黒竜、吠える
エントリーアンカーの突き刺さった通路には、濃密な白い煙が立ち込めていた。対レーザースモークである。視界は悪いが、何かしらのセンサーを持っていれば問題ない。
「斧構え!」
進入口にたどり着いた警備兵たちが、近距離戦闘の準備をする。覇権国家の所属する兵にふさわしく、装備も訓練も充実していた。後れを取る事などありえないと、集った兵の瞳が語っている。
右手に大盾、左手に斧。パワードスーツに身を包んだ兵士が、スモークの中に動く存在を検知した。次の瞬間、彼は思考加速を起動した。瞬く間に詰め寄る、黒い影を知覚したからだ。
(早い!? 俺たちよりも!)
最高性能の加速サイバーウェア。それを凌駕する反応速度で、黒い影は兵士の前に飛び込んだ。真っ赤な複眼が、煙の中から現れた。
(虫人!?)
とてつもない衝撃が、兵士の右腕を襲った。しっかりと構えた大盾を、真正面から蹴り飛ばされたのだ。踏み込んだ足の下、床が大きくひび割れている。パワードスーツが使用することを前提としている、強化された足場がである。
センサーが、さらに二つの影の接近を伝えていた。こちらも虫人。今、彼が相手している虫人より少し大きく、外骨格も分厚い。それらの突き出す槍が、仲間を突き崩している。
(なんだこいつら……!?)
彼の意識があったのはそこまでだった。虫人特有の、二対の腕。二発の右ストレートを、スーツ越しに叩き込まれて吹き飛ばされた。衝撃吸収能力が無ければ、身体が真っ二つになるような一撃。システムダウンと一緒に、気絶した。
「若、お見事です」
「ですが病み上がりなのですぞ。ご自愛くだされ」
二人の虫人、スケさんカクさんが心配する。治療を受けてまだ日がそれほど立っていないのだ。だが言われた当人に、不調の姿はどこにもない。
「問題ない。先の防衛戦でもそうだったが、すこぶる好調だ」
若、と呼ばれた黒い虫人は頭部にある触覚を動かす。
「……感じる。ロングシャウト、といったか。アキラ様のお力を遮る道具とやらの位置、確かに分かるぞ」
「おお、なんという」
「貴方を追放へと追いやった力が、このような」
「運命とは分からぬものよな。だが、今は都合がいい」
黒い虫人は、通信機で情報管を呼び出す。
「こちら、マイティ1。司令部に意見具申」
『こちら司令部、感度良好。マイティ1、どうぞ』
「ロングシャウトの位置が感じ取れるので向かいたく思う」
『……感覚以外で、何か補強できる情報はありませんか?』
「私にはないな」
オペレーターが絶句する。その後、その場で待機するようにと通達されて待つことになる。どちらにしても進入口の保持という仕事があったので問題なかった。
設置型防壁やタレット装備ドローンなどが配備されたころ、再び通信が入った。
『……マイティ1司令部から許可が出ました。その、カンが利かなくなったらただちに戻るように。よろしいですね?』
「了解した。皆、許可が下りたぞ」
彼は己のチームに呼びかける。スケさんカクさん、重装備の老虫、軽装備の小型虫、そしてロバート。
「おい、その勘、本当にあてになるのかよ」
ロバートの至極まともな疑問に対して、古参の虫人二人が答える。
「問題ない。何せ、あのスイラン殿の指導を受けたのだ。なあカクノシン」
「うむ。かの御仁の勘働きは凄まじきもの。なんだったか、ライズ……とか呼ばれておるらしいぞ?」
「マジかよ。ライズなんて、与太話だろ?」
「そういった話は後にするがいい。では、参るぞ」
かくして、虫人+1部隊が進む。的確に最重要施設に向かうものだから相手側の防衛が激しくなる。それが彼の勘の正しさを補強することになり、追加戦力が送られる。陸戦隊と防衛兵の戦いは、一層苛烈なものとなった。
一方その頃。アマテラスは全力で防戦を行っていた。
「右舷後方、戦闘機接近3!」
「レーザー砲塔で迎撃! 飛行長!」
「戦闘機を回します!」
ここまで温存してきた護衛戦闘機を発進させ、近づく敵機に向かわせる。移乗の為に足を止めたアマテラスは、恰好の的になっていた。しかし、だからといって相手は安易に砲撃できない。何せ旗艦がすぐそばだ。撃沈させた爆発に巻き込んでしまっては大変なことになる。
だから、戦闘機による攻撃を仕掛けている。フェーズ2で、多数の戦闘機を落としておいたからこそ、現状が保てている。それが無ければ、手が回らなくなっていた事だろう。
「陸戦隊、進捗を報告せよ」
『目標A、B共に発見ならず。ただしBについては黒い虫人殿のおかげで接近できている模様』
ジョウの報告を受けて、ミリアムは盤面を睨む。状況は刻一刻と悪くなる。航空隊は奮戦しているが、相手と比べて練度が低い。在野から集めたエース級が覇権国家のエリートに劣っている、とは言わない。しかし明らかに勝っているとも言えない。
装備の質は同じ。数は比べるのが馬鹿らしくなるほど相手が上。早々に決着をつけなければ、アマテラスが持たない。それはアキラ以外の総員が全滅することを意味する。
逆転の方法はある。一つは、目標Aであるジュリアン王子の捕縛。彼さえ捕縛できてしまえば旗艦に用はない。撃沈させ、ロングシャウトを破壊する。残りの戦力はアキラの力で無力化できる。
または、目標Bのロングシャウトを陸戦隊が破壊しても達成できる。頂点種の混乱を使って全てを無力化し、王子を捕まえるのだ。
王子の発見か、ロングシャウトの破壊か。どちらかが成れば勝利できる。
「シールド・ラム破損! 作動停止しました!」
「主砲群、稼働率71%! 敵の攻撃が激しく修理できません!」
「ミサイル、残弾30%を切りました」
芳しくない報告次々と送られてくる。そろそろ、決断をしなければならない。ミサイルが10%を切るか、主砲群の稼働率が半分になるか。その辺りで見切りをつけようとミリアムは艦長へ進言しようとした。
状況が動いたのはその時だった。
「敵旗艦、カタパルトに動きあり……ドラゴンシェルです!」
「敵旗艦より広域通信! 流します!」
『……殿下に続け! 繰り返す。移動できるすべての艦はこれより殿下に続け! 作戦続行、作戦続行だ! 動けぬ者は巨艦を足止めする! 奮戦せよ!』
「……艦長、陸戦隊の撤退許可を」
ミリアムがそう宣言する。ドラゴンシェルは止められない。航空隊はアマテラスの護衛で手一杯だ。性能も負けているし、万全の状態で囲っても厳しい戦いになる。そしてこの艦は動けない。
敵艦隊を止める手立てはない。ここに至っては、仲間を回収して逃げるしかない。今すぐにロングシャウトを破壊できれば間に合うが、そんなに都合の良い話はない。
副長に対して、アキラが口を開こうとする。その前に、カメリアがスピーカーより音声を発した。
『艦長。ドラゴンシェル捕縛の手立てがあります。ですが説明する時間がありません。今すぐ、空間振動砲で攪乱弾を使用してください』
「え? ええ? 今すぐ!? どうやって!?」
『カイトさんが無茶をしました』
一瞬ブリッジといわず、アマテラスの大部分にアキラの感情が伝播した。ロングシャウトが稼働中であるにもかかわらず、である。渋いものを口にしたような、なんともいえぬ気持ちを乗員たちは受け取った。しかしすぐにそれも収まった。
艦長席にいたアキラの幻が消える。代わりに念話だけが送られてくる。
『空間振動砲、発射準備』
「空間振動砲、リフトアップ開始。空間センサーと同期。範囲を敵艦隊に設定」
「コアルームからのエネルギー伝達、停止。エネルギー枯渇まで残り8分」
アキラの号令に従い、船務と機関がせわしなく動く。ブリッジの下、コアルーム周辺の装甲が開く。そこよりせり上がるのは、光輝同盟の技術力で研究と調整をされた空間振動砲三型である。
無骨な機関と砲身。それと同時に、輝く多面体も宇宙空間に姿を現す。いまだ、この装備にはアキラの力が必要不可欠だった。
『アキラ様よりエネルギー供給確認。疑似空間、形成および圧縮開始。跳躍砲弾は今回使用せず。本艦前方で起爆します。攪乱弾にデータ調整』
淡々と、カメリアが告げる。アキラより供給された膨大なエネルギーが特殊な跳躍機関に注ぎ込まれる。疑似空間が形成され、力場によって密封される。
通常ならば、疑似空間の展開と消失による差異によって破壊を生み出す兵器。しかし今回は研究によって生まれた新たな方法を用いる。
『弾頭形成完了。発射準備よし。アキラ様、どうぞ』
『空間振動砲発射ぁ!』
空間跳躍によって発射された弾頭は、力場の限界によって内部の疑似空間が解き放たれる。これによって引き起こされるのは、空間の振動である。これに、物理的な破壊力はない。
しかし、跳躍機関には大きな影響を与える。一瞬で、A地点からB地点に移動を可能とする空間跳躍。これを成功させるにはいくつかの条件が必要となる。その中には今いる空間が安定している事、というのも含まれている。
当然すぎて、普段は意識しない条件である。カメリアも研究員が思いつかなければ気にもしなかった。空間振動砲に使用する疑似空間に調整を施せば、跳躍を攪乱する砲弾を撃てる。
一度だけ試射して、その効果があると確認はしていた。運用方法は、これから検討するつもりだった。
「空間振動、発生確認。敵艦隊の跳躍、停止しました!」
「第二射の準備を」
「待ってください副長。アマテラスのエネルギー残量が持ちません。一度艦長に戻っていただかないと」
「空間振動は長く持ちません。なんとか持たせて……」
『準備出来ました。飛行長、誘導お願いします』
カメリアの言葉に、飛行長が己のデスクにしがみつく。
「航空隊、進路確保! ……発進準備よし! ブラックナイト、発進どうぞ!」
アマテラスの先端部に新たに作られた戦闘機用カタパルト。そこより飛び出したのは、漆黒の姿となった、ドラゴンシェルだった。
いくつもの砲火が交わる空間を、矢のように黒い竜が飛ぶ。その速度は多くの目を引き、それゆえ相手側に衝撃を与えた。
『ドラゴンシェルを確認! 黒いドラゴンシェルだ!』
『馬鹿な、色を変えた!? そんなことが可能などと聞いたことがない!』
『そもそも、本物なのか!? 黒などと、偽物の方が納得できる!』
『この速度を見ろ! ドラゴンシェル以外ありえない!』
『フィオレ姫のドラゴンシェルだ!』
いくつもの通信が飛び交う。当然、それは彼らの首魁であるジュリアン王子の耳にも届く。
「フィオレのドラゴンシェルだと!? 馬鹿な! あれは焼き払ったはずだ!」
そういいながらも、映像を見れば目を疑う光景が飛び込んでくる。それは確かに、ドラゴンシェルだった。加えて特殊な製法を使用した液体でなければ塗装出来ないドラゴンシェルの色が変わっている。
そして、新たな通信が送られてくる。その番号については記録が残っていた。あの屈辱の日。イグニシオンがラヴェジャー艦隊に襲われた時に使用されたもの。となれば相手がだれかなど即座にわかる。
「フィオレ! 忌々しい妹よ! 何故生きて戻ってきた!」
『ジュリアン! 己のために国を焼こうとは恥を知れ!』
「兄を呼び捨てにするなど、躾がなっていない!」
こんなはずではなかった。そもそも、本当ならばもうとっくに跳躍してこの場から離れていた。だというのに原因不明のエラーでシステムが停止してしまった。エラーチェックを省略させて、再跳躍に入ろうかという時にこの騒ぎである。
苛立ちを込めて、操縦桿を押し込む。
「そもそも! 何故それがまだある! 燃やしたはずだぞ!」
軸を合わせて、真正面から迎え撃つ。荷電粒子砲、レーザー、ミサイル。搭載兵器のすべてを打ち込む。
『偽装です! 焼いたのは、スクラップ寸前のパーツと、偽装した外側っ!』
フィオレもまた反撃する。そして放った砲火の数は、王子の倍。互いにシールドを削り合い、ミサイルを迎撃する。そしてぶつかる寸前に身を翻す。慣性制御機関を稼働させ、再び交差ルートへと機体を回す。
ドラゴンシェル破壊偽装。話は、アマテラスがスタークラウンに入港した頃にさかのぼる。元々の整備不良に加え、惑星食らいとの戦闘で、フィオレのドラゴンシェルは稼働不能に陥った。
そのままでは事故もありうると、機械部品を撤去。竜の抜け殻を保存し、残りを修理できないかと触り始めた。あわよくば、イグニシオンのテクノロジーを吸収できないかという目論見もカメリアにはあった。
しかし流石は覇権国家。プロテクトは非常に強固だった。下手に分解すれば焼却される徹底ぶり。その守りを抜くにはカメリアの親類を集める必要がある。
流石にそれは手間暇だけでなく借りも増える。電子知性は、長期戦を覚悟で事に当たった。そしてその過程で、焼却システムが遠隔操作できることを突き止めた。この時は、鹵獲された時の為の処置だろうとしか思わなかった。
しかしイグニシオンとの交渉準備を進めるうちに、ジュリアンの現在の立場が明らかになった。このまま、国王との交渉を進められては彼の立場がなくなる。妨害は必ずあるだろう。
となれば、この自爆装置を遠隔起動する可能性もありうる。ドラゴンシェルがなくなれば、フィオレ姫の価値が落ちるからだ。交渉もうやむやになりかねない。
そこでプリンターでドラゴンシェルの偽物を作り上げ、パーツを押し込んだ。あとは工作員に気づいても捕まえなければよい。カメリアにとって唯一の計算違いは、外部からの工作員ではなく、長年スタークラウンに潜伏していたスリーパーが動いた事くらい。
「泣きわめいたと聞いたぞ!?」
『アキラ様に! 記憶を! 封じていただいたのですよ! あれが偽物だと忘れていたからこそです! おかげで見事騙されてくれましたね!』
「そこまでするかぁぁぁ!」
激怒し、再度の攻防を繰り広げる。互いのシールドが削れるが、まだ破れるまでには至らない。二度の接近で、センサーが黒いドラゴンシェルを調べ上げる。
(なんだこのデータは。どうなっている?)
せわしなく操作を続けながら、解析情報に疑問を持つ。フィオレのドラゴンシェルのスペックは、技術レベル4であるとのデータが出た。だが同時に、それを逸脱した部分も散見される。
(シールドの厚さとエネルギー量。一部兵器はレベル5に近い。特に火力の豊富さはこちらを凌駕している。あの勢いで攻撃していては回復が間に合わないだろうに、残量は未だ高いまま。一体どうなって……これは!?)
それに気づいた王子は、憤りを抱えたまま三度目の攻撃を開始する。
「その黒は! 暴乱細胞か!」
『はい、ご明察。ピタリ賞にレーザーをどうぞ』
ジュリアンの知らない声が通信に流れ、宣言通り多数のレーザーがシールドを焼く。自分たちのシールドにエネルギーを供給しながら、カイトは挨拶をする。
『どうも、王子様。レリックマスターです。貴方に復讐しにきました』
「復讐だと?」
『ええ。貴方が襲わせた訓練場。俺もあそこにいまして。仲間が犠牲になりました。その報復です』
「愚か者め! レリックマスターごときが、イグニシオンの王子を何と心得るか!」
巧みにドラゴンシェルを操りながら、砲撃を浴びせていく。推進力と機動力は王子が上だった。最初は互いに顔を合わせての打ち合いだったが、徐々にタイミングが合わなくなっていく。
このままいけば、背後を取れる。そうすれば一方的だ。この腹立たしさを解消できる。王子の操縦と発言に熱がこもる。
「まず、だれが王族の会話に入って良いと許可したか! そこらの小国のそれと同じに考えてはおるまいな! 居住惑星だけでも百を超える覇権国家、イグニシオンの偉大さをわからんとは言わせんぞ!」
『田舎者なのでマジでわかりません』
「だったらその口を閉じていろ、下郎がっ!」
何故こんな程度の低いものと言葉を交わさねばならんのか。いよいよ敵機の背面に迫りながら、言葉の矛先を妹へと向ける。
「フィオレ! この痴れ者を黙らせろ! 貴様の格が落ちるのだぞ!」
『彼は光輝宝珠の焦点です。私たちと言葉を交わすに十分な立場をお持ちですよ』
「なんと!?」
『そして、油断しすぎです』
「ぬ? あああっ!?」
黒いドラゴンシェルより放たれる何か。強烈な警告音。自動発射される迎撃レーザー。機体の眼前に迫る複数の黒い物体。そして起きた複数の衝撃が機体を揺らす。エラー音が鳴り響くコックピットで必死で操縦しながら、何が起きたのかを理解する。
「き、機雷だと!? ドラゴンシェルにそんなものを搭載したというのか!?」
『ええ。貴方は敵の後ろを取るのをよく見ておりましたから』
その高機動性ゆえに、ドラゴンシェルが後ろを取られることはない。普段であったら、選ぶことのない装備。しかし今回は性能差があり相手の癖も知っている。それを見越して搭載しておいた。その効果は絶大だった。
至近距離で爆発した機雷の威力で、シールドが大きく減衰し、いくつかのパーツのコンディションが下がった。
そこに、追い打ちとしてレーザーが次々と放たれる。まだ加速力は無事であったため、ブースターを最大にして距離を取った。
「お、の、れぇぇぇ! この私に! このような! 仕打ちをぉぉぉ!」
『ざまあない』
「なにい!?」
『ざまあない、といったんですよアホボン王子』
ジュリアンは何を言われたか理解できなかった。この自分に、イグニシオン第三王子に向かって、極めて低俗な罵倒を浴びせてきた。それだけでもう、意識が飛びそうになるほどの怒りが渦巻く。
「殺す! 血族すべてを惨たらしく! 拷問の末に殺してやる!」
『おーおー、やれるもんならどーぞ。とっくに全員死んでますがね』
「ならば、貴様の仲間をそうしてやるまでよ! あの船の連中をなあ!」
視界が歪むほどの激怒の中にあって、王子はドラゴンシェルの操縦を誤らなかった。むしろ、怒れば怒るほどに力が増す。ジェネレーターの出力は上がり、旋回のキレは冴えわたる。多少のパーツがヘタれようと、遅れなど取らない。
ドラゴンと一体になったかのような高揚感の中で、妹の駆る黒い竜を追い詰めていく。いくらエネルギーがあろうと、すべて削ってしまえばいい。機雷も、あると分かれば対処は取れる。
唯一警戒すべきは、暴乱細胞。機体のほぼあらゆる場所に火砲を精製するため、死角が存在しない。必ず打ち返してくる。有効な射撃距離に入るということは、こちらもダメージを負うことを意味する。
機雷のダメージが残っているうちは、強気に攻め込めない。今もまた、幾本ものレーザーがシールドを削ってくる。
『ほーらほら。アマテラスどころか俺たちも落とせないじゃないですか。それでよくまああんなセリフを吐けたもんですわ。王族の勉強の中に、自制ってのは無かったので?』
「耳障りだと、言っているっ!」
攻撃が上手くいかないのであれば、機動力で翻弄するまで。時に稲妻のように、時にメビウスの輪のように。互いに優位な位置を取るべく鎬を削る。加速の負荷で体が軋むが、怒りにたぎるジュリアンにためらいはなかった。
『パイロットであれば、大成できたのに。王子に生まれたばっかりに』
「貴様などに、私を測られる、すじあいは、ないっ!」
奇しくも、煽られた通りの腕前をジュリアンは見せた。何度目か分からない、交差の瞬間。彼は衝突寸前まで機体を寄せて、互いのシールドを干渉させた。一歩間違えれば正面衝突。たとえドラゴンシェル同士でも大破は免れない、それを王子は見事にやり遂げた。
二匹の竜に、機体の芯まで揺れる衝撃が走る。コントロールを失うようなそれから、いち早く立ち直ったのはやはりジュリアンだった。
「は、はははっ!」
未だバランスを失っている黒いドラゴンシェルに照準を合わせながら王子が笑う。その顔は凄惨に歪んでいた。
「ほめてやろうフィオレ! そのつぎはぎだらけのドラゴンシェルで私と渡り合ったのは快挙である。だがここまでだ! その不格好な抜け殻と不埒もの。諸共あの世へ……ん?」
勝ち誇る彼の目に、奇妙なものが映った。フィオレのドラゴンシェルを覆っていた黒が剥がれ落ち、こちらに目がけて跳躍したのだ。それが暴乱細胞で出来ている事は分かっていたが、あまりに有機的な動きに生理的な嫌悪が沸き上がった。
「はっ。何の悪あがきか。たとえレリックといえど、空間戦闘でドラゴンシェルに勝てるなど……」
ジュリアンは、勝利を確信し油断しきっていた。自分を罵倒した下郎の悪あがきを、滑稽なものだとせせら笑った。故に、その動きを見逃した。高エネルギー反応に、機器がアラートを鳴らすその時まで。
目の前に、真っ白な輝きが生まれた。
「な、あああああああああああ!?」
強烈な振動がドラゴンシェルを襲う。機雷の時のそれより、さらにひどいダメージが刻まれていく。パーツのコンディションが次々とイエローに、中には機能停止を示すレッドもある。
何とか態勢を立て直そうと悪戦苦闘する王子の耳に、カイトの声が届く。
『世界一高価な爆弾のお味はいかがでしたかねえ』
「何!? 何を使ったと!?」
『明力結晶。光輝宝珠が作り出せる、とてつもないパワーを蓄えたクリスタル。本当はもっと威力がだせるんですが、部品が足りなくてこの程度です。まあ、十分でしたが』
新しいアラート。機体に、未知の物質が接触した。いくつか故障し、不鮮明となった船外カメラに、黒く蠢く何かが映る。
「き、貴様! 私のドラゴンシェルに触れるな! 無礼者め!」
『やなこった。むしろベッタベタに手垢つけたるわ。べーたべーた』
「汚すなぁぁぁぁ!」
全身に、蕁麻疹が出そうになるほどの不快感。しかし、それ以上の事をカイトは始めていた。機体にハッキング警報が出る。エアロックを解放しようとしているのだ。
「止めろ! 何をしようとしている!」
『あんたを捕まえるのが仕事なんでね。本当はぶっ殺してやりたいんだが、仕事だからしょーがない。……あ』
「あ?」
その声から、不穏な何かを感じ取る。スピーカーごしに、カイトのため息が聞こえてきた。
『……まったく。あと一分早ければなあ。まあいいや。アキラ、やっちまえ』
「何を……ぐあぁぁぁ!?」
突如、ジュリアンの身体を筆舌に尽くしがたい不快感が襲った。脳が焼け落ちるかのように熱い。全身に氷水をかけられたかのように寒い。汗は異常に流れ出て、口の中は得体のしれない苦味があふれかえっている。
『ロングシャウト、仲間が止めてくれたの。だから、これを届けられる』
あの声が、頂点種の意識がジュリアンに触れる。否、つかみ取られる。
『これ、何か分からないよね? 訓練所に攻め込んだ人たちが、知らずに投与されたコンバットドラッグ。レッドアイっていう、使ったら死んじゃう薬。たまたま生き残った人がいて、その人の意識と繋げているの』
知った事か! と叫びたかったがそれどころではない。意識を保つのもやっとという有様。逃れたくても、その手段すら思い浮かばない。
『本当、ひどいよねコレ。この人、治療するけどほとんど全身作り替えだって。記憶もほとんど戻らないから、治療なのか再生産なのか。……言っておくけど、この不快感は半分だからね? もう半分は私が受けてる。責任の半分は私にあるもの』
不快感の先に、輝く世界があった。頂点種の、深淵なる精神にジュリアンは触れてしまった。怒り、悲しみ、責任感、好奇心。万華鏡のようなさまざな思い。そしてヒトごときでは到底理解できない、深すぎる何か。
「ああああああああああああああああああああああああ!?」
喉が割けそうになるほど、彼は悲鳴を上げた。ヒトの心では、受け止めきれない何かだった。これに比べれば、コンバットドラッグの不快感などそよ風に等しかった。
幸いな事に、それらは長く続かなかった。唐突に、何もかもが消えうせた。万華鏡の世界はもうない。エラー音が鳴り響くコックピットに、王子は戻ってきていた。
「はあっ、はあっ、はあっ……あ、あれが頂点種……ば、化け物め。バケモノめぇ……」
震えるジュリアンが、それに気づいた時にはもう何もかもが遅かった。ディスプレイにはこう表示されていた。エアロック解放。未確認物体、侵入と。
重い水音が、遠方より聞こえてきた。エラー音で最初は上手く聞き取れなかったが、それが少しづつ近づき、音が強くなっていけば流石の王子も気が付いた。
「な、なんだ? 何が……まさか!」
ディスプレイを見て、やっとそれに気づいたジュリアンは咄嗟に備え付けのハンドガンを取り出し構えた。背後に続く、内部の方を見やる。激しい戦闘のせいで、通常照明は落ちていた。非常灯の赤い輝きが、船内を照らしている。
色合いが違うだけの、いつもと同じ光景。だというのに、どうしても不気味に見える。
「くそ、どうする。どうすればいい……だ、誰か! 誰か助けにこい!」
通信を繋げようとするが、システムがダウンしている。修理しようにも、まずそのためのドローンを起動させなければならない。その手間をかける時間が、今はない。
「くそ、くそくそくそ! どうして、何でこんなことに! 私は、私は!」
『ただのクソ野郎だ』
一瞬で、視界のすべてが黒で覆われた。全身が握りつぶされそうになるような圧迫感で覆われる。銃のトリガーは引けなかった。瞬く間に、奪われてしまった。
「あ、ああああっ!? 放せ! 放せ放せ放せ! こんな事をして……ぎゃぁ!?」
全身を痺れが襲う。パイロットスーツを貫通して、何かが突き刺さった。言うまでもなく暴乱細胞が変化したものである。電気ショックと電子ウィルスで、行動を奪われる。こうなってしまえば、高度なテクノロジーで強化されていてもどうしようもない。
『これでおしまい。静かにしていろ。これから、地獄につれていってやるからな』
そして、それが現れた。一抱えほどもある、黒い箱が目の前に。なんだこれは、というジュリアンの疑問はすぐに解決した。黒い覆いがするりと消える。中身はガラスの箱だった。
その中にはヒトの頭があった。目を閉じた若い青年の頭部が、生命維持装置に繋がれてそこにあった。
「ひ、ひぃぃぃ!?」
『どうも、はじめまして王子様。復讐者です』
カイトは、ガラスケースの中で目を開いた。サメのような笑みと共に。
「ば、化け物! 放せぇ!」
『酷い言われようだ。訓練場への襲撃で怪我してな。治療してたんだけど、あんたがこいつに乗って逃げたじゃないか。追いかけるために邪魔だから、切り落として置いてきたのに。いやはや、すごいね宇宙の医療』
世間話のように語るその内容が、王子には信じられぬものだった。確かに、生命維持技術と疑似感覚技術を合わせれば頭だけで活動も可能だろう。首から下も、頭が無くても生かしておける。
だが、必要だからと言ってそれが実行できるものがどれだけいるだろうか。仮にいたとしても、目論見通りに行動できるものはさらに稀だろう。
世の中には脳以外のすべてを機械に置き換えたサイボーグというのも存在する。だが、それになじむまでには相応の訓練が必要だ。肉体的にも、精神的にも。
とくに精神に関しては顕著だ。自分を構成していたほとんどを手放す。自我を保つのは決して容易な事ではない。時間をかけて、徐々に慣らしていくのが普通なのだ。
だというのに、目の前の生首は(語った事が真実ならば)それらの常識を全て踏み倒している。首から下を切り離し、フィオレのドラゴンシェルに乗って戦闘に参加。暴乱細胞を操ってサポートをこなし、最後はここまで乗り込んできた。
これを化け物、怪物と言わずして何と表現すればいいのか。
『はい、それじゃあお休みね。目が覚めたら、何もかも失った新しい生活が待っている。のたうち回りながら生きてくれ。ここで殺すより、よっぽど苦しい人生を。殺された仲間たちの慰みになるように』
「や、め、ろ。やめろぉぉ。嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!」
笑う生首が操る黒い機械細胞がジュリアンを包み込む。意識はすぐに闇の中へと落ちて行った。
カイト「手はあるといったな。あれには語弊がある。正しくは、手などいらない」
アキラ「(# ゜Д゜)」




