16:不機嫌になるリオン
「それで、王子の遊び相手をすることになったの?」
そう訊ねてきたのは、幼馴染のハロルドだ。
伯爵家嫡男で、昔シャーロットが生まれる前、シャーロットの家の薬でハロルドの父親を助けたことがきっかけで、家族ぐるみで仲良くしている。
遠い親戚でもあって、シャーロットたちに土地を貸してくれたのも、ハロルドの家だ。
シャーロットたちが国を出るときに頼った他国の親戚というのが、ハロルドの実家である、エレニエル伯爵家である。
シャーロットより二つ上で兄のような存在だ。実際の兄とは年が離れているからあまり兄という感じはしない。というか兄のことはただの薬草と薬作り馬鹿だと思っている。
「そう、あの傍若無人な人間を更生させてやるのよ」
ふふん、と鼻息荒くするシャーロットに、ハロルドはふわりと笑う。ハロルドは柔らかい雰囲気の男性だ。
「大仕事だね」
「ちょっとずつマシにはなってるわよ」
城に通い始めて一か月。ごめんなさい、ありがとうが言えるようになってきた。
リオンは人に偉そうな態度をするのはいけないことだと理解はしていても、今までが今までだ。そんなすぐにすべてを変えることはできない。
シャーロットはそんなリオンにたびたび注意するうちに、だいぶマシになった。まだまだ生意気で腹黒い一面が顔を出すけど。
シャーロットの話を聞いて、ハロルドは顎に手を当てた。
「そうなんだね。僕も行こうかな。実は直接会ったことがないんだ」
シャーロットはハロルドを見た。
指通りのいい長い銀髪を後ろに束ね、新緑を思わせる緑色の瞳は髪と同じ銀色のまつ毛に縁取られている。やや垂れた目尻が彼を穏やかな青年に見せる。
実際ハロルドは見た目に違わぬ、温厚な人間だ。少なくともシャーロットは彼が怒っているところを見たことがない。
伯爵家のプリンスという、シャーロットからしたらセンスを疑うようなドン引くあだ名を付けられている彼は、そのあだ名に恥じない、見目麗しい青年である。
おかげで幼馴染であり、急に一家で押しかけたシャーロットは、ご令嬢方からあることないこと言われているようだ。
「ハロルドも一緒に……?」
「うん、男友達も必要じゃないかな、と思って」
確かに、同性の友達はいたほうがいいだろう。同性にしか解決できない悩みなどもあるかもしれない。
シャーロットは一瞬考えたが、誰かを連れてきてはいけないと言われたことはないし、いろんな人間にかかわる方が成長すると考えた。
「わかった。王妃様に聞いて、大丈夫だったら一緒に行きましょう」
ハロルドを連れて行っていいかは、シャーロットが決められることではない。自分をリオンの遊び相手にすると決めた王妃から許可をもらう必要があるだろう。
「うん、ありがとうシャーロット」
ハロルドの爽やかな笑みは、リオンの憎たらしい笑みとは全く違った。
◇◇◇
「……」
一週間ぶりの王城。
いつものようにリオンの部屋を訪ねたシャーロットを見ると、嬉しそうな表情を隠すしぐさをしたのに、シャーロットの後ろから現れたハロルドを見て、リオンは途端に機嫌を悪くして黙り込んでしまった。
「彼はハロルド。幼馴染よ」
シャーロットはリオンの機嫌が悪くても気にしない。あれこれ気にしていたら遊び相手などできないからだ。
自身の後ろに控えているハロルドを紹介すると、ハロルドはスッと前に一歩出た。
「はじめまして、王太子殿下。ハロルド・エレニエルと申します」
「…………そうか」
丁寧に腰を折って挨拶をするハロルドに、リオンの反応はそれだけだった。
シャーロットは冷めた目でリオンを見た。
「リオン」
ヒンヤリしそうな声音で名を呼ばれ、リオンがシャーロットを見上げる。
「何だ?」
「挨拶をされたらどうするの?」
「……」
リオンはシャーロットから目を逸らす。
「リ、オ、ン?」
一文字ずつ区切られて名を呼ばれたリオンは、とてつもなく不本意な表情を隠さずに、ハロルドに向き直った。
「当然知っていると思うが、リオン・ディオマルク。王太子だ」
「よろしくお願いします、王太子殿下」
ハロルドがリオンに手を差し出す。が、リオンはその手を取ろうとしない。
「リオン!」
ハロルドが差し出した手を睨みつけるだけのリオンを、シャーロットが咎めた。
「何だよ……」
すると文句を言いながらも、リオンは渋々ハロルドに手を差し出した。
本来こういうことを教えるのはシャーロットの役目ではない。でも前の教育係の件もあるので、シャーロットはできる限り自分が教えてあげられる常識は教えるようにしていた。
おかげでだいぶ常識が身について来ていると思ったが、今日はどうしたのだろう。
「私の他にも友達がいたほうがいいかと思って連れてきたの。ハロルドは優しい人だから、きっと仲良くなれるわ」
「……別にお前だけでよかったのに」
シャーロットは静かにリオンを見た。
「リオン」
その静かな声にリオンは固まった。シャーロットが本気で怒っていることがわかったのだろう。この一週間で何度も怒らせて身に染みているはずだ。
「私の友人を連れていくことはきちんと知らせていたから、知っているでしょう? それなのにそんな言い方はないわ」
ハロルドのことは事前に王妃に伝え、許可を取っている。ハロルドが来ることはリオンも知っていたはずだ。
シャーロットの指摘に、リオンは俯いた。
「でも男だなんて聞いてなかった……」
「何?」
ぼそっと呟いた言葉はシャーロットには聞こえない。
「べつにっ! ……確かに言い方は悪かった! でも、俺はお前なんて認めないからなっ!」
キッとハロルドを睨む。ハロルドは困ったように頬を掻く。
「うーん、どうやら僕は嫌われたみたいだね」
「珍しいわね。ハロルドは小さい子に好かれるのに」
「小さい言うな!」
「シャーロット、男の子のプライドを傷つけちゃいけないよ」
「お前に言われると余計にみじめになるからやめろ!」
何かとハロルドに噛みつくリオンに、もしかしたら失敗だったのかと少しだけ後悔した。
リオンはまだ幼い。十四歳のハロルドは成長期で、同年代の子より身長が高い。
もしかしたらハロルドは大きすぎて怖いのかもしれないと、リオンが聞いたら怒るであろうことを考えてた。
「じゃあ遊ばないの? それなら私帰るけど……」
シャーロットはリオンの遊び相手として来ているのだ。もし遊ばないのなら遠慮なく帰らせてもらう。
リオンは苦虫を嚙み潰したような顔をして、「帰るなよ」と言葉を絞り出した。
悔しさいっぱい、でも帰ってほしくないという気持ちが入り混じったその表情に、シャーロットは思わず笑った。
「じゃあ、何して遊ぶ?」
「こいつが勝てない遊び」
ハロルドを指差してそう言うリオンに、優秀なハロルドに、それを探す方が難しいんじゃないかという言葉は寸でのところで飲み込んだ。
言えば不機嫌になるのがわかったので。




