27:予想していなかった人物
一瞬音が止んだように思えた。
しかしシャーロットの思考が戻ったときには、音楽は問題なく流れており、周りもそのまま踊っていたので、シャーロットが驚きすぎて音が耳に入らなくなったのだろう。
「え、え、初耳なんだけど」
「初めて言ったからね」
まさかハロルドに好きな人がいたとは思わなかった。
長い間幼馴染をしているのに、そんなことにも気付けないなんてショックだ。
そしてハロルドがそれを教えてくれなかったこともショックだった。
「相手は誰なの?」
「相手は……」
そこで曲が終わった。ハロルドは名残惜しそうにシャーロットの手を離す。
「相手はそのうち教えるよ」
いたずらが成功したような顔でシャーロットにウィンクするハロルドに不覚にもときめいてしまった。赤くなった顔を隠そうとハロルドから視線を逸らすと、鬼のような形相をしたリオンが目に入ってぎょっとする。
リオンはそのままズンズンとこちらに歩いてくると、シャーロットの手を掴んだ。
「な、なに?」
「こっちにこい」
グイグイ引っ張られ、シャーロットはそのままリオンについていくしかなかった。ハロルドに目配せすると、ハロルドは苦笑して頷いた。
「おい、何ハロルドと目で語り合ってるんだ」
「いきなり離れることになったからごめんって伝えただけでしょう!?」
「そのお互い何でもわかっている感じが気に入らないんだよ!」
「別に何でもはわかってないわよ!」
幼馴染ではあるが、住んでいる国が違ってお互い離れて暮らしていたときもあるし、そんなに頻繁にはあっていない。幼い頃から知っているので、仲はいいと思うが、お互い知らないことも多いだろう。
現にシャーロットはこれだけ長い付き合いなのに、ハロルドに好きな相手がいることすら知らなかった。
「いや、お前たちはたまに誰も間に入り込めないような雰囲気を出している」
「出してないわよ……」
あきらかに思い込みである。
人気のない中庭まで来ると、リオンは手を離し、立ち止まった。
「何でハロルドと踊った」
「何でって、だってそういう場じゃない?」
そのはずだ。怒られる謂れはない。はずである。
だというのに、リオンは不機嫌だ。
「俺はシャーロットには誰とも踊ってほしくない」
リオンは拗ねたように唇を尖らせた。
「ちょっと、私に行き遅れろっていうの!?」
社交界デビューが始まれば、婚約者探しも開始される。家の都合ですでにいる人もいるが、多くは社交界デビューで開始だ。
ダンスを踊って気に入り、その相手と婚約することも少なくない。
ただでさえ婚約破棄されているシャーロットだ。初めに頑張らなければ、婚期を逃しかねない。しかも、その大事なデビュー戦で、王太子とおそろいの衣装で登場してしまったのだから、なおさら誤解を解くように頑張らなければいけないのに。
シャーロットの脳裏に兄妹で結婚できず、がっかりしている両親の姿が浮かんだ。
「そうじゃない!」
可哀想なお父様お母様、とシャーロットが想像の両親に同情していると、リオンが大きな声を出した。
「そうじゃないって……じゃあ何よ」
こっちは大事な婚活があるのだ。納得できる理由がほしい。
「そうじゃない……けどまだ言えない」
「何それ」
それで納得できるはずがない。はやく元の場所に戻って婚活に勤しみたい。
「俺が!」
シャーロットがそわそわしているのがわかったのだろう、リオンが言葉を強くした。
「俺が、もう少し大人になってから」
リオンがシャーロットを見つめる。
「だから、もう少し待っててくれ」
その真剣な眼差しにシャーロットの胸がドキリとする。
綺麗な碧眼には困った顔をしている自分が移り込んでいた。
「待つって何よ……」
赤くなりそうな自分の顔を隠すように、リオンから顔を背けた。
――十歳児に何赤くなってるのよ私!
容姿がいいからいけないのだ。きっとそうだ。
シャーロットは自分に言い聞かせた。じゃないと子供にときめく変態のようではないか。
「今何か失礼なこと考えているだろう?」
様子がおかしいシャーロットに気付いたのか、リオンがシャーロットの顔を両手で挟んで元に戻した。
首がグギッといった。
「いった!! ちょっと!」
シャーロットが抗議する。思ったより痛めてはいないが、レディにする行動ではない。
「俺を見ないから悪い」
「な……!」
――こいつ、こういうところが俺様なの、全然直ってない!!
「あのねぇ」
「おっ、もう最後の曲だ」
会場から流れる音楽がわずかに聞こえる。リオンはシャーロットに手を差し出した。
「一曲いかがですか、レディ」
まるで紳士のように恭しいリオンに目を丸くする。
「ちょっと、どこで覚えたの、そんなこと」
「普通に教育で習う。ほら、手を取れよ」
恭しかったのは一瞬で、すぐにいつものリオンに戻った。どこかもったいなかったような、でもほっとするような。
不思議な気持ちになりながら、シャーロットはリオンの手に、自分の手を重ねた。
リオンがふっと笑う。
「じゃあ、最後まで楽しもうぜ」
シャーロットも笑いながら、こんなのもいいか、とリオンとステップを踏みながら思った。
◇◇◇
「はあ……休憩……」
シャーロットがテラスで息を吐く。
リオンと踊るのは楽しかったが、やはり注目されるのは疲れる。
と、後ろから肩を叩かれた。
「リオ――」
リオンだと思い笑顔で振り返ったシャーロットは言葉を失った。
そこにいたのはリオンではなく、二度と会わないだろうと思っていた人物だった。
「リチャード殿下……」




