26:ハロルドに婚約者がいない理由
「ハロルド!」
気まずい中、知り合いに会えてシャーロットは喜んだ。
今回のこの社交界デビューのパーティーは、すでにデビューしており、婚約者がいない男女も参加している。なぜなら婚活の意味があるからである。
この広い会場で、ハロルドに出会えるなど奇跡だ。シャーロットは一人でみんなに噂される心細さから逃れられた。
「ハロルドがいてくれてよかったわ」
「派手に登場したね。あれでは、もう君に話しかけられる男性はいないだろうね」
やっぱり……。
王太子と登場し、彼の色を身にまとったシャーロット。そんなシャーロットに声をかけられるのは、相当な強者か、なにも考えていない人間だけである。
シャーロットは肩を落とした。
「ハロルド……私が行き遅れたらもらってくれる?」
「もちろんいいよ」
「ありがとう!」
持つべきものは優しい幼馴染である。
たとえこの場限りの言葉だとしても、救われる。
「ハロルドは顔もいいし性格もいいからすぐに売れちゃうんでしょうね……やっぱり私とお兄様だけ売れ残りそう……」
「君のお兄さんは、ちょっと個性が強いからなあ……」
ハロルドでさえ兄をフォローしてくれない。やはり癖が強すぎるだろうか。長く見てきて慣れているはずの妹である自分もしょっちゅう引いているので、やはり個性がありすぎるのだろう。
兄妹で売れ残ったら親が可哀想だ。兄はもうあれだから仕方ないが、自分が頑張るしかない……!
目指せ、結婚!!
シャーロットが決意に燃えていると、国王夫妻とリオンが壇上に登場した。
こうして見るとリオンと王妃が似ているのがよくわかる。成長してより似てきた。そのうち王妃のように輝くばかりの美貌を手に入れるのだろう。
「今日はみんなの社交界デビューを記念して、乾杯」
国王陛下の声掛けを合図に、参加者みんなが乾杯する。シャーロットも初めてのお酒を口にした。苦い。
いまいち好きになれそうにないな、と酒を下げた。
「シャーロット!」
ハロルドと食事していると、リオンがやって来た。
「リオン、もういいの?」
「ああ、挨拶は終わったからな。それより」
リオンが食べ物を持っていないほうの、シャーロットの手を取った。
「これからダンスの時間だ。俺と一緒に踊ろう」
「え? でも」
シャーロットがチラリとハロルドを見ると、ハロルドは苦笑している。
「いいから」
強引に引っ張られて、シャーロットは慌てて持っていた食べ物をテーブルに置いた。
その間に曲が流れだす。この間教育係と復習した曲だ。
「リオン、ダンスできるの?」
「馬鹿にするなよ、俺の腕前見せてやるよ」
自信満々なリオンに、リードされる形でシャーロットも踊る。口で言うだけあって、リオンはとても上手だった。なにより器用にこちらに合わせてくれる。自身がうまいだけでなく、相手に合わせるのは本当に上手な証拠だと教育係が言っていたのを思い出す。
踊りやすく、シャーロットも楽しくダンスを堪能できた。
曲が終わって手を離そうとすると、その手を引っ張られた。
「もう一曲踊ろう」
「それはダメ!」
リオンは続けて踊ろうとしたが、それは婚約者か配偶者がする行動だ。
「大丈夫だって」
「絶対ダメ!」
シャーロットが頑なに断ると、リオンは渋々その手を離した。
「ちぇ。わかったよ。じゃあ飲み物持ってくる」
「あ、ジュースにしてもらえる?」
「わかった」
リオンがあきらめて飲み物を取りに行ったのを確認して、シャーロットは安心してほっと息を吐いた。
これだけ目立つ登場に、これだけ目立つ衣装、これだけ目立つダンス。これで二回目など踊ったらどんな噂が流れるか。
両親のためにもシャーロットは頑張らねばならないのだ。
目指せ! 結婚!!
「シャーロット、楽しそうだったね」
「ハロルド」
今日は社交界デビューする人間以外も参加している。ハロルドにまだ婚約者はいない。もうできてもいいと思うが、どうしてだろう。
ハロルドは美しい容姿に、柔らかな物腰。そして伯爵家の跡取りと、女性が好む要素が盛りだくさんだ。すぐ婚約者ができてもおかしくない。
――もしかして、選り取り見取りだから選べない!?
あり得る話だ。こんな好物件、わざわざ探さなくても、相手から寄ってくる。数が多ければそれだけ選ぶのに時間がかかるだろう。
シャーロットはこうして初めに躓いて、今後婚活が大変だろうというのに、なんて恵まれた男なんだ。
憎い。
「シャーロット。何か失礼なこと考えているよね」
「え、わかった?」
「わかるよ。そんな恨めしい目で見られたら」
顔に出ていたらしい。シャーロットは急いで笑顔の仮面を被る。ただでさえ男性陣からの優先順位は下がっているというのに愛嬌までないと思われたら困る。
「どうかしら?」
「令嬢らしい顔になったね。じゃあ」
ハロルドがシャーロットに手を差し伸べた。
「僕とも踊ってくれないかな?」
「ええ」
ハロルドにダンスを申し込まれ、シャーロットは頷いた。
ハロルドには幼い頃からダンスの練習相手をしてもらっている。息はぴったりだ。
「久しぶりにシャーロットと踊ったけど、相変わらず上手だね」
「そう? ハロルドもステップが綺麗ね」
褒められて悪い気はしない。シャーロットは自然と笑顔になる。
慣れ親しんだ相手とのダンスは楽しかった。
「ところで、さっき何で怒ってたの?」
ハロルドから蒸し返され、シャーロットは唇を尖らせた。
「だって、女性を選び放題でずるいじゃない」
シャーロットは自分が選ぶ余地があるのかすらわからないのに。
ふてくされるシャーロットに、ハロルドは苦笑する。
「どういう考えでそう至ったのか、予測するに難しくないけど、僕はそういうことで婚約者がいないんじゃないよ」
「え? 違うの?」
「僕はね、好きな人がいるんだ」




