29:ハロルドのプレゼント
「ほら、やっぱりおそろいだったでしょう!」
アンジェラがギリギリと歯ぎしりしながらシャーロットを睨みつける。
アンジェラはこの間の社交界デビューのことを根に持っているのだ。
確かにアンジェラの言った通り、リオンのおそろいの衣装だったが、それについてはシャーロットのせいではないので、睨まれても困る。
「わたくしだって、おそろいを着てみたいですわ!」
「リオンにお願いしてみたら?」
「何度もお願いしましたが、断られていますの!」
藪蛇だった。
「なのにシャーロットとは一度ならず二度までも……きっと今回もそうだと予想できていましたけれど、悔しいぃぃぃぃ!!」
アンジェラが感情を抑えられなかったのか、ハンカチを取り出して噛み締め始めた。
高級なシルクのハンカチが限界まで引き延ばされ、哀れだ。
思えばアンジェラのリオンへの片思いも長い。シャーロットが出会った八歳のアンジェラはすでにリオンにぞっこんだったので、少なくとも六年片思いしていることになる。
しかも毎回玉砕。それでもアタックしていく姿には恐れ入る。
「アンジェラはどうしてリオンが好きなの?」
そういえば聞いたことがなかった。会ったときにはすでにリオンしか目に入っていない様子だったけれど、今ならまだしも、あの当時のリオンのどこに惚れたのかわからない。
「よくぞ聞いてくれましたわ!」
アンジェラはさきほどまでシルクのハンカチを噛みちぎる勢いだったのが嘘のように、瞳を輝かせて語り始めた。
シャーロットは救われたシルクのハンカチにほっとした。
「あれはわたくしが五歳のこと……」
胸の前で手を組み、まるで聖母像を前にしたように、どこか恍惚とした表情でアンジェラは話す。
「王族主催のお茶会に両親が呼ばれて、わたくしも一緒に参加しましたの。でもわたくし退屈で、途中で抜け出して散歩をしていたのです」
今のアンジェラの性格から考えて、幼いアンジェラは今のアンジェラより輪をかけて好奇心旺盛な子供だっただろうことが理解できた。すごそう。
「歩いていると、大きな木が目の前にありましたの」
嫌な予感しかしない。
「わたくし、嬉々として登りましたわ」
当たった。
「せっかく登ったから、こうなったらてっぺんまで目指そうと、どんどん登ったら」
「下りられなくなったのね」
「あら、よくわかりましたわね!」
そこまで言われたらわかる。そして幼いアンジェラが想像の十倍お転婆だったこともわかった。
「そのときです。同じくお茶会に飽きた殿下が、通りかかりましたの。彼は言いましたわ。『お前馬鹿なのか』」
「五歳と思えない辛辣さ!」
「当然わたくしは木を下りられない恐怖ではなく、言い返せない悔しさで泣きました」
「五歳でアンジェラの性格が出来上がってる!」
どうしよう、ツッコミどころしかない。いろいろ気になる。
そしてアンジェラはシャーロットのツッコミを一つも気にせず話を続けた。
「でも、殿下は『下りろ』とおっしゃってくださいました。だからわたくし下りましたの」
「え? どうやって?」
高くて下りられないと言っていたはずだ。怒りで我を忘れて下りたのだろうか。アンジェラならあり得る。
シャーロットの疑問にアンジェラは平然と答えた。
「もちろん飛び降りましたわ。殿下目掛けて。他にクッションがなかったものですから」
ツッコミが! ツッコミが追い付かない!
「私の下敷きになった殿下はそれはもうお怒りで」
「そうでしょうね!」
誰だって下敷きにされたら怒る。子供の身体で同じような子供だとしても、上から飛び降りてきたら相当重いし痛いし衝撃があるだろう。
きっとアンジェラが公爵令嬢でなければ大問題になっていたはずだ。
王太子を踏みつぶした女として一大スクープだったことだろう。
「でも、怒りながらも、わたくしのこと心配してくれたんですの。『無事ならさっさと退け』と」
アンジェラが胸に手を当てた。
「待って待って! それ心配してない!」
「あら、無事かと確認してくださっているではありませんか」
言葉を前向きに捉え過ぎである!
どう考えてもそのときのリオンがただただ退いてほしかっただけなのがわかる。シャーロットなら早く退いてほしい。重いので。
「それでわたくし、この人のお嫁さんになろうと決めました」
「それで!?」
「何か問題でも?」
アンジェラにギロリと睨まれ、シャーロットは黙った。言いたいことがいろいろあるが、気にしたら負けだ。
シャーロットからしたらありえない場面で恋に落ちているが、どのタイミングで恋をするかは人それぞれだ。
アンジェラはリオンに優しい言葉をかけてもらって、そしてリオンが超絶美少年だったのだから、クラリともするだろう。
わからない。シャーロットにはその場面でどうして恋できるのかまったくわからないが、きっとそうなのだろう。きっと。
「じゃあ、それからずっと片思いしていると……」
「そうですわ。まあ、いずれ両思いになりますけれど」
アンジェラは自信満々に宣言した。いつも体よくあしらわれているが、アンジェラはめげていないらしい。強い。
「さあ、ということで」
アンジェラがパンッ、と手を打ち鳴らした。
「プレゼント作戦ですわ!」
◇◇◇
「なんとなく経緯はわかったけど、どうして僕は呼ばれたのかな?」
「男性の意見もほしいんだって」
アンジェラの強い要望で、リオンへのプレゼントを選びに城下町に来た。女二人で選ぶより、男性がいたほうが率直な意見を聞けるだろうということで、ハロルドも呼んだのだ。
「というか、今までだってプレゼントは渡してたわよね?」
アンジェラが何度かリオンにプレゼントを渡しているのをシャーロットは目撃している。
「渡してましたわ」
やはり。
「でも全部喜んでもらえませんでしたの」
アンジェラが悲しそうな表情をした。
しかし、いくらリオンでも、プレゼントをもらったら喜ぶ素振りぐらいするのではないだろうか。
シャーロットはそうするようにリオンに言っていたし、教育係もそう言っていたはずだ。
「一応聞くんだけど、プレゼントは何をあげたの?」
「カマキリの卵です」
かまきりのたまご……?
「カマキリの卵です」
一瞬聞き間違えたのかと思ったが、繰り返し言われたらもう認めるしかない。
「それは……何で?」
「だって、リオン様虫が好きだったから」
確かにリオンと虫取りして遊んだりしていたが、リオンは虫を捕獲することに興味があるだけで、すぐに逃がしていた。飼ったことは一度もない。
おそらくリオンもカマキリの卵を渡されてさぞ困ったことだろう。
「えっと、それだけじゃないわよね? 他にもあげていたでしょう?」
「その次はトカゲのしっぽをあげました。縁起がいいものと聞きましたから」
トカゲの、しっぽ……。
リオンは爬虫類が特別嫌いなわけではない。が、好きでもない。こちらもさぞ困ったことだろう。
「ほ、他には……」
「ワニの形のブローチ。強そうでいいかと思いまして。南国の独特な香りのフルーツが我が家で入手できたときも、珍しいものらしいのでリオン様にあげました。あと、我が領地で発掘された古代の食器とか」
なぜ……なぜそこまでプレゼントのチョイスがマニアックなのか。
それはリオンも喜べないのがよくわかる。
「アンジェラ……今後も一人でプレゼントを選ばないほうがいいわよ」
「あら、なぜ?」
「何でも」
しかも無自覚である。今回ついて来てよかった。ハロルドもいるし、無難なものになるように誘導してくれるだろう。
「ほら、これなんてどうですか?」
アンジェラがワニの皮が周りに装飾され、ギラギラしたダイヤの付いた、シャーロットからしたらどうしてこれを選んでしまうのか、というものを手に取った。
「万年筆なら、凝ったものじゃなくて、シンプルなで上質なものが男性は使いやすいと思うよ」
「なるほど! これでは手が疲れてしまいますわね!」
ハロルドの助言でアンジェラはワニ革万年筆をもとの場所に戻した。よかった。それを贈られたらまたリオンは困っていたことだろう。
「ではこれは?」
「それはちょっと大きいかな。手にしっくりくるものがいいよ」
「確かにそうですわね!」
さっそく役に立っているハロルドのアドバイスを参考に、アンジェラは質のいい万年筆を探し始めた。
なぜかいつも、どうしてそれがいいと思ったのかと聞きたくなる品を手にしてくるが、そのたびにハロルドがそっと戻させていた。さすがハロルド。
自分の出番はなさそうなので、シャーロットも店内を見て回ることにした。
「あ」
ふと、目に入った品を手に取る。
「何か買うの?」
「え、あ、うん」
アンジェラに付きっ切りだと思っていたハロルドが背後から顔をのぞかせた。
なんとなく見つかりたくなくて、シャーロットは手に取った品をそっと隠した。
「何でもないの。アンジェラを見ててくれる?」
見ていないととんでもないものを買ってしまいそうだ。それに手にしているものを、なんとなく見つけられたくなかった。
ハロルドは少し考えるそぶりをしたが、深く追求しなかった。
「じゃあ、僕はアンジェラ嬢のそばにいるから」
「うん」
ハロルドが去るのを見てから、シャーロットは手にした品を気付かれないように購入した。
「これにしますわ!」
ああでもないこうでもないと散々悩んで、ようやくアンジェラが一本の万年筆を選んだ。それはどこからどうみても普通の万年筆で、それを手に掲げて満足そうにしているアンジェラに、ハロルドが拍手を送っている。よく根気よく付き合ったものだ。
木箱に入れて、綺麗な包装用紙に包まれたそれを大事そうに抱えるアンジェラは、恋する乙女そのものだ。
「喜んでもらえるといいわね」
「ええ!」
まだ渡す前なのに、嬉しそうな笑顔のアンジェラを見て、シャーロットも嬉しくなった。
「シャーロット」
アンジェラにほっこりしていたシャーロットに、ハロルドが声をかける。
その手には紙袋がある。
「これ、君に」




