31:結婚適齢期のシャーロット
「まずいわ」
シャーロットは頭を抱えて呟いた。
シャーロットは気付けば十九歳になってしまった。
結婚適齢期ど真ん中。そして周りの同世代はみんな婚約者持ち。
つまりシャーロットは今現在売れ残ってしまっていた。一大事だ。
このままでは五年前に脳裏に描いた可哀想な両親が現実のものになる……!
「可哀想なお父様お母様!」
シャーロットに婚約者はいないが、兄もいない。あの兄を受け入れる人間などもしかしたら存在しないのかもしれない。いても植物か。ありえるな、植物が義姉になるかもしれない。
シャーロットは兄が適齢期を越えてから、植物を義姉と呼ばなくていいことをひたすら願っている。
「いいじゃないか別に」
焦るシャーロットを尻目に、リオンは満足げだ。
「他人事だと思って!」
どこか楽し気なリオンが腹立たしい。こちらは死活問題だというのに。
「リオンは若いから切羽詰まった年頃の女の気持ちがわからないのよ!」
リオンはまだ十四歳。来年社交界デビューし、結婚できる年になる。まだまだこれからの若者である。
シャーロットも若者ではあるが、その若者のうちに頑張らないとあっという間に取り残されるのが婚活だ。恐ろしい。
「後妻ぐらいしかなくなったらどうするの……いや、それなら結婚しないで家業手伝うけど」
わざわざ苦しい道を選ぼうとは思わない。それならのんびり薬草を育てて生計を立てる方がいい。
だが結婚できるならしたい。可愛い子供を親に見せたい。兄に望みがなさそうなので。
「おかしい……普通婚約の申し込みのひとつやふたつあるはずなのに……」
それがまったくないのである。結構傷つく。
アンジェラに言っても「あー……」しか言ってくれなかった。若々しいこれから輝く令嬢に、シャーロットの気持ちは通じなかった。せめてフォローしてほしい。
「リオン……もしかして、私、自分のことを並みだと思っていたんだけど、それ以下なのかしら……」
シャーロットは質のいいテーブルにほっぺたをくっつけながら訊ねた。
シャーロットは自分のことを美しいとは思っていない。髪はよくいる茶髪だし、スタイルがすごくいいわけでもない。かといって不細工というわけではなく、可もなく不可もない、普通の少女だと思っていた。
が、ここまで婚約の申し込みがこないのなら、その考えがそもそも間違っていた可能性がある。
自分の目で見ているから自分のことを五割り増しで見えているのかもしれない。いや、もしかしたら八割増しかも。
「そんなことはない!」
落ち込むシャーロットを、リオンが否定してくれた。
「ありがとうリオン……」
それだけでも救われる。実際がどうであろうとも。
「おい信じてないだろう」
もちろん信じていなかった。なぜなら自分のモテなさを痛感している最中だからである。
そもそもモテているならこうして悲嘆に暮れることもなかったはずだ。
「リオンはいいわよね……」
「な、なんだよ……」
ふふ、と薄笑いを浮かべるシャーロットから、リオンが少し距離を取った。と言ってもシャーロットの対面に座るリオンはあまり逃げられない。
リオンはここ数年で急激に成長した。男の子はちょうどそういう年頃なのなのかもしれない。
丸みを帯びていた輪郭はすっきりとした線を描き、まん丸だった目も、どこか男らしい目つきになった。身長はとっくのとうに追い抜かれ、シャーロットの頭一つ分は大きい。腕や足にも筋肉が付き、少年から青年になっていっているのを感じる。
長い付き合いからの贔屓目を引いても、とても美しい男性に成長している。
おかげでシャーロットへの貴族子女からの妬みは日に日に増している。大体はアンジェラが返り討ちにしてくれているが。
「はあ……モテたい……」
シャーロットは悲嘆に暮れていた。そんなシャーロットをリオンは満足そうに見ていた。
「別にモテていないわけじゃないと思うぞ」
シャーロットを慰めるためかそんなことを言うリオンを、シャーロットはキッと睨め付けた。
「嘘つかないでよ……モテてたらこんな悩んでないのよ……」
「いや、それは……あの……」
リオンが罰の悪そうな顔をする。
「何?」
「なんでもない」
リオンが歯切れ悪くしていたが、結局何も言わなかった。
そしてシャーロットにはそれを気にしている時間はない。
「こうなったらもっとアプローチしていくしかないわ!」
「え?」
うだうだしていたが、こうしていても仕方がない。
これからは今まで以上に自分から積極的にアプローチして興味を持ってもらうしかない。
目指せ! 結婚!!
「見ててねリオン! 素晴らしい……いや高望みはしない! ほどほどにいい旦那をゲットして、両親を喜ばせてみせるから!」
グッと拳を握り決意表明すると、リオンが焦った顔をする。
「お、おい、こういうときは大人しくだな……」
「大人しくしてたら相手いなくなっちゃうでしょう! こうしている間にも優良物件は売れていっているんだから!」
シャーロットは夫となるものに多くは望まない。できれば優しく、穏やかで、温かい家庭を築けそうな相手がいい。
「そうと決まったら、さっそく行動! じゃあね!」
「あ、おい!」
引き留めるリオンの声を無視してシャーロットはその場をあとにした。ゆっくりしている時間はないのだ。
◇◇◇
「というわけで、ハロルドって顔が広いでしょう? 誰かいい人いない?」
困ったときの幼馴染である。
ハロルドは人当たりが良く、友人も多い。そのハロルドからの紹介なら悪い人はいないだろう。相手もハロルドからだと断りにくくて、もしかしたらそのまま結婚してくれるかもしれないという打算まみれでお願いしてみた。
「ええ? いい人? うーん……」
突然の提案にハロルドは面食らった様子だったが、一応話を聞いてくれそうだった。
「それは条件とかないの?」
「暴力や賭け事にはまりすぎているひとは嫌かな。あと誰かの後妻とかすごく年が離れている人も除外してくれるといいんだけど……こう、のんびり穏やかな家庭が築ければラッキーかなって」
「それだけ?」
「うん」
できれば平和な家庭を築きたい。この婚約者が決まらない状況で贅沢だと思うが、あくまで希望である。いいではないか、夢を見るぐらい。
ハロルドはうーん、と悩んだ素振りをしたあと、こう言った。
「僕でいいじゃないか」
目からうろこだった。
たしかにハロルドなら気心知れているし、長い付き合いからお互いのことも理解している。それぞれの親同士も仲がいいし、ハロルドの性格から、温かい家庭が築けそうだ。さらにハロルドは美青年であるし、優しいし、むしろシャーロットからしたらいいところしかない。
こちらとしても願ってもない申し出だ。
――でも…。
「それはダメよハロルド……」
シャーロットとハロルドは友人だ。幼い頃から仲良くしていて、親友と呼んでもいいだろう。
しかし、そんな親友が困っているからといって自分が結婚相手になるだなんてダメだ。
「人助けのために結婚しようだなんてよくないわよ」
「そうじゃないんだけど……」
「そんなことで結婚されても嬉しくないわ」
同情で結婚されても嬉しくない。
高望みはしないが、きちんとお互いの利害が一致して結婚したい。
「そうか……」
ハロルドがどこかがっかりした声を出したが、シャーロットは気付かなかった。
「ハロルドならいくらでも相手がいるわ。なにもこんな男爵令嬢じゃなくても」
「シャーロットは自分を下に見過ぎているよ」
「そんなことないと思うけど……」
ハロルドは伯爵家嫡男というとても魅力的な肩書に、その甘いマスクと温厚な性格から、とても人気が高かった。わざわざ身近な、たかが男爵家の、一度婚約破棄された訳ありのシャーロットではなくても、選り取り見取りなはずだ。
正直に言うとシャーロットにはもったいなすぎる。
「シャーロットがそう言うなら仕方ないね」
ハロルドはまるで提案がなかったかのように、あっさりと話題を変えた。
シャーロットもそんなハロルドの様子にすっかり肩の力を抜いた。
だからまさか彼があんなことをするとは思ってもいなかったのだ。




