家路について未来を思う
戦場から離脱するときにアキラが空間跳躍を一回。全体が距離を合わせて跳躍機関を二度使用。
『……惑星食らいの跳躍、ありません。アキラ様、いかがでしょう』
『うん。追ってきてないね。あの時飛び出てきたのは、ただの警戒チームだったみたい。本隊は巣から動いてない』
光を超えた速度で移動して、どうにか振り切ることに成功した。船団にそのようにアナウンスが流れて、全員が胸をなでおろした。安全と分かれば、後に回していた処理を始めていかねばならない。
緊急を要する修理や、けが人の治療はすでに始まっている。カイトも医務室に運び込まれた。なので、今なされるべきはトップ同士の話し合いだ。
各ブリッジと通信がつながる。皆、例外なく疲労が見える。表情が分かり辛い蛇人のアダーモはもとより、アキラすらもお疲れだった。それでも、仕事が終わるまで休めないのがトップというものだった。
皆疲れ切っていたが故に、飾る事のない言葉が飛び出す。アキラが気取った言葉を使うこと自体稀だったりするがそれはさておき。
「みんな、降参しない? そーしたらラヴェジャーと組んでたこと全部なかったことにしてあげるよ」
『乗った!』
真っ先に声を上げたのは、やはりアダーモだった。興奮のあまり口が開き、尖った牙が見えている。
ただの犯罪者か、ラヴェジャーの協力者か。この差はとても大きい。前者はまだ法で裁いてもらえる。後者は非人道的な取り調べの後に良くて終身刑、悪くて殺処分である。死刑ですらない。
多くの資産を失うことになるが、ラヴェジャーとの関係性を処分できるのならばまだ再起の目がある。アダーモにとっては今から逃げ出すより、はるかにマシだった。
一抜けが起きたが、残りの二人は未だ渋い表情だった。その理由をしっかり読み取っていたアキラは、言葉を続ける。
「で、残りの二人。光輝同盟動かして、お国のほうを突っつこうか。最低限、貴方たちとその家族が処分されないようにしてあげるよ」
『……そんなことが、可能なのか?』
未だ強張った顔のまま、エゴール中佐が問うてくる。美しき少女の幻は、しっかりと頷いて見せる。
「私ね、光輝同盟と色々約束しているの。国の法に従うとか、色々。その不自由の分、便宜を図ってもらえるんだ。だから大丈夫」
『補足します。頂点種がご自分で問題を解決しようとするより、同盟が動いた方が被害が抑えられる。覇権国家はそのように考えているし、実例も多数記録している。そういう話です。納得いただけますか?』
『苦労が、あったようだな』
アンテロは、思わず乾いた笑みを浮かべてしまった。答える者はいない。しかし彼と同じ感想を抱いたものは多かった。
『投降する。部下と家族には、どうか寛大な処置をお願いしたい』
エゴールが軍帽を脱いで頭を下げた。続いて、アンテロもまた同じように両手を上げる。
『こちらもだ。私は好きにしてくれ。部下をよろしく頼む』
「……貴方らしくない振る舞いですね。何の企みですか、アンテロ団長」
我慢できず、ミリアムが会話に割って入った。画面の向こうにいる憎き男は、しかしただ疲れ切った笑みを浮かべるだけだった。
『今死にたくない、というだけだ。ミリアム上等兵。今ここで私を優遇しろなどと言ってみろ。そちらにたどり着く前に不慮の事故に合う。自分がどれだけ恨みを買っているか、分かっているつもりだからな』
まるで魂ごと吐き出すように、深々とため息をついてアンテロは艦長席に身を沈めた。
『まあ、なんだ……身の程を思い知らされた。骨の髄までな。悪あがきする気もおきんよ。頂点種は、おっかない』
納得などできるわけがなかったが、だからと言って何かできるわけでもなかった。結局ミリアムにできたことは、謝罪だけだった。
「……申し訳ありません艦長。お話に割り込んでしまいました」
「うん」
アキラはただ頷くだけだった。そして前に向き直る。
「それじゃあ、みんなで帰ろうか」
こうして、アマテラスと船団はそろって光輝同盟へと進路を向けた。途中、機械的なトラブルはいくつか起きたが対応はできた。約半月後、一同は辺境星域から脱出した。
その後については、多くの者の予想通り大騒ぎとなった。何年も行方不明だった若き光輝宝珠の帰還。ラヴェジャーに囚われていた人々を解放。船団規模の犯罪者を捕縛。国家が加担する犯罪の証拠。
多くの話題と、数々の大問題。対応できるのはやはり覇権国家だけだった。光輝同盟は即座に艦隊を派遣、アマテラスに合流した。犯罪者たちはそこで引き渡され、適切に対応されることになる。
傭兵たちはしばらく取り調べを受けた後に解放される。保障を受けられると教えられ、人生の危機が回避された者達が深くアキラに感謝した。ヴァネッサもその中の一人だ。
そのような煩雑なやり取りを終えたアマテラスは、母港に向かうべく移動を再開した。その旅路が終わろうとしていた頃、やっとカイトが目を覚ました。
彼が休む病室に向かう前、主従は誰にも聞かれぬ方法で話し合っていた。
『それで、どうしてカイトはこんなになっちゃったの?』
アキラが見ているのは、彼の診断結果だった。以前よりはるかに深く多く、カイトの身体には暴乱細胞が混ざりこんでいた。部位は脳、神経、骨、臓器など。全体から見れば十分の一程度置き換わっている。
『直接的な原因は、封印されていたあの戦車にあります。エネルギー切れを起こして崩壊し始めた対象に、カイトさんが接触しました。これは状況証拠からの推測でしかないのですが、おそらく戦車には暴乱城塞との接続ポートが残っていたのでしょう。そこに、カイトさんが戦車を掌握するためにエネルギーを流し込んでしまった』
『ポートにエネルギーが流れ込んで、アイツと接続してしまった……ってわけね。……運がない、って言えばいいのかな?』
アキラは苦笑する。頂点種と言えど、偶然には抗いようがない。
『命に別状はありません。ただ、これまで以上に光源水晶が手放せない身体になってしまいました。今までは一日程度は持ちましたが、これからは半日が限界です。体調的にも問題ですが、それ以上に体の中の機械細胞がどんな振る舞いをするか予測不能なのですから』
『アイツの意思……プログラムがどこかに残っているかもしれない。そしてその場所はカイトの中が一番可能性が高い、のね?』
『はい。精査すればカイトさんの命にかかわるので』
状況を把握した少女は、覚悟を決めた。自分の友人に、説明しようと。それが自分の義務であると。
「……そうかー。何かヤバそうだな。手間かけてごめんな」
で、一通り説明を受けたカイトの発言がこれだった。白く清潔な病室の中、ベッドの上で平然とそう返す。その顔に驚愕の色はない。
「ええっとカイト。状況分かってる?」
「あんまり。体の中になんかヤベーのがあるかもしれないって程度の把握具合。これって、何か気を付ける事ってあるの?」
『光源水晶との接続は常に行っていてください。外す場合は、なるべく短時間でお願いします』
「了解了解。他には?」
『……現状では、ありません。現在、同族とコンタクトを取って対応策がないか調べている最中です』
「そっか。本当、手間かけてごめんな」
自分の命がかかっているのに、出てくるのは相手を気遣う言葉ばかり。普段は気の良い青年のように振舞っている。しかし心に宿る黒い炎は、己にまっとうな人生を許していない。
指摘した程度では何も変わらない。彼の内面を変えるのにはもっと特別な、パワーのある方法でなくてはならない。アキラは必ずや計画を達成させると心に決めた。カメリアにも厳命しておく。
そんな決意に全く気付かぬカイトは、気になっていたことを聞いてみる。
「なあアキラ。これからどうするんだ?」
「え? えーっと、とりあえずアマテラスはドッグ入り。オーバーホールするんだって」
『一度フレームまで解体して、隅々まで点検いたします。新しい装備を入れる予定もありますし』
乗員たちが汗水たらして直したものの、しょせんは素人修理である。間に合わせと妥協によって成り立っている。せっかく製造元に戻るのだから、新品同様にするのだ。部分的なバージョンアップも視野に入れて。
「あと、乗員の皆の手続きもあるよね。故郷に帰ったり連絡したり。身分とかそういうのも。まあこれはカメリア達に任せれば大丈夫」
『お任せください』
「あとは、檻の中の犯罪者を引き渡したり、色々問題のある物資をしかるべき場所に送ったり……あ、シュテイン君とミリアムちゃん」
『はい。汎コーズ星間共同国と小陽カルナバーン帝国にはすでにコンタクトを取っています。特に後者についてはアンテロが率いたニスラ伯爵家の私兵団問題もあります。それらの対処には、若干の時間がかかるでしょう』
「あとは、フィオレちゃんのアレソレだよねー」
『覇権国家イグニシオンとの交渉は、時間かけて行うべきかと。間に光輝同盟を挟むことも視野に入れて』
二人のやり取りに、カイトは何とも言えず自らの髪をかき上げる。意図した質問とずれたからだ。
「うん。そういうのも大事な仕事だろうけどそれじゃなくて。これから先の話だよ。船を直した後、何をしていくんだ?」
言われて、アキラも理解する。無事に帰還し、やるべきことを済ませる。当初の目的はこれで完了する。その先は何をしていくのか。
「えーと、カメリア?」
『はい。焦点を得た若き光輝宝珠はいくつかの行動をとります。最も多いのは交易商人になる事です。巨大戦艦は運搬と自己防衛に優れます。どのような危険なルートも難なく通り、多くの利益を上げています。好奇心の赴くまま、宇宙を行くのです』
「へー。いいかも」
『それと同じくらい人気なのが、探索者として辺境の調査に乗り出すプランです。いまだ、この銀河には調べられていない星系が沢山あります。そこには居住可能惑星や古代文明の遺跡が残っていると言われています。それらを探し出す行為もまた、光輝宝珠の欲求をくすぐるのでしょう』
「うんうん、いいねいいね」
『若干変わり種として、既知宇宙最大の学府『学問大洋』への入学を希望する方もいます。技術を学び発展させる。学問や芸術への知識を深める。そういった行為に喜びを見出すのでしょう』
「それはあんまりそそられないなー……カイトはどう思う?」
話を振られた彼は、少々渋い顔をしていた。そのまま、言葉を喉で詰まらせる。当然、彼が何を思っているかなどアキラにはお見通しだ。
「あー……そうだったそうだった。カメリア、ラヴェジャーと一番戦うルートはどれかな?」
「……ごめん」
「いいよいいよ! ほら、約束だし!」
『それであるならば、傭兵ですね。正直に申し上げますと、一番人気がない職種です。時折選ばれることがありますが、皆さますぐに飽きてしまわれます。ヒトの争いというのは、頂点種には煩わしいものですから。制約も大きいですし』
「それはなんとなく分かるなぁ。難しい?」
『いいえ。戦力を整えれば、多くの戦場で利益を上げることができるでしょう。その為のプランも用意できます。一番大事なのは、アキラ様のモチベーションです』
「ふうむ」
アキラは腕を組んで、己の意思に問いかける。何かと戦いたいか? 正直あんまり興味ない。ラヴェジャーをやっつけたいか? ギッタンギッタンにしたい。カイトとの約束を守る気はあるか? 絶対に守る。それはそれとして彼のメンタルも復調させたい。
そこまで考えて、何か忘れていると思考を加速させる。自分には、倒したい相手がいたのではなかったか? あ、忘れてた。
「そうだー! 暴乱城塞にリベンジするんだったー!」
少女は爆発するように吠え上げた。カイトのベッドが浮き上がる。繋がれていた計器類が揺れてエラーを吐く。カメリアの操作していたドローンが床を転がる。
「落ち着け落ち着け、何かえらい事になってるから」
未だ身体を動かせないカイトが、いつも通り少女にブレーキをかけた。
「あ、ごめん。えーと、ともかく! 私はもっと強くならなきゃいけない! アマテラスもパワーアップさせる! 戦える仲間がもっと欲しい! よーし、傭兵やるぞぉ!」
『ではそのように。……そして丁度、お時間です』
「? 何がだ?」
首をかしげるカイトの前に、ホロウィンドが開く。そこに映し出されたのは壮大な光景だった。光り輝く恒星。それを遠方から囲む一つの輪。通常の惑星など比べ物にならないほどの広大な表面積。地球でも、フィクションの中で語られた超巨大構造物。
「リングワールド……すげぇ」
様々な地域が拡大表示される。数多くの艦船が行き交う外周区画。リングの裏側にひしめく工業区画。内側には豊かな自然が広がり、海や山が広がっている。もちろん、広大な都市区画もある。
『ようこそ。光輝同盟の中心、スタークラウンへ』
「スタークラウン……はは。宇宙で、未来だ」
彼の心に、明るい輝きを見たアキラはとびっきりの笑顔を浮かべた。
「体が治ったら、観光だね。わたしも初めてだから楽しみだなー」
「え? ここに住んでたんじゃないのか?」
「生まれ故郷、って言えばそうなんだけど。あの頃はぼんやりしてて興味なかったんだ」
「へー」
二人が取り留めのない会話をするうちに、アマテラスは進む。巨大戦艦はゆっくりと専用ドッグへと向かっていく。厳しい旅路を終え、疲れをいやすために。
/*/
空間振動砲の発射地点。そこに、無数の残骸が漂っていた。惑星食らいの死骸。その数は万か、それ以上か。
その中心に、衛星規模の質量が蠢いていた。黒い表皮の上には、形の違う砲身が体毛のように生えている。全て発射可能であり、どれもが高威力。どれほど頂点種の虫に群がられても、すべて撃ち落していた。
『なんだ。射撃の的はもうなくなったのか? ケチケチするな。性能試験が必要な砲はまだまだたくさんあるんだぞ』
熱にうなされるように。地の底から響くように。それはマグマのような情念を放っていた。無遠慮に、無警戒に。他の知的生命体への影響など欠片も考慮せず、あらゆるセンサーを起動させ探査する。
惑星食らいはこれに反応して攻撃を仕掛け、敗北した。損害の多さに、本格的な討伐は巣の総力を動員しなければ無理と判断。今は状況をうかがうにとどめている。
虫の反応など、ソレにはどうでもよい事だった。関心は別にあった。
『どこだ。どこへ行った。使ったんだろう、あの欠陥品を。自爆したか? いや、破片が少なすぎる。一体何をしたんだ?』
うねる。膨らむ。激情に反応するように、身体から無数の兵器が生まれて消える。
『データを寄こせ。稼働データを。痕跡だけじゃ足りない。比較できないだろうが。性能差を。パワーを。優劣を!』
激情はあふれ出す。電波、光、念話。コミュニケーションを取る為ではない。只々、己の為の宣言だ。
『俺は最強なんだ! 最強の兵器であり続けなければならない! だからもっと兵器を! サンプルを! データを! ……だっていうのに、あいつめ。俺でない、俺め!』
頂点種、暴乱城塞が吠える。
『俺ではない俺が俺にないデータを持っている! 俺は最強じゃなきゃいけないのに! 何処へ行った! 絶対探し出すぞ! 待っていろ、俺!』
星々の瞬かぬ真空の中、ブラックホールのごとき欲望を抱えた存在が決意した。
お付き合いいただきありがとうございました。
第二章、終了でございます。三章をお待ちください。
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