30:シャーロットの贈り物
「これ、君に」
「え? 私に?」
ハロルドから紙袋を受け取ったシャーロットは、戸惑いながらも中身を開けた。
「あら、かわいいハンカチですわね」
シャーロットの手元をのぞき込んで、アンジェラが言った。
シャーロットの手には、手触りのいい、縁がレースで囲われた、可愛らしいハンカチがあった。
「これ、もらっていいの?」
「うん、君に買ってきたんだから、もらってくれると嬉しいな」
ハロルドに優しく微笑まれ、シャーロットはハンカチを綺麗にたたんで胸に当てた。
「ありがとう、大事にするね」
笑顔でお礼を告げると、ハロルドも嬉しそうに笑みを深めた。
「なるほど、ハンカチはプレゼントの定番。重すぎず、相手に負担にならないプレゼント。さりげなく渡すにはいい選択ですわね」
うんうん、とアンジェラが分析を始めた。おかしい。どうしてそうやって考えることはできるのに、今まで奇天烈なプレゼントしか選べなかったのだろうか。
そしてちら、ちら、と二人を見比べて、ふむ、と顎に手を乗せた。
「それで、あなたたちはいつお付き合いしますの?」
「し、しません!!」
突然の問いにシャーロットは力強く否定した。
ハロルドとは幼馴染であり、そういう関係ではない。強いて言うなら兄妹のようなものだ。
「まあ、とてもお似合いだと思いますのに」
アンジェラがなぜか残念そうだ。
まったく、何を言うのか。ハロルドはモテるのだから、ただの幼馴染であるシャーロットにはもったいなさすぎる。むしろハロルドに失礼だ。
シャーロットがハンカチを見る。シャーロット好みのハンカチに、ハロルドとの付き合いの長さが表れている。
シャーロットが少し照れながらハンカチを仕舞う間、ハロルドは無言でシャーロットを見ていた。
「そのハンカチの色がハロルドの瞳の色と同じなことには気付きませんのね」
小声で呟いたアンジェラの言葉は、シャーロットには届かなかった。
◇◇◇
「殿下、こ、これを!」
緊張した面持ちでアンジェラがリオンに綺麗に包装された箱を差し出した。
「何だこれ?」
「ま、万年筆ですわ!」
アンジェラからの贈り物に抵抗があるのか、リオンが受け取る手を一瞬止めて訊ねた。
「そんなこと言って、またカマキリじゃないだろうな」
「もう虫を贈る年ではありません!」
虫はどんな年だろうと、贈らないほうがいい。人を選ぶ。
あとでアンジェラに教えてあげよう。そう決めながら、シャーロットは二人を見守っていた。ちなみにハロルドもいる。店からのそのままリオンにプレゼントを届けに来たので、成り行きでこうなってしまった。
恐る恐る、それはもう本当に慎重に包み紙を開ける。これは軽くアンジェラからのプレゼントがトラウマになっているな、というのがわかった。仕方ない、この状況でトカゲのしっぽとか出てきたらシャーロットだってしばらく箱状の物を開けられない。
箱をパカッと開けると、中からは万年筆は現れる。
それはどこからどうみても普通の万年筆で、リオンはクルクル回して確認すると、ほっとしたように息を吐いた。
わかる。よかったね、普通のプレゼントで。
「ありがとう、今回は普通のだな」
「そうでしょう!? わたくし頑張りましたのよ!」
頑張っていたのは主にハロルドだったが黙っていることにした。
万年筆を手に取って、リオンは嬉しそうにする。
「お。手にしっくりくるいいやつだな。よく選べたな」
「殿下様のためなら、殿下に一番似合うものを必ずわたくしが選んでまいりますわ!」
実際はほとんどハロルドの助言によって選んでいたが、そのことも黙っておこうとシャーロットは決めた。
「それより」
万年筆を懐にしまい込んだリオンは、大股でこちらに歩み寄る。
「また近い、離れろ!」
リオンがシャーロットとハロルドとの間に割り込んできた。
なぜかリオンはシャーロットとハロルドの距離が近いのを嫌がるのだ。
二人をぐいぐい押して引き離すリオンに、ハロルドは苦笑する。
「心が狭いね」
「うるさい!」
「今距離を離されても、ここを出たらすぐ近付くけどね」
「うるっさい!」
この二人は仲がいいのか悪いのか。喧嘩するほど仲がいいと思っていいだろうか。なんだかんだでハロルドが出禁になっていないので、きっとリオンもハロルドのことを嫌いではないのだろう。たぶん。
「本日はそれを渡すために寄ったので、わたくし帰りますわ」
アンジェラが少しムッとした顔をしているが、何でかはシャーロットにはわからない。さきほどまで機嫌がよさそうだったのに。
「ああ。また抜け出したんだろう。公爵が来たぞ」
リオンはアンジェラの機嫌の悪さには気付かないように、退室を促した。
「お父様も娘を探しに王城に来るなんて元気ですわね」
それは何度も家を抜け出してアンジェラが王城に来るからであろう。シャーロットも何度も連れ戻されるアンジェラを見ている。もはや恒例行事だ。
「じゃあリオン様、ごきげんよう」
綺麗な礼をして、アンジェラは名残惜しそうに去って行った。
「僕も行くよ。あのお嬢さんを少しでも一人にするのは心配だ」
ハロルドがそう言ったが、シャーロットにウィンクしたことから、気を使ってくれたのがわかる。
さすがハロルド、すべてわかっているのだろう。
「あの、リオン」
シャーロットはおずおずと紙袋を差し出した。それはあの店で買ったものだった。
「私からもプレゼントあるんだけど……」
そう、シャーロットが店で見つけたのは、リオンへのプレゼントだった。
思えばシャーロットはリオンに誕生日以外で何かをあげたことはなかった。シャーロット自身はさりげなくいくつもプレゼントされているのに、それでは申し訳が立たない。
それにこの間、リチャードから守ってくれたお礼もしたかった。
「シャ、シャーロットが、俺に……?」
リオンがどこか信じられないというふうに驚きの声を出す。
いつも自信満々なリオンからは信じられない、おろおろした様子で、シャーロットの手から紙袋を受け取った。
そんなに意外だったのだろうか。
しかし、耳が赤くなっているのに気付き、照れているのかな、と思った。
「あ、開けていいか?」
「うん」
そっと慎重に紙袋から品を出す。
「ハンカチ……」
中身はハンカチだった。
まさかハロルドと被るとは思っていなかったが、ちょっとしたプレゼントにはいいかと思ったのだ。
水色の、上質な質感のハンカチ。シンプルなデザインで使い勝手がいいだろう。
「前、水色のハンカチ胸元に入れてたし、同じ色なら嫌じゃないかと思って……」
少し言い訳がましく口にしたが、リオンは無言だ。
シャーロットが不審に思ってリオンを見ると、じっとハンカチを見つめている。それこそ食い入るように。
「リオン?」
「シャーロットが俺にプレゼントをくれた……」
リオンはじーんと嬉しさを噛み締めるように、ハンカチを胸に抱いた。
その心底嬉しそうな様子に、シャーロットも悪い気はしない。さきほどのアンジェラのプレゼントより嬉しそうで、多少アンジェラに申し訳ない気持ちもするが、こればかりはリオンの気持ちだからシャーロットにはどうしようもない。
「誕生日にもプレゼントあげてるじゃない」
「それはそれ、これはこれだ」
何気ないときにもらうプレゼントが嬉しいのだとリオンは笑った。
そこまで喜ばれるとシャーロットも照れてしまう。ちょっと赤くなった顔を隠すように横を向いた。
「ありがとう、大事にする」
「いや、そこまでしなくても……」
シャーロットがあげたものはあくまでハンカチである。消耗品なので劣化したら捨ててほしい。
「いいや、一生大事にするよ」
「そ、そう……」
こんなに喜ぶなら、もう少したまにプレゼントをあげようか。
シャーロットは胸を温かくしながらそう思った。




