
「大したことじゃ……」
「殿下に告白でもされた?」
さらりとハロルドから告げられた言葉に、シャーロットは目を見開いた。
「知ってたの!?」
「そりゃあ、知ってるよ。わかりやすすぎるじゃないか。気付いてないのはシャーロットだけだよ」
そんなに周りからみてわかりやすかったのだろうか。それならまったく気付かなかった自分はなんなのか。
いや、今ハロルドは気付いていないのはシャーロットだけだと言ったではないか。
「待って! もしかしてだけど、アンジェラも知ってるの!?」
「もちろん。とっくに気付いてるよ」
シャーロットは大きなショックを受けた。そう言われれば、思い当たる節がある。アンジェラはなぜかシャーロットを目の敵にしていたことがある。アンジェラのシャーロットへの態度や言動は、そこにあったのか。
「昨日今日気付いたんじゃないよ。それこそ初めから気付いてるよ、みんな」
「初めから!?」
そんな昔から気付かれるぐらいリオンはわかりやすかっただろうか。シャーロットの記憶では生意気なことを言う幼いリオンしか浮かばない。そんな恋する少年らしい場面などあっただろうか。
「シャーロットが鈍すぎるんだよ」
「うぅ……」
はっきり言われ、ぐうの音も出ない。みんなが気付いていることに気付かないということはそういうことなのだろう。
「まあ仕方ないけどね。シャーロットは婚約破棄された経験から、恋愛事さけていたし」
「え!? それも気付いていたの!?」
シャーロットでさえ気付いていなかったのに、どうしてハロルドはわかるのか。
「わかるよ。殿下と同じで、僕だってずっとシャーロットのことを見てたんだから」
率直な物言いに、シャーロットの顔がぼっと赤くなる。
急に好意を口にするのはやめてほしい。シャーロットは恋愛初心者なのだ。
「恋愛に臆病になるのも無理はないよ。あんな恋愛脳なお馬鹿さん劇場見させられて、自分をぞんざいに扱われたら、恋愛なんか遠ざけたくもなるさ」
「ハロルドはその現場を見てないじゃない」
「見てなくても、シャーロットから話を聞いたし、さすがにそんな大事件こちらにも伝え聞いてるよ」
こちらにもあの醜聞が伝わっているとは思わなかった。シャーロットがこの国に渡ったことから、シャーロットが婚約破棄されたことは自然と知られてしまっていたが、まさか祖国のスキャンダルがそんなにしっかり伝わっているとは。
でもそういえば、アンジェラの父親も、シャーロットのことを知っているようなニュアンスで話していた。
あれだけの大スキャンダル、国の威信にかかわるので隠匿すると思ったが、できなかったようだ。
いや、そういえばあの王太子は一度リオンの前で馬鹿をやらかしている。人がいない場所だったけど、もしかしたら誰かが見ていてそこから漏れたりしたのかもしれない。
「知らなかった……」
「僕や君の家族、それから殿下が君の耳に入らないようにしていたからね」
シャーロットは知らぬ間にみんなに守られていたようだ。
「私、そんなに弱くないわよ」
「知ってるよ。でもわざわざ耳に入れることもないだろう」
確かに。べつに傷つきはしないが、耳に入れば煩わしく思っていただろう。それこそその辺の石ころすべてに八つ当たりしていたかもしれない。シャーロットはいまだにあの二人を石ころだと思っている。
「私、なんかダメね……みんなが成長してるのに一人だけ取り残されている気分」
「そんなことないよ。君も成長してる」
「そうかしら」
「そうだよ。僕が言うんだから間違いない」
長く一緒にいるハロルドがそういうのならきっとそうなのだろう。そうシャーロットは思うことにした。
「それで、殿下に告白されてどうしたの?」
「どうしたって……断ったわよ」
「でも思い悩んでいるんだ?」
図星をさされ、シャーロットはうめき声を出した。
そう、フッてすっきりとはならなかった。むしろなんとなく胸の中につっかえがあるような気がする。
昨日から胸のもやもやが取れない。
「……このまま気付かないといいな」
「え?」
悶々としているシャーロットに、ハロルドが何か呟いたが、もう一度言ってはくれず、ただ笑顔を向けられただけだった。




