19:パーティーのお誘い
「へえ、殿下がそんなことを?」
美味しい茶菓子を頬張るシャーロットを見ながら、ハロルドが楽しそうな声を出す。
「そうなの。この少しの間にすっかりしっかりしちゃって」
「子供の成長は早いからね」
「ハロルドだってまだ十五歳じゃない」
「この国ではもう成人だよ」
「成人したばっかりだから子供も一緒でしょう」
「手厳しいなあ」
ハロルドがクスクス笑ってシャーロットの口の端についたお菓子を取った。
「殿下の評判もよくなったね。前は目も当てられない暴君って言われていたのに」
「やっぱりそう言われてたのね……」
七歳で暴君と恐れられるとは。
「最近は殿下と仲良くしたい子供も多いみたいだけど。殿下はあまり乗り気じゃないみたいだ」
「親からの差し金だという魂胆が目に見えるものね」
聡いのも考えものだ。
新しい教育係がついてから、リオンはぐんぐん成長した。それは知識だけでなく、内面もだ。
人の機微にも気付くようになり、最近はシャーロットが機嫌が悪くなると、宥めようとしてくる。
そしてそれはシャーロットだけでなく、周りの人間もだ。誰がどういう魂胆で自分に近付こうとしているのか、リオンは気付くようになってしまった。
そして勝手に人が離れていった前とは違い、リオンから人を遠ざけるようになった。
「ちょっと心配だわ」
シャーロットがため息を吐く。
「…………そういうのは、本来本人がいないときにするんじゃないか」
ちなみにシャーロットとハロルドが話をしているのは、リオンとの遊び場として提供されている一室だ。
「だって、直接心配してるって伝えないといけないと思って」
「いやいい。いらぬ心配だ」
「でもやっぱり同年代の友人は必要だよ」
「いらない」
「でも君は王になったら側近とか必要じゃないか。今のうちに信用できる人間を作ったほうがいい」
正論をぶつけられ、リオンが押し黙る。
そしてそわそわそわそわしながら、チラっとハロルドを見た。
「お前がいるじゃないか……」
「え?」
「だからっ! 同性の信用できるやつなら、お、お前がいるじゃないかっ!!」
シン、と辺りが静まり返った。
「え、っと」
ハロルドはいまだにぽかんとしているシャーロットより先に自我を取り戻し、リオンに話しかける。
「それは、僕のこと信用しているってことでいいのかな?」
リオンはカッと顔を赤くした。
「ふん! お前がシャーロットの幼馴染で親戚で、シャーロットが信用しているから俺も警戒しなくていいかなと思っているだけだからな!」
怒鳴るような口調で説明してくれるが、一言でまとめると、信用しているということだ。
ハロルドは少し顔をにやけさせた。
「シャーロット、僕、彼のような人間どう言うか知ってるよ」
「え?」
「ツンデレ」
「勝手に変なものに認定するな!!」
噛みつきながらも、どこか楽しそうなので、リオンに同性の友達ができてよかったなあとシャーロットは高級な茶菓子を食べながら思った。
◇◇◇
「おかしい。まだ遊び相手をやってる」
なんだかんだで一年経ってしまった。
本当はほどほどのところで終わりにしてもらおうと思っていたのに、相変わらずリオンに週三回会いに行っていた。
シャーロットは十三歳になり、リオンは八歳になった。
「何だ!? 何か不満なのか!?」
「いや別に不満はないんだけど」
「じゃあいいだろう!」
確かにいいのだけど。いやいいのだろうか?
まあいいか。本人がいいと言うのなら。
「で、話って何?」
部屋に入った途端、話があるからとソファーに座らせられたのだ。何の話だろうか。もしかしてそろそろ遊び相手をやめようという話か?
「たぶん今考えていることじゃない」
「あ、そう?」
違ったみたいだ。
リオンはコホンと一つ咳ばらいをした。
「今度、一緒にパーティーに参加してほしいんだ」
ぱーてぃー。
しばらく聞いていない単語すぎて思考が追い付くのに時間がかかった。
「パーティー?」
「そうだ」
出会ってから一年経ち、初めの頃より少し大きくなったリオンを見る。と言ってもまだまだシャーロットには届かない。
パーティー。シャーロットはそれをこの一年とことん避けていた。
婚約破棄されて国外追放、さらに気付いたら爵位をもらって、王太子の遊び相手になっている。
これほど標的になりやすい人物はいないと我ながら思う。
的になりたくないので、避けに避けた。
「私、あまりパーティーとか好きじゃないんだけど……」
というか出たくない。的なので。
「知ってる。でも今回パートナーが必要なんだよ」
へえ、と生返事をしてから、ハッと気づく。
「待って。その言い方だと私がリオンのパートナーになるってこと?」
「そうだ」
嫌だ面倒くさい。
「おい顔に出てるぞ。教育係から表情を作れと言われてるだろう」
「今はプライベートだからいいの」
変わらず王城での勉強も続いている。最近はそれって男爵令嬢ごときにいるかな? と思うこともあるが、まあ無償で教えてもらえるのだからと甘んじて受けている。
パーティー。参加するにしても、とシャーロットは呻いた。
「うーん……私とリオンじゃ身分と年齢が離れすぎじゃない?」
「大丈夫だ。問題ない」
本当だろうか。隣に並ぶには身長差も出てしまうし合わない気がする。大体パートナーは身分と年齢が釣り合う人間か、親族や婚約者を選ぶはずだ。
シャーロットは十三歳、リオンは八歳。年齢も体格も合わない。それに男爵家の令嬢と王太子だ。身分はもっと釣り合っていない。
「私引きこもりたいんだけど」
「貴族なら社交も必要だぞ」
もっともなことを言われた。
行きたくない。が、リオンがこうやって言ってくるというのなら、きっとすでに家の許しも得ており、決定事項だ。
「本当に私が相手でいいのね?」
「もちろんだ」
本当かなぁ、と思うが、もうどうしようもない。はあ、とため息を吐く。
「……まあ、リオンがいいならいいけど」
「よし、決まりだな!」
にかっ、と歯を見せ爽やかに笑うリオンは、子供であることを抜きにしても格好いいと思う。
リオンはこの一年でずいぶん落ち着いた。と言ってもシャーロットからするとまだまだ生意気な子供だが、外ではそういう面を出すことは減ったし、傍若無人ぶりも落ち着いた。
勉強も良くできて優秀らしいし、このまま成長したら素晴らしい王になれるんじゃないかとすら噂されている。暴君だとまで言われていたのに、一年で偉い違いだ。
でも確かにリオンは一年で急成長した。評判が百八十度変わるのも無理はない。
シャーロットは成長したリオンを誇らしげに見る。
――うんうん、立派になった!
「何見てるんだ?」
「いや、成長したなあと思って」
まじまじとリオンを眺めながら言うと、リオンは嬉しそうに頬を緩めた。
「そ、そうか? そうだろう! 俺は成長したからなっ!」
こういうところは変わっていないな、と嬉しいような呆れのような気持ちになる。
「うんうん、大きくなったー、大きくなったー」
「おい、何で棒読みなんだよ? 俺は昔よりかっこよくなっただろう!?」
「かっこいいかっこいい」
「おいっ!」
棒読みで言うシャーロットにリオンは不満げだが、あまり褒めすぎると天狗になる。リオンはそういう人間だ。
「まあいい。それより、パーティーのドレスや装飾品はこちらで用意するから」
これ以上言っても無駄だと思ったのか、リオンは話を戻した。
「え? いや、自分で用意するけど……」
面倒で面倒で仕方ないが、それぐらいは自分で手配できる。
「いいから! 当日までに家に贈るから、必ずそれを身に付けろよ!」
「わ、わかった……」
別にドレスは持っているから、わざわざ新調する必要もないと思うのだが、リオンから圧をかけられて、シャーロットは思わず頷いた。
「何だろう、この従っちゃう感じ……やっぱり腐っても王族ってことかしら」
「何か言ったか?」
「いいえ、なにも」
小声で言ったのに、地獄耳だ。
「ふふん、ドレス、楽しみにしてろよ!」
「はあ」
自信満々なリオンに、シャーロットは気のない返事をした。




