22:アンジェラに会う
しかしそれはそれとして、あの子とはきちんと話をするべきだろう。
そう思ったシャーロットは、善は急げということで、パーティーから三日後にティルト家に訪問することにした。
断られるかもと思ったが、ティルト公爵からは快諾され、ほっとする。
そして本日はアンジェラに会う日である。
再び訪れた公爵家は、やはりシャーロットの家とは比べ物にならないほど豪華で広大な敷地だった。門から玄関までが遠い。
「わざわざ来ていただいて、申し訳ないね」
「い、いえ」
ティルト公爵はシャーロットをわざわざ自ら出迎え、道案内をしてくれた。
彼の愛娘を泣かしてしまった手前、とても緊張する。
しかし、公爵の様子から、怒ってはいなそうだ。むしろ困ったような表情をしている。
「あの子は直情型でね。わたしも少々手を焼いているんだ」
「はあ」
確かにそんな感じの子だったな、と思う。
直情型でなければ、王太子のいる前で、王太子がパートナーとして連れてきている相手に対して、あんなふうには罵倒はしない。
「この間のこと、わたしからも謝罪させてほしい。申し訳なかった」
「い、いえ、お気になさらず!」
公爵直々に頭を下げられ、シャーロットは慌てて頭を上げさせようとした。が、公爵はそのまま続けた。
「君に非はない。君の話は有名だが、婚約破棄も君が悪いわけではないし、むしろ被害者だろう。それでも陰口というのは止められないのが心苦しいが、直接あんなふうに批判するなど、あってはならないことだ」
「公爵様……」
「あの子の親として、謝罪を受け入れてほしい」
貴族というのはそう簡単に頭を下げない。高位になればなるほどその傾向にある。彼らの行動は家門の行動とみなされるからだ。
しかし、今目の前にいる公爵は、自分の娘のために、こうして頭を下げている。
――なんて立派な親御さんなのかしら。
「謝罪を受け入れさせていただきます」
「ありがとう、シャーロット嬢」
公爵が安堵の息を吐いたとき、後ろから声がかかった。
「何の用ですの!?」
振り返ると、ぶすくれた顔で、アンジェラが立っていた。
「アンジェラ! お前、部屋で謹慎を言い渡しただろう! どうして歩き回っているんだ!」
公爵が驚いた顔で、アンジェラを窘めるが、アンジェラはぶすくれた顔のまま、ツンと顔を横に向けた。
「退屈なんですもの。ちょっと散歩しただけですわ」
「お前は謹慎の意味がわからないのか!」
強めに叱られ、ぶすっとした表情から泣きそうな表情に変わった少女に、シャーロットは助け舟を出した。
「公爵様、この年頃の子に、部屋にこもるというのはとても苦痛です。この間のことならもういいですから、自由にさせてあげてください」
「しかし……」
「もう三日経っているのですから、彼女も反省したでしょう」
実際反省したかどうかはわからないが、当のシャーロットにこう言われれば、公爵も受け入れてくれるだろう。
「わかった……アンジェラ、これからもよく考えて行動するように」
「……」
「アンジェラ!」
「わかりましたわ!」
納得のいっていない表情で返事をした少女は、もしかしたら本当に反省していないかもしれない。あれだけ叱られたら多少は反省するはずだが、不満いっぱいと言う顔で、扉を開けて部屋に入っていった。
その姿を見て、公爵は深くため息を吐いた。
「……申し訳ないね。末っ子だからと甘やかしすぎてしまった」
「いえ、子供のすることですから」
子供が子供のフォローをしているという何ともいえない状況になってしまった。
公爵は気を取り直すように、「そうだ」と口を開いた。
「あの子に話があるんだったね。あの子が入った部屋で話をするといい。そろそろお茶の用意ができたと思うから、すぐに運ばせよう」
「ありがとうございます」
「わたしがいては邪魔だろうから、ここで失礼させてもらう。アンジェラをよろしく頼む」
「はい」
公爵が去って行くのを見送り、シャーロットは扉をノックした。
しかし返事は返ってこない。
再度ノック。ノック。ノック。ノックノックノックノックノックノック――
「しつこいですわよ!」
根負けしたアンジェラが扉を開けた。
「何ですの、あなた! 普通反応がなければ帰るところでしょう!」
「いや、このまま帰ったらモヤモヤするから……」
「そんなのあなたの都合ではございませんの!」
その通りであるが、シャーロットは自分が悪くもないのにモヤモヤを抱えたくはない。すっきりするためにここに来たのだから。
「えっと、この間はリオンがごめんなさい」
「あなたに謝れる謂れはございません。余計不快ですわ」
「うっ……」
それもそうだ。シャーロットは謝罪するのをやめて、もっとも伝えたかったことを口にする。
「その……何か勘違いしてそうだったから」
「何のことです?」
「私とリオンの仲を」
この間のパーティーで、アンジェラはリオンとシャーロットが特別な関係であると思っていそうな言い方をしていた。とんでもない勘違いである。
アンジェラは公爵家の愛娘、リオンは王太子。将来縁談が組まれるかもしれない。自分のせいでそれがなくなったりしたら一大事だ。
「私とリオンは、そんな仲じゃないので!」
シャーロットはアンジェラに、王妃の願いでリオンの遊び相手になったことを伝えた。
アンジェラは静かに話を聞いて、少し考えるそぶりをしたあと、にこりと微笑んだ。
「なるほど。よくわかりましたわ。まだわたくしにもチャンスがあるようですわね」
さきほどまでの不機嫌さは消え、にっこり微笑む美少女に、シャーロットも笑みを返した。
その日から、アンジェラの猛攻撃が始まったと、リオンから苦情が来たが、なぜ自分に言うのかシャーロットにはわからなかった。




