25:2回目の社交界デビュー
そして社交デビュー当日。
本当に用意しなくてよかったのかとそわそわする両親と、「これも持っていくか」と新種の薬草の生えた鉢植えを持たせようとする兄を振り切り、王宮から来た馬車に乗った。
「お嬢様を輝かせる役目は譲りません!」
「アンナは今日も元気ね……」
しかしアンナは振り切れなかった。熱意に負けて、王宮にアンナも連れてきていいか訊ねると快諾されてよかった。でなければ乗り込んできそうな勢いだった。
「お嬢様の社交界デビュー……お嬢様をこの世のなにより引き立てなければ! いえ、元々お嬢様は世界一かわいいですけど!」
「アンナ……」
親バカならぬ、侍女馬鹿である。
「シャーロット!」
馬車が到着すると、リオンが出迎えてくれた。差し出された手をそっと取り、馬車を降りる。
「リオン……言われた通り、本当に何も準備していないんだけど、大丈夫だった?」
少し不安になって訊ねる。もう当日なので、もしダメだと言われてもどうしようもないのだが。
「安心してくださいお嬢様! 何があってもこのアンナが完璧にしてみせます!!」
「アンナ、信用してるけど今は大丈夫よ」
燃えているアンナを落ち着かせたいが無理そうだ。
「アンナが来ていいって聞いたから連れてきたんだけどよかった?」
「もちろんだ」
よかった。後ろでアンナが「わたしを抜きでなんて許しませんからね!」と騒いでいるが無視だ。
「まあ安心して全部任せろ」
妙に自信満々なリオンに少し不安になりつつも、その後ろをついていく。
「お嬢様、王宮って美しいですね!」
アンナがキラキラした目でキョロキョロと王城を観察している。
「アンナ、落ち着いて」
「ハッ、そうですね! わたしがこんなんじゃかわいいお嬢様が 顰蹙を買いますね! 黙ります!」
アンナはスッと背筋を伸ばして歩き始めた。やればできる女性なのだ。
ちょっとあれなだけで。
少し歩き、一つの部屋の前に案内された。扉を開くと、中には三人の女性がいた。どの女性も綺麗で上品で、そういった女性を着飾らせる職業の人間であることがよくわかる。
「今日はよろしく頼む」
リオンが言うと、女性たちは嬉しそうにシャーロットに近付いた。
「まあこの方ですね! 化粧映えしそうな顔立ちだわ!」
「髪もさらさらで羨ましいですわ!」
「用意したドレスや装飾品も、似合いそうですね!」
三者三様に、きゃっきゃとはしゃぐ様子に、シャーロットはたじろいだ。
「そうなんです、わかります? お嬢様の素晴らしさが!」
アンナがシャーロットを褒められて鼻高々である。
三人はリオンを見るとにこりと笑う。
「殿下、我々に安心してお任せくださいませ!」
わかりやすく翻訳すると、女性の支度に男性がいると邪魔なので早く出て行ってくれということだ。
「ああ。じゃあシャーロット、あとでな」
リオンもおそらく準備があるのだろう。シャーロットを三人に任せるとあっさり去って行ってしまった。
「シャーロット様!」
「は、はいっ」
気合の入った女性に話かけられ、声が裏返った。
「今日はあなたがメインになれるよう、全力を尽くします!」
「え? いや、そんな力を入れなくても……」
「「「頑張ります!」」」
「はい……」
あまりの気合の入りように、嫌だと言えなかった。
◇◇◇
「できましたっ!」
女性の一人が汗を拭いながら言う。
「どうですか!?」
鏡の前に立たされながら、訊かれ、シャーロットは言葉を失った。
「こ、これ、私ですか……?」
目の前には、自分にどこか似た、美少女が立っていた。
どこにでもある茶髪は、綺麗に結い上げられ、真珠とサファイアでできた髪飾りで綺麗にまとめられている。
ドレスは白と金色の布地を基調としたもので、触り心地も着心地もとてもいい。裾や袖には青い糸で花が刺繍されている。それがとても美しい。
アクセサリーは、髪飾りと同じように、サファイアと真珠でできたものだ。ドレスともぴったりで、輝くたびに、気持ちが高揚する。
普段自分がしている化粧と違い、彼女たちがほどこしてくれた化粧は、とても自分にぴったり合っていて、冴えないと思っていた自分の顔が、とても明るく華やかに見える。
すごい、あとで化粧の仕方を教えてもらおう。
「じゃない!」
思わず叫んだ。
「どうした?」
そこにちょうど支度が終わったらしいリオンが室内に入ってきた。
「どうした? じゃないでしょう!」
シャーロットはドレスを指差した。
「これ、もう明らかにリオンの色じゃない!」
ドレスの布の色は、リオンの金髪と同じ。刺繍とアクセサリーはリオンの瞳の色だ。
さすがに気付く。
「そりゃあ、今日は俺と一緒に過ごす予定だからな」
そう言うリオンの着ているタキシードも、シャーロットの着ているドレスと同じ色だ。違うとしたら、胸元のハンカチが水色なことぐらいだろう。おそらくこれはシャーロットの瞳の色だ。
「アンジェラの誕生日パーティーのあとに、お互いの色を使ったものやおそろいは、目立つからやめてって言ったじゃない!」
あのあとシャーロットはしっかり抗議をしたのだ。これでは勘違いされるから、と。
「でも俺は同意していない」
確かに、リオンはそのとき一度も同意しなかった。
でも、普通はこちらのことを考えて、衣装は合わせないはずなのに。
「もう、これから結婚相手を探すっていうのに、見つからなくなったらどうするの!」
そう、この国での結婚相手探しは、この社交デビューからとなる。その前から家の都合で婚約者がいる人もいるが、それ以外の人は、この社交デビューからが、婚活の開始となるのだ。
「結婚相手なんか間に合っているだろ」
「間に合ってませんけど!?」
ただでさえ婚約破棄されたことが知れ渡っているのだ。婚約破棄はシャーロットのせいではないが、婚約破棄された令嬢とされていない令嬢なら、されていないほうを選ぶのが普通だ。
だから、シャーロットは頑張らなければいけないのに!
「お互いの色を入れた衣装を着るのは、婚約者か恋人同士か、夫婦がするものなのよ!」
世間一般ではそう見られているはずだ。そのことをアンジェラの誕生日パーティーのときに散々説明してあげたというのに、再びやるとはどういうことだ。
「何を言われても、もうどうしようもないだろう。今からドレスを準備できるのか?」
「うっ……」
そう言われると押し黙るしかない。今から新しいドレスを用意するなど不可能だ。
やはり自分で用意するべきだったと思ってもあとの祭りである。
「お嬢様ぁ! こんな美しいお嬢様を目にできて、アンナは感動ですぅ!」
アンナが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ハンカチで鼻を押さえている。
シャーロットを着飾ることは、メインの三人がやったが、どれがシャーロットの好みか、どの色合いの化粧がいいか、など、アンナが三人にアドバイスしてくれたおかげで、シャーロットの好みも取り入れた美しい姿になれた。
「ほら、そろそろ時間だ。行くぞ」
リオンに手を差し出され、しぶしぶその手を取る。
この手も出会った頃より大きくなった。
シャーロットはリオンの顔を見る。いつの間にか自分と背が並んだ。
出会ってから三年経ち、リオンの丸かった頬がシュッとして、子供から脱しようとしている。
美少女のようだった容姿は、もうしっかり少年のものになっている。昔より正装がよく似合う。
「? なんだよ?」
「別にっ」
じっと見ていたからか、リオンが不思議そうに訊ねてきた。シャーロットは見惚れていたことがバレるのがどこか恥ずかしくて誤魔化す。
会場に着くと、リオンとシャーロットに一斉に視線が注がれた。それもそうだ。王太子と一緒に登場した上に、衣装はおそろいだ。
シャーロットの予想通り、みんながこそこそと話し出した。これだから社交界は嫌いなのである。口を閉じてほしい。
これは今日婚活するのは無理だな、とあきらめた。
「じゃあ、俺は少しだけ離れるけど、浮気するなよ」
「ちょっと、勘違いされること言わないで!」
ただでさえリオンとの仲を探る視線に当てられているのに。
リオンは笑いながらシャーロットから離れた。おそらく王太子としての仕事があるのだ。
シャーロットは不躾な視線から逃れるように、そっと壁の花になろうとした、そのとき。
「やあ、シャーロット」




